魂揺らし ―弐―






わずかな風が吹きひとつの影が部屋の中央に現れた。
屋敷内に勝手に新たな結界が張られた時点で察しがついていたのか水晶に映されていたのか、突然現れたカカシを見ても火影は何も言わなかった。ただ笠の下の深い翳りの中から鋭い視線でカカシを見つめている。
「……」
落ち着かない表情で目を泳がせているカカシに火影は溜息をつく。
この男が里のためとは言えどもほんの子供の頃から忍びとしてやってきたのを自分は誰よりも知っているし、良くも悪くも様々なことを黙認してきた。今更何かに躊躇うような殊勝な性格だとも思えないが、ここ最近の精神状態を思えば仕方のないことかと口火を切った。
「なんじゃ、カカシ」
「…イルカが…」
「何ぞ悪さをしたようじゃがな、ワシに詫びても仕方ないぞ」
「あー、そうじゃなくて…、いや、そうなんですけど…」
何と切り出したものか、カカシはガリガリと頭を掻きながら口篭った。
「はっきりせい」
「イルカが…、反応が…、」
「それを早く言わんかっ!」
やおら顔色を変えて立ち上がり年を感じさせない速度で歩き出した火影の後ろを慌てて付いていくと、途中からイビキが音もなく現れた。
「俺の部下を締め出してくれたみたいだな」
憮然とした表情で見下ろしてくるのからカカシは顔を逸らす。今何を言われても反論する術がないのでチクチクと当てこすられても黙っている他なかった。
「お前たちを邪魔をするつもりはないが…、正直お前がそこまで感情剥き出しになるとは思わなかったんでな。術をかけられた奴らもそれなりに腕のあるほうなんだ。まあ、フォローくらいはしておいてくれるんだろう?」
「…わかった」
渋々返事をするとイビキも頷いた。写輪眼まで使ってかけた術なのだから暗部だろうと何だろうと抗えないのは仕方ないことだった。ただ同じ里の者に向けるには少々キツすぎたのだ。切羽詰った自分は最短の手間でイルカを外から切り離したまでのことだが、警護を任された者にもそれなりの矜持がある。ここは詫びのひとつも入れておくしかあるまい。
「まあ、お蔭で…というのも少々癪だが、動きが出たようだがな」
「…だといいんだけどね」
「ふん。そうでなければイルカが責められ損だろうが」
何もかもお見通しと痛いところを突かれてカカシは返事も出来ない。確かに今回のことでイルカに落ち度はなく、あくまでも事故なのだから。好きであんな状態になった訳ではないのにそれに焦れて先を急いだのは己の不安定な感情のみの所為で、有体に言えば暴走したに過ぎない。本人の意思のないまま無茶を強いたのだから。
カカシは顔を歪めたまま部屋に入ったが寝台に近づくことが出来ずにその場に佇みイルカを見つめた。



「カカシ、お主のチャクラをちょっとばかり貸せ」
「は?」
イルカにチャクラを当てて何事か探っていた三代目の突然の言葉にカカシは眼を瞠り、ふらふらとイルカの眠る寝台に近付いた。
「イルカを引っ張り上げるのに使うんじゃ。それとも嫌だと言うか?」
「なっ…、とんでもないっ! そんなのいくらでも使って下さいよっ!」
「そんなこと軽く言ってまたぶっ倒れるなよ?」
「それこそ本望だーよ」
焦って三代目に諾と返し、表情を変えずに嫌味を言うイビキを睨んでからカカシはイルカの枕元に立った。
「カカシよ」
「はい?」
「これで戻らねば覚悟をしたほうが良いかもしれん」
「…え」
「時が経ちすぎている。あまりに肉体から精神が離れすぎると戻れなくなる確率が上がってしまうからのう。とりあえずカガミを剥がしたとしてもイルカの意識が確実に戻るという保証はないんじゃ」
「…その場合は?」
「眠ったまま、ということじゃ」
「……」
唇を噛み締めてイルカの顔を見つめる。
眠っているイルカ。生きているイルカ。頬を手の甲で撫ぜるとちゃんと温かい。それでもその唇が自分の名を二度と紡がない可能性を示唆されて指が震えた。カカシは膝を折り寝台に手をついてイルカに顔を寄せた。
「還って…きます。必ず還ってくる」
何よりも自分に言い聞かせるようにカカシは呟いた。普段感情を露わにすることの少ないカカシの声が僅かに震えていることに対して火影とイビキは目を見合わせたが何も言わなかった。イルカを失えばカカシすら失われるかも知れないと声に出さずとも分かっていたからだ。
「イルカの額に掌を当てておれ」
そう言われて、カカシはいったん伸ばしかけた手から手甲を外してイルカの額にそっと掌を当てた。すっかり弱ってしまっているからだろうかいつものイルカよりも幾分か低い体温を感じる。先程は…どうだっただろうか、そう考えてみたが全く覚えていない。どれだけ自分に余裕がなかったかを改めて思い知った。
そんな後悔で頭を一杯にしたカカシに構わず火影は印を切り続け、やがてイルカのまわりにチャクラがゆらゆらと立ち昇り始める。それはカカシも一度目にした、イルカが《揺らす》時のものとは微妙に違う、今思えば禍々しい色のものだった。それがカガミのものなのかそれ以外のものなのかはわからないが。
「三代目!」
「まだ、まだじゃ。じっとしておれ」
振り仰いだ顔にそう止められてカカシはまたイルカに視線を戻した。体温が少しずつ上がっているようで掌を当てた額にうっすらと汗が滲んでいる。身体はまるで動いていないのだが苦しいのだろうか眉間に薄く皺が刻まれた。
――大丈夫。戻ってこられる。…戻って来い、イルカ!
イルカのまわりにあるチャクラの揺らめきが激しくなり、火影のチャクラと絡み合っている。そして僅かずつではあるが自分のチャクラがイルカの体内へ吸い込まれているようだった。
――これで戻ってこられるのならばいくらでも。
自らは何も出来ないのは歯痒いが、間違いなくイルカの内部で何かが起こっていてそれを少しでも自分のチャクラで助けることが出来るのならば。
イルカの顔を見つめ続けているとその瞼の下で眼球が動いているのがわかる。ピクリピクリと痙攣するような瞼の下でイルカは何と闘っているのだろうか。
――頼むから負けないでくれ。
――俺をひとりにしないでくれ。
突然イルカの片手がぐぐっと持ち上がり、指先が鉤のように曲がって何かを探すかのように宙を彷徨った。
「…ぅ、…ぁああぁぁ、っ…!」
今までに聞いたことのないイルカの細く長い悲鳴が部屋の中を満たしていく。
「カカシ! 手を掴め! 引き上げるぞ!」
火影が叫ぶか叫ばないかのタイミングでカカシはイルカの手を握り締めていた。そのカカシの手を握り返す手に確かな力がこもっていることに胸が逸り、握る手にますます力を込めた。
合わさった掌に激しく熱を感じた瞬間、イルカに纏わりついていたチャクラが火影のチャクラに包まれるように身体から分離し、そのまま収縮していく。どんどん小さくなったそれはやがて火影のチャクラに溶け合って消えた。



「…三代目」
「うむ、とりあえずカガミは剥がれた。元はといえばわしの所為じゃ。あやつにも可哀想なことをした…」
「……」
「死者に鞭打つようなことになってしもうたの」
「三代目の所為ではありません。奴はあくまでも抜忍です」
それまで黙って成り行きを見守っていたイビキが毅然として言い放つと、火影は瞑目して頷いた。
「後はイルカじゃな」



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(2005.11.07)

なかなか進まない…(苦) 自ら焦らしプレイをするつもりはなかったのですが…。
とりあえず三代目やイビキさんの居る前でカカシにあまり恥ずかしいことをさせると後でイルカが憤死してしまいますから、イロイロと自粛しています。
親兄弟には見られたくないことがたくさんあるイルカ…(苦笑)





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