魂揺らし ―弐―






「おぬしがよもやそれほど弱るとはな」
三代目は傘を深く被り直して机に肘を付き手を組んだが、すぐに煙草盆に手を伸ばし煙管に葉を詰める。火を点けると深く吸い込み、長く時間をかけて吐き出した。
その様子にに焦れたカカシは身を乗り出して机を拳で叩く。
「何なんですかあれは? 何で俺の事がわからないんですか! あんな…俺の事なんか見たこともないような顔をして…。俺たちのことが気に入らなくて何か変な術でもかけたんですかっ!?」
「本気で言っておるのか」
「だって、おかしいじゃないですか!」
「たわけっ!」
煙管の首で盆を叩いて三代目がカカシを睨む。
「それで済むならとっくの昔にそうしておるわっ! あれの気持ちを無視することは出来んからせずにおるが…。おぬしの性根がそんなモンならもっと早くにそうするべきだったかの?」
皮肉を言われてカカシはバツが悪そうに顔を逸らした。
「少しは落ち着かんか。イルカがどういう状況で倒れたのか己の目で見ておろう」
「倒れて…、そうだ、あのおかしな式…」
自分が見た事を思い出してカカシはぶるりと震える。
「少しは頭がまわるようになったか」
「…っ」
「おぬしも上忍ならもう少し冷静に対処せよ」
「…すみません」
ガリガリと殊勝な顔つきで髪を掻き回し謝るカカシを傘の下から見つめると、三代目は深く溜息を吐いた。
「イルカの母親に意識の混濁があったと言うたろう…。それと同じじゃ」
「混濁?」
「あれはおそらく元のチャクラの持ち主じゃろう。…カガミという中忍だが」
「元の…って、死んだ奴のってことですか? それじゃあイルカの意識は?」
「問題はそこじゃ。イルカの母親の時は数日で元に戻ったがな、それぞれの人間が違う以上全く同じとはいかんじゃろう。しばらく様子を見るよりあるまい」
「くっ…!」
カカシは拳を握り締めた。
こんなことになるとは夢にも思わなかった。自分がついていった以上イルカに怪我をさせるつもりなど毛頭なかったというのに。
怪我どころか今のイルカの中にはカカシの事もイルカの意識すらもない。
でも顔はイルカなのだ。
イルカの顔をして、イルカの声で自分の事を知らないと言った…。
このまま戻らなかったら…。
「ともかくしばらくは様子をみる。無体な事を働くでないぞ?」
「……御意」

そのまま帰る気にもなれず、イルカの寝ている部屋へ行くと入り口の前にイビキが立っていた。近付いたカカシに気付くと視線で牽制する。
「顔を見るだけだーよ」
先刻の行動を見られているだけにカカシも下手な言い訳はしなかった。イビキはしばらくカカシを眺めた後横に退いてカカシを通す。
気配を断ってイルカの枕元に近付くと再び眠る顔があった。顔色は幾分良くなり穏やかそうな寝顔をしている。こうしていると何時ものイルカとなんら変わりない。
――イルカ…。
枕元に跪きそっと頬のラインをなぞったがぴくりとも動かなかった。おそらく強制的に眠らされているからだろう。
――早く還ってきてよ。
片翼をもがれたように、心をもっていかれたように、自分の中の何かがぽかりとなくなってしまったような気がする。そっとイルカの手を取り自分の頬に押し当ててみると、じんわりとその掌の温かさが伝わってくる。
ここにいるのに。
イルカはここにいるのに自分を見てくれない、声もかけてくれない。
こんなことになって自分が如何にイルカに依存していたのかがわかった。イルカを守ると言いながら、それはただイルカを誰かに取られたくないが故の行動だったのだ。
「カカシ」
ドアの外から声がする。
「何?」
「今日はその位にしておけ」
「……」
本当はもっと顔を見ていたかったが、目を覚ましたイルカにまた知らぬ顔をされるほうが辛いと思いカカシは重い腰をあげた。
部屋から出ると表情の読めぬ男が顎をしゃくってみせる。
「少しいいか」
「なーに? 珍しい」
「少し昔話でもしようかと思ってな」

暗部しか使わない控室のソファに一際大柄な男が座り、脇の壁にカカシが寄りかかっていた。イビキがぎしりと音をたてて皮手袋をはめた指を組み、瞑想するように閉じていた目を開けた。
「イルカの父親が俺の上官だったことは知っているな」
「ああ」
「イルカの母親ともたまに同じ任務に出たことがある。どちらにも良くしてもらったし、イルカのことも昔からよく知ってる。あいつは小さい頃から母親に色々仕込まれてたし、留守番は火影様の屋敷ですることが多かったからそこでもよく会った。時間があれば色々な稽古もつけたが案外と負けず嫌いでよく臍を曲げられたな。勝負して負けるのは俺が大きいからだ、ってな」
そう言いながらイビキはニッと笑った。
「あんたが笑うと怖いよ」
「ふん、そうか?」
「あんたも三代目もイルカが可愛くて仕方ないんだよねー」
「まあ誰から見てもお前よりは随分可愛いだろう?」
「そりゃそーだけどさ、ちょっと構いすぎじゃーないの?」
カカシは憮然とした顔で言い放つがイビキは意に介さずに話を続ける。
「まあそう言うな。お前と比べると子供らしい子供だったからな、イルカは。だがあれはあれなりに辛い目に遭っているし」
「九尾?」
「それは多かれ少なかれ皆同じだろう」
「じゃあ何?」
「今のお前と同じだよ」
「は?」
「イルカの母親も同じ状態になったことがあると火影様に言われなかったか」
「聞いたけどそれが何?」
「…火影様はお前に細かい事までは話されなかったか」
イビキは自分の手を見つめながら溜息を吐いた。
「イルカがまだ十になる前だったかな、あれは」
カカシはイビキの言葉を待つように腕を組んで黙り込んだ。




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(2005.04.08)

カカシがしおしおとしています。しかもイルカの出番が…自分で書いてて淋しい。




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