魂揺らし ―弐―






あれから一ヶ月たとうとしている。
カガミは最近食事をあまり摂らなくなり、動かない事も相俟って目に見えて衰弱してきた。里抜けした当時の記憶は一向に戻らず、かといってイルカの意識が出てくることもなかった。ここ何日かは横たわった寝台の上から窓の外ばかり見ている。カカシに「もういい、ミズハのところへ行きたい」と言ったように生き続ける気力をすっかり失っているようだった。


カカシはあれ以来ほとんどこの部屋へ顔を出さずにいたが、イルカの身体がかなり衰弱してきたというイビキの言葉を聞いてやはり我慢できずに来てしまった。顔を合わせず気配だけ窺えばいいかと思ったのだ。しかし陰からイルカの顔を見れば今度はあの瞳で見つめられたくなる。
少しだけ、と自分に言い訳をしながら入った部屋で視線を合わせようともしないイルカの姿に苛立つカカシを、当然ながらカガミはチラとも見ない。
イルカ、ではないカガミにとっては最早全てがどうでもいいことだった。
自分に干渉してくる全てが冗長なものだった。
そんな有様にカカシは先日感じた以上の苛立ちを感じ、尚且つ押さえきる事が出来ない。

「あんたさあ、何で自分が生かされてるのか解ってんの?」

カガミは仕方なく、といった風情でゆるりと顔を傾けた。その顔に表情はなく、イルカ本来の人を引き込むような瞳も濁ってしまっている。
空虚のような顔がカカシを見上げていた。

――これはイルカじゃない――

カカシは素早く印を組み他者を拒む結界を張った。誰にも邪魔されたくなかった。
知らず殺気が溢れ出し、抜け殻のようなカガミもさすがにぶるりと身震いした。イルカであれカガミであれ元々が中忍なのだから条件反射のように身体が反応するのだろう。
「ねえ、あんた本当は死んでるんだよ? はっきりいって邪魔なの。この人の、イルカの身体からさっさと出てってよ」
カカシは身の凍るような殺気を発したままイルカに近付き、薄く笑いながら耳元に息がかかる程顔を寄せた。
「これはイルカの身体。あんたのじゃない。返せ」
「な…、なん…」
イルカの顔をして怯えている男にカカシは冷たい視線のままで言った。
「もーいいよ。あんたは黙っててよね」
カカシの手がイルカの髪を撫で、指が頬を伝って顎を上に向かせる。そのまま噛み付くように口付けた。イルカの身体は強張ったまま動かず、同じように縮こまった舌を無理やり吸い上げて引き出す。やがて与えられる空気の少なさにイルカの身体が暴れだし、弾みでガリ、と柔らかい唇を噛んでしまう。
「あーあ、血が出ちゃったじゃない。イルカの身体に傷つけさせないでよ」
「や、あ、やめ、いゃ、だ…っ…」
怯えた顔をするのが忌々しくて髪を掴んで引き倒した。そのまま堅い床に這わせて片腕を背中に捻り上げる。
「抵抗しないでよ。イルカはそんなことしないんだから」
「や、やめてく…っ…、はたけ、じょ…!」
ばらばらと乱れた黒髪の隙間から覗き見上げているのはイルカの黒い瞳。
――そんなに怯えた目で俺を見るな!
カッと頭に血が上り、カカシはイルカを押さえつけたまま寝間着代わりの浴衣を押し開く。どうしようもなく醜悪な感情が体中を駆け巡り、捌け口を求めていた。両腕を拘束用の糸で後ろ手に縛り上げてうつ伏せにさせると、イルカは肩口で身体を支えるようにして片頬を冷たい床につけた。何をされるか理解したのだろう、浅く忙しなく息を吐きながらずるずると逃げをうつ腰を強引に高く持ち上げる。
「イルカは俺を拒んだりしない。俺を恐れたりしない。…返せ。…俺の。俺にイルカを返せッ!」
何も施されていない箇所に指を突き立てて無理矢理押し開くと身体が大きくしなった。お情け程度に道をつくり、呻き声と大きな呼吸に肩が揺れるのにも構わずカカシは自身を捻じ込んでいった。
「ぐ、うああァ…ッ!!」
イルカの口から堪えきれない悲鳴があがり、生暖かいモノが腿を伝っていく。鉄錆の匂いを嗅いでますますカカシの頭に火花が散り、滑りがよくなったそこに叩きつけるように腰を使う。一向に力の抜けない身体に自身もきつかったが勢いに任せて動きを止めなかった。
「痛ッ、ぐうッ…!」
「う、るさい…よっ…」
食いしばる歯の隙間から呻き声が聞こえたがどうでもよかった。ただ頬を幾筋も流れる涙に見入る。押し込んでは引き抜くのを繰り返し、爪が食い込むほど力を込めて抱えた腰を揺さぶった。たいした間もおかずに一瞬たりとも熱くならないイルカの身体にあっけなく射精して埋め込んだものを引き抜くと、支えを失った身体はぐらりと横向きに崩れ落ちた。

しばらくの間ぼんやりと膝立ちのまま大きく呼吸を繰り返して激情の余韻を逃していたカカシだったが、ふと見下ろしたイルカの顔を見て血の気が下がった。
青白い顔は涙に濡れ食いしばった口元から流れ落ちた唾液が床を濡らしていた。完全に意識を失った身体が強張ったまま倒れているのに触れようとしたが指が震えて儘ならない。何度も指を握ったり開いたりして震えを押さえるようにしてイルカの脇に両手を付いた。知らぬ間に視界が涙で滲み、嗚咽を堪えきれずに這い蹲るように額を床に擦り付ける。
「イルカ…、イルカごめん…、ごめん…」
今こうして意識もなく倒れている姿は見紛うことなくイルカだ。両手を拘束され乱れきった浴衣の間から見える下肢は鮮血と精液でどろどろに汚れてしまっている。
ごめんなさいと何度も謝りながらカカシは震える指を伸ばしてイルカの髪を恐々と梳いた。痩せてしまった身体にかけた負担を思うと暴走した自分が情けなくて仕方ない。寄せられた眉間がゆっくりと元に戻るまで同じ動作を繰り返し、顔色が悪いながらも表情が穏やかに戻るまで待ってから静かにその身体を清めた。自分が仕出かした事ながらこんな姿のイルカを誰にも見られたくなかったから。
身体を清め終わってから抱え上げて寝台に戻す。自分の知るイルカの重みではないことにカカシはまた震える。
このままイルカは元に戻らないのだろうか?

枕元に顔を寄せて寝顔を見つめていると、眦からひとすじ涙が伝った。
「…イルカ…?」
指で涙を掬うとイルカはほんの少しだけ身じろいだ。
「………」
カカシはびくりと固まる。

今…、今イルカの口からでたのは自分の名ではなかったか。
ほんの小さな吐息のような音ではあったが。



BACKNEXT



(2005.07.31)

うう…ん、ごめんなさい、ごめんなさい…(苦)




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送