魂揺らし ―弐―






そこで出会ったのは懐かしい人。
もう二度と会えないと思っていた大好きな人。

「…かあちゃ、ん?」

にこりと笑う顔に。

「なん、で…」



「私もこうして迷ってしまったことがあった」
「うん…そう、そうだったね…。でも母ちゃんは一体どうやって戻ってきたの? 俺、それがわからなくて…!」
「難しいことではないわ」
「でも」
「私には大事なイルカと父さんがいた。そんな貴方たちのところへ帰るのは当たり前でしょう? それでもだいぶ遅れてあなたを泣かせてしまったけれど」
「…うん」
「イルカには帰りたいところがある?」
「ある…っ。あるよ!」
「じゃあ大丈夫。ちゃんと帰れるから」

イルカの前にいる母は記憶にあるのと同じ笑顔でイルカを見つめていた。そして自分もその時のままの姿にかえっていることに気付く。
いつもの見慣れた大きな手ではなくまだ小さくて柔らかな自分の手のひらをぎゅうっと握り締めて、イルカは必死で母に言い募った。
「帰りたい。あの人の処に帰りたいっ! 待ってるんだ、あの人ずっとぼくを待ってるんだよ。だから早く帰らないとっ…!」
泣き出す寸前の顔をしながら乗り出すように訴えるイルカの頬を、母はそっと両手で包む。
「イルカにそんな人が出来るなんて…、なんだかちょっと淋しいかしら。でもきっと良いことなのよね。あなたを置いてきたことを悔やんではいないけれど、ずっと心配していたから…、そうね、もう、きっと大丈夫ね?」
母の言葉を聞いたイルカは眼の奥に強い光を湛えてこくりと頷いた。
「…一人じゃないから」
「そうみたいね。ちゃんと…敢然と起っているものね。でも、かあちゃん、って飛びついて貰えなかったのはちょっと残念かなあ。ねえイルカ、少しだけぎゅうってさせてね…。父さんも母さんもあなたが大好きよ。それだけは覚えていてね…」
そう言いながら抱きしめ背中をさする手はとても暖かかった。鼻の奥がツンとしたけれどそれを必死で我慢しながらイルカはニカッと笑ってみせた。
「うん、忘れないよ。ぼくもとうちゃんとかあちゃんが大好きだから。ちゃんと心の中に仕舞っておく。でもね、あの人のそばにいてあげないとダメなんだ…ううん、離れたらぼくのほうがダメなんだよ、きっと。とうちゃんやかあちゃんとは別のトコロで、ぼくのたった一人の人なんだ」
言いながら握った手でぐっと胸を押さえ誇らしげな顔をするイルカに母は再び微笑み、身体を起こすとスッと暗闇の先を指差した。
「真っ直ぐ。ずっと真っ直ぐに行きなさい。何があっても真っ直ぐにね」
「ありがとう、かあちゃん」
「ほら早く」
「…またいつか、逢えるかな」
「そうね、…いつか」
「さあ行って」
「うん、行ってきます!」
「…気をつけて行ってらっしゃい」
走り出したイルカのぴょこぴょこと揺れる髪を母はいつまでも見ていた。



走り続けるイルカの周りが暗闇から次第に様々な色に変わっていく。

赤い月夜。
墨染の部屋の隅。
蒼い夜空。
深紅の泥濘。
漆黒の森。
そして、銀色の。

求めるものはだたその色だけだった。
ぐるぐると渦巻く色の奔流の中で、それだけを目指して走る。気付けば姿は大人のそれに戻っていたが思うように身体が動かず気だけが焦る。こめかみを汗が伝い知らず奥歯を食いしばって、イルカはそれでも足を止めなかった。



走って走って、もうこれ以上走ったら身体がバラバラになってしまうんじゃないかと思うほど走った頃、銀色の輝きとよく知った三代目のチャクラを感じた。それに縋るように手を伸ばすとふいに横から異質のチャクラが割り込んできた。
「なんだっ、これはっ!」
振り払うように腕を振り回し逃げようとしたが、蜘蛛の巣に絡まったように身動きを封じられてしまう。
――くそっ、せっかく見つけたのに!
舌打ちをしてもがいたが思うようにいかず、イルカは動きを止めじっと集中した。
――どこかに綻びがあるはず…。
カガミを襲ったのはきっと実体ではなく誰かのチャクラが具現化したものだったに違いない。カガミを喰い…カガミの情報を喰おうとした残骸が澱のようにカガミの身体に残っていたのだろう。自分はソレごと《揺らし》てしまったのだ。だからきっと。
イルカは薄い切片を剥がすように自分の外側からほんの少しずつ異質のチャクラを壊していく。逸る気持ちを抑えてゆっくりと慎重に。
そうしながらイルカは心の中で知らず叫び続けていた。

カカシさん、カカシさん、カカシさんッ!

不意に銀色が強くなったような気がした。


□■□■□


「………」
ほんの微かに漏れた吐息がカカシの動きを止めた。
「…イルカ?」
今、確かにイルカの口から自分の名が紡がれた。だがそれはほんの一瞬のことでその後は身じろぎもせずに寝台に横たわっている。カカシは思わずその身体を揺り動かしそうになったが、先ほどまでの無体を思い返すと怖くて触れることも出来ない。
しばらくイルカの顔から目が離せないまま、カカシは逡巡の末に瞑目して三代目を呼ぶべく部屋から消えた。



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(2005.10.10)

イルカの両親の顔とか名前とか、捏造したいけどきっとうまく出来ないような気がしたので今回はぼやかしました(苦笑)   いや、口調だってどうだかわかんないですけどね。




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