魂揺らし ―弐―






「イルカせんせー」
「もう、止めて下さいよ。研修は受けてるけどまだ先生じゃないんですから」
「えー、同じようなモンじゃない? イルカなら絶対大丈夫だよ」

アカデミーの中庭に突然現れて自分を呼ぶカカシにイルカは顔を赤くして周囲を見回した。幸い誰も見当たらず、ほっと胸を撫で下ろす。
「何こそこそしてんの」
「こそこそっていうか…、カカシさんはこんな所に何しに来たんですか」
暗部の衣装こそ纏っていないが、カカシの気配はアカデミーのなかではあまりに重過ぎる。当の本人が隠そうとしないのだからしょうがないのだが。
出逢った頃のカカシはそれを隠すどころか締め上げ痛めつけるようにイルカにぶつけてきたものだが、お互いの気持ちを吐露しあった今ではそれもそう辛いものではなくなった。
だが、万が一ここに生徒が出くわしたりしたら悲惨な事になるに違いないのだ。
「その気配を隠せないんなら、ここには顔を出さないで下さいよ」
「ごめん」
懇願するようなイルカの声にカカシはガリガリと頭を掻き少し不満げに鼻を鳴らしたが、それでもちゃんと気配を抑えてくれたので安堵した。
カカシの憮然とした表情を見てイルカも謝る。
「すみません、カカシさん。でも、アカデミーの子供たちにはまだキツ過ぎるから…」
「…まあ、そうかもね。ちっこい奴等は忍じゃないもんね」
「またそういう言い方を…。俺だってここに長々と通ってましたよ?」
少し首を傾げて呆れたようにイルカが言うと、カカシは肩を竦めて大袈裟に溜息をついた。
「それが不思議だよ。あれだけ出来るのにアカデミー歴が長くて」
「親が居た頃は家庭教師もついてませんでしたからね」
「まあ、あんなサディストに教われば強くもなるか」
ゲンナリした顔で言うカカシに苦笑しながらイルカは校舎の壁に凭れた。
「そんな風に言わないで下さいよ。イビキさんの教え方はすごく優しかったんですから。ただ、何事にも徹底していただけで」
「"優しい"〜? その徹底っぷりがフツーじゃないでしょ?」
イルカのイビキに対する認識"優しいお兄さん"と、カカシの持つ認識にはずいぶんと差がある。今ここにカカシが来ているのも多少はそこに原因があるのだが。
火影の屋敷と違ってアカデミーでイビキに出くわす確率はかなり低い。自分の風貌が幼い子供達にとってどう映るかを知っている彼は、授業が行われている時間には余程のことがない限りアカデミーには顔を出さない。
もっとも彼の任務でここに用がある事態などないほうがいいのだが。
そのイビキと三代目はふたりしてイルカを可愛がっていて、カカシがイルカに付き纏うのを眉間に皺して見ている。カカシが少しでもイルカに無体を強いるようなら別れさせてやろうという気満々でいるから、カカシとしては出来るだけ二人の目のないところでイルカに会いたい。自分は別に人の反対など気にもしないが、イルカの顔が曇るのが嫌だからだ。
「そうですか? 俺は別にそんな風には感じませんでしたけど」
そんなだから余計にあんな奴等に可愛がられちゃうんだよなー、とカカシは思う。
だが本来のイビキを知っているイルカにはその考えすら疑問なのだ。彼は兄弟程度にしか年の離れていないイルカに忍としての様々な技や知識を与えてくれた。イルカ固有の技以外を覚えるのは楽しく、自ら求めて教えて貰ったものだ。
そう、それ以外は。
一番覚えなければならない事が一番覚えたくない事だった。
何故こんなものを、と、随分母親を恨んだものだ。
覚えるのが辛い、というより、覚え様が辛かった。
イルカの技はその特異性故に、ある程度の形骸を覚えてしまったらあとは実地で伸ばしていくしかないものだったから。
だって…。
相手はいつも死人だったから。


□■□■□


「母ちゃん、その服…」
母が自分を捜してやってきた時、その服装を見てイルカは視線を落した。
「イルカ、ここにいたのね。今日は母さんについてきて頂戴ね」
「うん…、あ…はい。父ちゃんも…一緒?」
「そうよ。姿は現さないと思うけどね」
「……そう」
イルカは母のベストの裾をぎゅっと握り俯いている。その理由がわかる母親はイルカの手を上から包み込むように握った。
「イルカ」
「僕、…どうしても行かなきゃダメ?」
母親はしゃがみこんでイルカと視線を合わせ、握ったままの手の力を少し強くした。
「イルカ、これは任務なの。あなたもそろそろ一人で出来るようにならなければね。あなたの大事な大事な役目なの。母さんは四代目に御使えしているから、あなたは三代目に御使え出来るようになるのよ? そしていずれは五代目に」
「……」
「イルカにはちゃんと出来るから。母さんわかってるわ」
「…はい」
母親は諦めたように返事をするイルカを思案気に目を細めて見ていたが、やがて背中を押すようにしてから言った。
「着替えていらっしゃい。面もちゃんとつけるのよ?」
「はい。わかっています」
精一杯大人の口調でイルカは答えた。

母と共に出向いたのは火影の屋敷。イルカの母とそのミニチュアのようなイルカを見て、三代目は頷いた。
「よう来たな、イルカよ。大変じゃとは思うがしっかり努めるんじゃぞ?」
温かい掌がイルカの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「勿体無いお言葉をありがとうございます、三代目」
母が礼を言うのを聞いてイルカも慌てて頭を下げた。孫を見るような三代目の視線がくすぐったくてイルカは頬を赤くしたが、任務を思ってまた口元を引き締めた。

何度も入ったことのある部屋の前に立った瞬間、いつもイルカの足は竦んだように止まってしまう。
(怖い…)
何度目にしても慣れるものではない。
慣れるも慣れないもない、任務なのだから。そう自分に言い聞かせてみるものの、未だイルカはダメなのだ。情けないと自分でも思うものの、どうしても怯んでしまう。
それにまた前みたいなことがあったら?
あんなのはもういやだ…。
考えただけで皮膚がちりちりするような恐怖感につつまれ、白くなるほどにキツく小さな拳を握り締めた。
そんなイルカを横目で見ながら、母はギイッと扉を開いた。



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(2005.03.06)

「魂揺らし」続編です。前作で急激に仲良くなってしまったので、今回出てきたカカシとイルカは前とはなんだか別人のような気がします(笑) しかも話が進んでません…。
またのんびり更新になるとは思いますが、お付き合いの程宜しくお願い致します。





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