魂揺らし ―弐―






「まだもどんないの?」
「そのようだ」
「一体いつになったら元にもどるのさ」
「わからん」

もう何度も繰り返される会話にカカシはうんざりしていた。
はじめの一週間はただイルカがもどるのを心待ちにしていた。何があっても還って来ると信じている、そう思っていたから。
イルカに入っているヤツには無用な混乱を避けるため幻術がかけられ、イルカという他人を認識しないようにした上で火影屋敷の結界の中に軟禁している状態だ。だからヤツは今、中忍のカガミとして療養生活をしているということになっていた。里を抜けようとしたヤツに療養もないもんだが、記憶がない間の動向を知る必要があるという名目での軟禁だ。当たり前だがイルカの身体を牢に入れるなんてとんでもないことだった。
カカシは毎日のように屋敷へ通い、三代目にどうなのかと詰め寄り、イビキにまだ戻らないのかと迫った。
結局二人とも首を振るばかりで事態は好転していない。

二週間をとうに過ぎた頃、痺れを切らしたカカシは近寄る事を避けていた部屋に足を向けた。しかし入り口まで進むと足が重く止まる。
中で目覚めている人間の気配が、イルカと違う。
肉体はイルカでもやっぱり違う…。
それでも我慢ならずに己の気配を消して忍び込んだ。
突然現れたカカシにイルカ、いやカガミは驚いた顔をしたが、さすがに写輪眼のカカシのことは知っていたらしく上擦った声をあげた。
「あ…、はたけ上忍…?」
その一声を聞いた瞬間、眉間の奥に射すような熱と衝撃を感じてカカシは我知らず容赦のない殺気を放っていた。

――イルカの顔で! イルカの声で!

「はたけ上忍ッ?」
慌てて飛び込んできた暗部の声で我に返ったカカシは殺気を納め、暗部を手で制すると感情を殺してカガミに声をかけた。
「あんたさ、うみのイルカのことは覚えてる?」
「うみの中忍ですか? まあ顔くらいは知ってますけど、話したことは…ないなあ。ああ、受付に居ましたっけ?」
「……」
「皆その人のことを聞くんですよね。俺その人のことは何にも覚えてなくて…」
どうやら殺害される直前の記憶は失っているらしい。暗部は事情を知っているのか警戒したままで口を出さずにカカシの動向を窺っている。
しかしそれにしても…。
「聞かれても思い出せないんだからしょうがないですよねぇ」
そんな風に言われてチリリと皮膚が粟立った。
お前の方が偽者なのに! …そんな言葉が胸の中で渦巻く。
「里を抜けようとしたことは誰も咎めないんですよ。変でしょう? あのイビキ特別上忍までここへ来るのに。最初にあの人がこの部屋へ入ってきた時にはついに拷問部屋へ連れて行かれるんだなーって思いました。でもそうじゃなかった。何ででしょうね。俺、抜けるのに失敗したんだからもう処分されてもいいと思ってるんですけどね」
聞きもしない事をぺらぺらと喋るカガミの顔を感情を出来るだけ抑えて見る。その顔はイルカだけれど。
「手引きをした人間のことは火影様に全部話しました。もう隠してたって意味ないですから。持ち出した機密に関しては全然どうなったか覚えてないんですけどね。俺、都にミズハを…、ああ、俺の恋人ですけど…、彼女を待たせてたんです。だけど俺が行かなかったからもう彼女は生きていないと思う。そう約束したんです。一緒になれなかったら、俺が行けないとしたら、俺は捕まって処分されたってことだからミズハも後を追ってくれるって。どのみち機密が手に入らなくなった時点で殺されているかもしれないし。だから俺、もういいんです。いいから早くミズハのところへ行きたいのに…」
諦めた顔をして言う顔を見ていられなくてカカシは顔を背けた。口がどう動こうとも顔はイルカだ。自分から生を手放すなんてイルカだったら絶対に言わないセリフだと思う。けれど自分が死んだら後を追ってくれるというのは…堪らなく魅力的な言葉だった。きっと自分もそうすると思う。でもイルカは? 最後をみる約束はした。でもその後は?
考えたくなかった、押し殺していた決定的な疑問が首を擡げる。
そもそも俺は忘れられてしまう程度の存在だったのか?
眩暈のように感情が目の前を巡り、思わずよろりと後退った。
「邪魔したね」
そのまま誰とも視線を合わせずに、カカシはカガミへとも暗部へともつかない言葉を残して部屋から出た。

カガミからはイルカの気配もしなかった。器はイルカでも中身が違う。
俺は。
待てると思っていたけど。
俺は…。

カカシは途方に暮れた。


□■□■□


お願いだからココから出して。
俺の心と身体を切り離さないで。
カカシさん、俺はここにいます。
ここにいます。
暗闇の中に浮かんだガラス玉の中に。
叩いても叩いても割れない檻。
がつがつと叩き続けてこの両手は血塗れだけど。
俺はここから出たい。
カカシさんのいる処へ戻りたい。
ここから出たい…!

イルカの声は届かなかった。



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(2005.06.08)

久し振りの更新なのにキリのいい所で、と思ったらすごく短くなってしまいました…。
しかも進んでないし。ごめんなさい(汗)





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