俺はあなたにとって。

何なんだろう。


‖|||‖ あなたしか見えない ‖|||‖



カカシが浮気をした。

それはもちろん初めてではなく、もう何回となく繰り返されてきた事だった。
本人に浮気と言う自覚がないのだから始末に終えない。浮気とか本気とか、相手が男ならともかく、女に手を出したくらいでいちいち反応しないでくれ、と。
あんたも女となら寝てもいいんだと言われて愕然とした。
育った環境も立場も違う自分たちでは、道徳心が多少異なるのは仕方ないと思っていた。自分が少し我慢すればいい、と。だがそれどころではない言い様にイルカは打ちのめされた。
男と女だって、浮気がないわけじゃない。でも少しでも相手に悪いと思えば、普通は隠すものだ。それすらされない自分は一体何なのだ。


「お願いだから、女の匂いをつけてウチに来ないで下さい」
「えー、じゃあ風呂貸して下さい」
「…っ、そういう問題じゃないでしょう?」
「そういうもこういうも、たいした事じゃないでしょ」
「そんなっ…」
「いいじゃない。あ、一緒に入りますか」
「いやです。冗談じゃありません。帰って下さい」
「なに機嫌悪いの?」
「……」


カカシが自分に対して優しくない訳じゃない。睦言も言うし、丁寧なセックスもする。
けれどもそれだけでは。
カカシの耳に自分の声が届いていないのが……とても。


では自分が手を離してしまえばいいのではないか。
元々カカシに押し切られた形で付き合い始めた。人と…ましてや同性と付き合うなど、それまでの自分なら考えもしなかった。けれどカカシはあたり憚らず懇切丁寧に自分を口説いてきた。その時には付き合いのあった者たちも全て切ったのだ。欲しいのはイルカだけだと何度も繰り返し言った。
今考えれば、一時だけのことだったし、その内に自分も同じようになるという警鐘だったのかもしれない。
気付けなかったのは自分の手落ちだ。差し出された手につかまってしまったのは自分なのだから。
全ては…自分の所為。


そうやって少しずつ。
イルカは濁った澱を心の中に積もらせていた。いつまでも浄化されない感情を。





最初にカカシの行為を知ったとき、イルカはカカシに詰まった。
なぜ里にいる時に自分以外の者を抱くのだと。だがカカシにとって処理は処理で、里だろうが任務中だろうがそんなものは関係なかった。溜まったらすぐに吐き出すだけのこと。
アイシテいるのはイルカだけだったから、わざわざ行動を変える気もなかった。
だいたい自分だってその笑顔をだらだらと周りに振り撒いているじゃないか。あんたの全てが俺のものなのに。
イルカが他の男と寝るのは我慢ならないが、自分が任務でいない時に処理で女を抱くのはしょうがないと思う。
まあ、あの人は自分が任務に出た時にだってそんな事は出来ないだろうけどね。
俺が里でも女を抱くのはイルカに自覚させるため。女の匂いをつけて帰れば、いやでも俺のことが気になるでショ。
アイシテるのはイルカだけなんだから。もっと俺に構ってよ。
我ながら子供じみているけれど、俺に詰まってくるイルカが可愛かった。物凄く必死な瞳をしてこられると、それだけでゾクゾクした。

悪くない。こういうの。


でも、何時からかイルカは俺に何も言わなくなった。甘ったるい白粉の匂いをつけて帰っても、あちこちにキスマークをつけて帰っても。
それがなんだか面白くなくて、あの時、街で見かけたイルカの目の前で悪戯心を起こしてしまったのだ。
あんな風に目の前で見せ付けたのは初めてだった。
あれがイルカの中で何かを壊してしまったのだろうか。


カカシは今になってようやく悔やんだ。
その事以外でイルカが自ら望んだことなどなかったというのに。
他の奴らと違って何も強請らなかった。
いつだってカカシの話をちゃんと聴いて、あの黒曜石の瞳で見つめながら優しく笑ってくれた。

だけど、あれだけは嫌だったんだ。
本当に、心の底から。
今頃気付いたなんて、呆れて笑いもでない。
イルカには出来ないと思っていることを、してもいいよと言い、自分は見せ付けた。


そのせいで俺は、イルカの世界から弾き出された。
もしかすると、永久に。


今まで自分から切ることしかなかった糸を、イルカに切られて気が付いた。
大事なものを失う絶望感。
俺はそれを何度も体験しているのに。その度に後悔してきたのに。
また、繰り返してしまった…。




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