魂揺らし ―弐―






「イルカ先生」
「どうしたの?」
「イルカせんせ?」

何度か名を呼ばれていたらしい。肩を掴まれゆさゆさと揺さぶられてイルカはようやく意識を此方側に戻した。話している最中に意識が疎かになったようだ。
「イルカ先生、大丈夫?」
「あ…、すいません、ぼーっとしちゃって…」
顔を覗き込んでくるカカシに苦笑いを返して寄りかかっていた壁から離れた。
「俺、なんかヘンなこと言った?」
心配するカカシにそんなことはないと返しながら、何で今頃あんなことを思い出したのかと思った。もう遥か昔のことなのに。
それでも余程変な顔をしていたのだろう、カカシはイルカを壁に押し付け腕を絡めて抱きついてきた。その力は強く、イルカは逃れようと身動ぎしながら声をあげた。
「なっ、カカシさん?」
「目の前にいるのにほったらかしにしないでよ〜」
「ご、ごめんなさい。でも、ここ、アカデミ…」
「だーいじょーぶ」
「でも、っ…」
自分でここがどこかを言うと改めて焦りが生まれ、イルカの顔が一瞬にして紅潮する。慌てて急にもがきだした身体をカカシはぴたりと抱え込み全く離そうとしない。
「ひ、人に見られたら…」
「今この辺には誰もいなーいよ」
そう言ってカカシは口布を下げてイルカに口付けた。初めはそっと触れた唇が、少しずつイルカの唇を挟みながら隙間をつくり、やがて深い口付けへと変わっていく。
抵抗しても敵わない上に何やら楽しげな顔まで見せているカカシに、イルカは諦めて身体の力を抜き目を閉じた。
いつだってカカシには敵わない。


□■□■□


随分と久し振りに暗部としてのイルカの"外"での任務があった。
今回は現場が里からそう離れていないことと、偶々非番であったことからカカシもそこに同行することが出来た。カカシは状況が許せる限りイルカの任務に付いていく。回数がさほどない事とイルカ可愛さが手伝ってか、三代目もそれを容認している節があった。イルカの事を弟のように可愛がっているイビキあたりは難色を示していたが、三代目は同行者にカカシを加えることで守りの体制が強固になるのを考えに入れていたようだ。
そしてまたイルカとカカシがお互いの性格矯正に大きく貢献していることも。
魂揺らしとしてのイルカは厭世観の抜けない所がかなりあったし、カカシはカカシで任務としての仲間以外にはかなり排他的だったから、それが多少でも改善されているのを良しとしたのだ。

里の大門を出て小一時間も行ったところにそれはあった。獣に荒らされでもしたような死体が一つ、血やら何やらを撒き散らした状態で散らばっていた。いや、死体とは言い辛いほどバラバラにされた残骸と言ったほうがいいかもしれない。頭部は残っていないものの、残された額宛ての印は木の葉のもの。そして晒された部分でかろうじて男であった事は解る。
「ただ食べられたって訳じゃなさそーだね」
状況を検分してカカシが言う。こういうのは"外"が多いカカシのほうが詳しい。イルカはその横で頷いた。他に二人付いてきた暗部も同様の見解だった。
何かを探すように身体が弄られている。
それが結論だった。おそらくは木の葉を抜けた忍が情報を取る為だけに結局は裏切られたのだろう、そんな事がたまにある。ただ抜けて市井に紛れるだけならともかく、手引きをする者がいる場合には余程の価値がない限り一度でも裏切るような忍びが信用される事などない。それでも抜けるのにどんな事情があったのか、それを火影に伝えるのがイルカの任務だ。
「馬鹿な奴」
「そんな風に言わなくても…」
「甘いなあ、トリは。里を抜けようとするのが駄目なんでしょ?」
「だからって…、コリの言い方は、」
互いに仮の暗部名で呼び合うのにも既に慣れていた。コリが仕切ってしまうのも何時もの事で、他の暗部たちも意見はしない。暗部名があれどもそれが写輪眼のカカシであることは周知の事実だったからだ。
「まあ、そんなのはイイよ。早く終わらせて帰ろう」
「…はい。そうですね」
「《少ない》けど大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
カカシが《少ない》と気遣うのは、相手が《少ない》程イルカが消耗するからだ。イルカがはっきりと言った事はなかったが始終一緒に居るカカシにはそれがすぐに判った。だからこそあまり休めない里外でイルカが任務につくことをカカシは嫌う。どんな場合でも、あえて言えば里の中でさえ完全に安全ではない事をイヤと言うほど知っているからだ。だからこそこうしてイルカの任務についてくるようにしている。
イルカを失うわけにはいかないのだ。
互いに過去から抜け出そうと決めたのだから。

いつものようにそっと触れた指の先から身体中にチャクラが纏わり付くように立ち昇っていく。イルカが起こすそれは酷く儀式めいているが故に、何時でも誰でもが口を開く事も身動ぎすらも出来ずに見守る。
今日もその筈だった。
だがそのチャクラの中に何時もとは違う色が混ざっているような気がしてカカシは片眉をぴくりと上げた。イルカは目を閉じたまま、まだ動かない。
――何か変だ。
何が起ったのかよく分からない。分からないが未だ技の途中である以上どんな弊害があるかも知れず、カカシはイルカに手が出せないまま瞠目した。
その間にもチャクラがイルカの掌に纏まり続け、やがて小さな鳥の形をとる。三代目に届ける為の式だ。
だがそれさえもが何時もと違っていた。他の暗部が息を呑む気配が知れる。
常なら真っ白である筈の鳥の羽根のあちこちが赤く染まっていた。まるで傷つき血を流しているかのように。
瞼を開けた瞬間、自分と同じように目を瞠ったイルカの掌から、チッと一声鳴いて鳥は羽ばたく。一直線に飛んでいく姿を慌てて追うように手をあげたイルカは、ビクリと仰け反りそのままゆっくりと身体を傾けていった。
いつかも見た黒髪がざらりと流れる様子が再びカカシの脳裡に浮かんだが、瞬時に跳んで地に臥す前にその身体を抱きとめる。イルカの身体は間欠的にびくびくと小さく痙攣を続けていた。閉じられた青白い瞼が震えている。
「里に戻る!」
今迄に何度も立ち会った任務だがこんな事はなかったから、カカシは血の気の引く思いで暗部たちに叫びイルカを抱き上げたまま踵を返した。
とにかく三代目に見せなければ。



BACKNEXT



(2005.03.15)

暗部名、あまりにも適当ですねー(苦笑) トリ=鳥、コリ=狐狸、です。一度限りの捨て名に近い感じで。イルカは稼動数が少ないですし、カカシは暗部時代もほぼカカシの名で出ていたことに…しておいて下さい。





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送