この声が。

あなたに届きますか。


‖|||‖ あなたしか見えない ‖|||‖



呆然と立ち竦むイルカの双眸から、透明な水が溢れ出す。


「俺は…、カカシさんといる誰かに…、嫉妬する自分の気持ちがイヤだった…。
引き止めるだけの力もないのに…、それでも縋りついている自分が惨めだった…」


泣き声さえなくポタポタと流れ落ちる涙。
力なく握り締められて震える拳。
違う。
イルカの所為じゃない。
全ては俺の――。


「いつも…、知らない振りをしようと思ってた。我慢しようって…。
でも…出来なかった…」
カカシはイルカに手を伸ばそうとして、その身体に触れられずにいた。
「だって…」
ぎゅっとイルカの眉根が寄せられる。俯いて手で顔を覆ってしまった。
「だって、好きだから…。俺が、好きだから…」


――ああ!
イルカがこんなにも求めていたのに。
俺は甘えて与えられているばかりで、与える事をしていなかった。子供じみた要求をイルカにぶつけるだけだった。
「イルカ先生…」
急に視界がぼやけた。なんだ、これ?
カカシは自分の目が水の膜に覆われるのを感じて酷く慌てたが、イルカから目が離すことが出来ない。
「泣く事が出来るのなら、イルカにちゃんと話をしてやってくれ」
そう言ってクロツキがイルカの肩を支え、カカシのほうへ押しやる。一瞬の逡巡の後、クロツキの存在を気にしながらもイルカに向かい合った。カカシは震える手でイルカの俯いた頬を包み、上を向かせる。
そこには涙に濡れた黒曜石の瞳があった。イルカの本当の瞳。
「イルカ先生…、俺が見える? 俺がわかる?」
「はい。カカシ先生…」
「イルカ先生ごめん。ごめんね。本当にごめん。 俺にはあなたが絶対なんだ…。試すような事ばかりしてごめん…」
それしか言えなかった。抱き寄せてまた謝った。


しばらく二人を見ていたクロツキが口を開いた。
「任せて大丈夫、かな?」
「クロツキさん…」
イルカは顔を赤くしてカカシから離れた。
「あー、その…、すまない…」
カカシが頭を下げる。イルカは眼を丸くしてそれを見たが、自分もクロツキに頭を下げた。
「ご心配をおかけしました。昔も…今も…お供できなくてごめんなさい」
「いいさ。だが次に何かあったら、今度こそイルカを連れて行くよ? 戦地からでも飛んでくる。イルカが幸せになるのを願っているから」
優しい眼でイルカを見ていたクロツキは、カカシにだけ真剣な眼の色を見せた。あってはならない真実は隠せ、と。それから少し笑い、軽く手を上げて歩きだした。
その後姿を見送り、ふたりはどちらともなく手を繋いだ。


前を見つめたままカカシが呟いた。
「俺、イルカ先生に甘えてばかりだね」
イルカはふるふると首を振った。
「俺も、もっときちんと言葉にすればよかったんです。あなたに嫌われるのが怖くて…今まで出来なかったけど…。
クロツキさんには…、兄のように慕ってましたし、久し振りに会ったから話せたんです。あの人の瞳術は知ってましたから、かかってしまったのは俺の心が弱かったせいです。誰かに頼りたい気持ちが、クロツキさんに会って表に出てしまいました…」
少し俯いたままのイルカの手の震えが、繋いだ指から伝わってきた。その手を握り直して肩を寄せる。

イルカは自分の過去を思い出していない。だが自分が今回のような事を繰り返せば、またどこかが綻んでしまうのだろう。
だが、もう二度とそんな事を繰り返したりはしない。そんな事になって苦しむのは自分だと、はっきりわかった。イルカを手放す事など出来ない。過去の事をイルカに気付かせたりしない。認めて、認められて、そんな風になりたい。
「これからは俺に頼って貰えるように努力します」
「そんな…」
イルカは少し頬を染めた。その姿に目を細める。
「いえ、今回の事でよく解りました。大事なものは自分で守らなきゃいけない。俺はそれを四代目に教わっていたのに。失いたくない人を傷つけた俺は愚か者です。あなたを失って耐えられないのは俺のほうなのにね」
「カカシさん…」

ふいに風が吹いて、演習場の木々が揺れた。





「クロツキよ。お主はこれで良かったのか?」
火影が部屋に現れたクロツキに尋ねた。
「私はイルカの信頼だけは失いたくありませんから。それに、昔、付いて来いと誘った俺に、イルカははっきりと教職を取りたいから行けないと言い切りました。今でもそれは変らないでしょう。イルカは、自分を抑えすぎる傾向があるようですが本当は強い子です。ナルトを認められる程の。だからこそ、せめて記憶の奥底のあの子が泣かないように、出来る事をしておきたかったんです」
それにふたりともなりは大きくても中身が子供のようでしたしね、と続けた。
「うむ。イルカに術をかけたと聞いた時はどうしたものかと思ったがな。カカシもこれで懲りたじゃろう。あんなに慌てたあやつは初めて見たからのう」
呵呵と笑って火影はクロツキを見た。穏やかな、慈しむ目で。
「またしばらくは帰れませんから…。火影様、よろしくお願いします」
「わかっておる。おぬしも、必ず帰って来い」
「御意」
一瞬でその姿がかき消える。


クロツキが去り、一人きりになった部屋の中、火影は紫煙を吐いた。
「イルカには昔の不幸に見合っただけの幸せを掴んで欲しいが、さてカカシ相手ではどうなることか。クロツキにも頼まれたことだしの。…わしもまだまだ耄碌できんようだのう」


見つめた水晶の中に、ふたりの忍が並んで風に吹かれていた。
まだしばらくは、見守らなくてはならないだろうふたりが。




<END>



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