どれほど縛れば。

俺のものになるんだろう。


‖|||‖ あなたしか見えない ‖|||‖



(せんせい、せんせいは僕の事が好き?)
(ああ。お前が一番好きだよ)
(じゃあどうして? どうして皆に同じことをするの?)
(大人はな、色々とあるんだよ。お前は黙っていればいいんだ)
(…そう。僕が我慢すればいいんだね)
(そういうことだ)
(僕が我慢すれば…いい…)




朝、イルカはぼんやりと目を覚ました。
――なんか夢見てたな…。
覚えてないけど、昔から何度か見る夢。
内容なんか覚えてないけど、そんな時起きるといつも涙の痕があった。
涙を…、拭ってくれた人がいたような気もするけど。





あれから数日後、クロツキがカカシを演習場へ呼び出した。
「少しは調べたかい」
「ああ。上忍師が処分されていることだけはね。なにかしでかして前線に送り込まれたみたいだが。だが理由がまだわからない」
「ふうん、そうか。君でも調べきらないとは火影様もよほど厳重に封印したとみえる。まあ、里としてもあっては困る事件だったからな」
「事件…。イルカ先生が保護入院していた事と関係あるのか」
「ああ、それは調べたんだね。そうだよ。そのせいでイルカは…。まあ、俺もそれまではあまり会った事がなかったんだけれどね」
クロツキは思案気に頤を撫で、そのイルカと同じ色をした目でカカシを見た。カカシが無意識に息をつめると、視線を逸らせた。


「真面目に調べたようだから…、昔話をしようか」


「私は昔イルカの父上に目をかけてもらっていてね、幼かった頃のイルカにも何度か会ったことがある。屈託がない、笑顔の可愛い子だったよ。それが…火影様に呼ばれて久し振りに会った時、別人かと思った。それ程酷かったよ。
イルカの上役、あの上忍師は確かにイルカのことを気に入っていたようだ。しかしそれは醜く歪んだ、真っ当ではないものだった。イルカに親が居ないのをいいことにあれこれと構い、あげくに手を出していたんだ」
「上忍師がか。それは指導を超えて、という事か」
「もちろん。繰り返し続けられていたのだから。閨房術の指導という言い訳もきかない程に。任地ではともかく里で大人が子供に手を出すなどご法度だよ。あの頃でも火影様は禁じられていた」
「それなのにか…」
カカシの拳が震える。自分の、どう考えても可愛げのない子供の頃にでもそんな輩はいた。自分は力で対抗してきたが、はたしてイルカはどうだったか。
「親を亡くしたばかりのイルカは当然それを愛情と勘違いした。それがどんなに酷い表現でもな。肉親から受ける愛情を突然失っていたイルカはそのすり替えに気が付かなかった。いや、気付いていても口には出さなかっただろう。もう一度失うのは耐えられなかったろうから」
痛々しい顔つきで聞いているカカシをクロツキは見つめる。
「ところが、その上忍師はイルカだけでなくスリーマンセルの他の二人にもそれぞれ手を出してた。結局そういう性癖を持つ奴だったということだ」
「…っ、馬鹿な!」
「他の二人も親にも言えず隠していたんだが、結局イルカが…、思い詰めたチームメイトに刺されたんだ。奴はイルカの家に入り浸っていたらしいから。それで事が露見した。まだ里も落ち着いてない頃だったから責められないんだが、火影様も注意が行き届かなかったのを悔やんでおられた。
イルカは怪我こそ命にかかわるものではなかったが、深く傷ついた。ショックで記憶退行を起こしたんだ。だから火影様の意で、俺が辻褄合わせの記憶操作をしたんだよ。他の二人に対しても同時にね。
火影様は緘口令を布き、上忍師を即刻処分、最前線に飛ばしたから、そいつは一週間とたたないうちに死んだよ。本当は拷問にかけて切り刻んでやりたかったがね、あっけなく自分のしたことを吐いたからそれもできなかった。
それから私は時間をかけてイルカを悪い夢から引き上げたんだ。
…たぶん強烈な記憶があったからだろう、イルカの頭はは九尾の出た夜に戻ってしまっていた。俺が初めて見た時、病室でずっと叫んでいたよ。強制的に眠らせて操作を始めるまでね。ちゃんと笑えるようになるまでに、それでも随分とかかった」
カカシが目を瞠る。それに対してクロツキは首を振った。

「ああ、君がショックを受けるべきはそこじゃない。もうひとつ話がある」

「…何だ?」
「イルカは他の二人にも手が出されているのを知っていた。その上忍師はね、イルカにずっと言い含めていたらしい。『お前を一番愛している。けれどたまには他に目がいくこともある。お前が我慢できればお前はずっと一番だ』…とね。
イルカの素直さにつけこんで自分に都合がいいようにイルカに頭から肯定させていたんだよ。これって、誰かに似ていないかい?」
カカシの背中を冷たいものが駆け下りた。


それは。
その言葉は。


イルカはあんなにも嫌がっていた。
俺の中にそいつの影を見たのだろうか。
いや、違う。そうじゃない。
俺はイルカにそんなつもりで…。


「俺は…そいつとは違う!」
「どう違う? 実際私が会ったとき、イルカはあの頃の精神状態に近かった。あの時のことを思い出す事はないだろうが、意識の下に浮かんでくるものは押さえられないからね、実生活にも支障が出てくる。イルカがまた壊れたらどうする?」
「そんなことにはさせないっ!」
カカシから怒気が放たれる。ビリビリと空気が揺れるが、クロツキは気にもかけないでいる。
何事もなかったように腕を組んでカカシを見た。
「私は近いうちにまた長期任務に出るんだが、その時にイルカを連れて行きたいと思っている。火影様にも、もう希望を出した」
その言葉にカカシの殺気が膨らむ。
「冗談じゃない!」
「そう、冗談でもなんでもないよ。私ならイルカだけを見ていられる。他者はいらない。イルカを泣かせたりしない」
言われてカカシはギリギリと歯軋りする。
「心と身体が別、なんてね、イルカには無理だ。君だってそれが解らないほど馬鹿じゃないだろう? だが現にイルカは孤独と不安で一杯だ。ならば君とイルカとは合わないんだよ」
「俺はイルカを愛してる。あんたなんかに渡さない」
クロツキの眼が眇められた。
「ではなぜ傷つける?」

その時、演習場の樹の陰からイルカが出てきた。

「クロツキさん…と、カカシ、先生…?」


イルカがカカシの殺気にビクリと震えるのを見て、カカシはそれを押さえた。
「ああ、私が呼んでおいたんだ。君もはっきりさせたいだろう?」
イルカに手招きをしてそばに呼ぶ。
「イルカ、私の目を見てくれ」
イルカははっと身を竦めたが、クロツキはイルカの両腕をしっかりと掴み、その瞳を覗き込む。
かくりとイルカの身体から力が抜けた。
「何をする気だ!」
駆け寄ったカカシが見たのは、あの夜と同じに、ぽっかりと空いた黒い瞳だった。
「イルカにとって悪い事は何もしない。イルカのなかにある鍵は、イルカが開けたいと思わなければ開かない。私はイルカを苦しめたくないだけで、君を苛めたい訳ではないからね。
もっとも君が必死にならなければ、こうして話をしてやる気もなかったが」


イルカの何も映さない瞳に向かって、クロツキが優しく問いかける。
「イルカ、お前は本当はどうしたい?」

イルカの眼から、静かに涙が溢れ出した…。




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