俺はいつも。

あなたに甘えていただけなんだ。


‖|||‖ あなたしか見えない ‖|||‖



「はぁ…」
溜息が漏れた。…こんなはずじゃなかったのになぁ。
ちょっとそこらの女と仲良くしてみせて、あの人の関心を引こうとしただけなのに。


ドアの前でカカシは立ちつくしていた。




飲み屋が立ち並ぶ繁華街で、通りの向こうから誰かと歩いてきたイルカ。
それを偶々見つけて、俺はその辺にいた女に凭れ掛かり、キスシーンを見せ付ける悪戯を仕掛けた。
イルカの方に視線をやり、クスリと笑って見せる。
目を瞠って立ち止まった彼は、しかし何も言わずに踵を返した。連れの男が俺を一睨みして後を追う。
ちょ、ちょっとセンセイ。ここはガキどもを叱る時みたいに大声で怒るとこでショ?
なんでそんな青い顔でいなくなっちゃうの?


しばらく固まっていたカカシは、女を放り出してイルカを探し回った。
しばらくウロウロしたが辺りで見つける事が出来ず、イルカの家へと向かう。
着いてみると灯りは燈っていなかったが、うっすらと気配がする。
カカシは暫らくの間逡巡していたが、観念したように「イルカ先生、入るよ?」と、一応断ってドアを開けた。
居間に入ると入り口に背を向けてイルカが座っていた。
「あの、イルカせん…」
言いかけた処で遮られた。
「別れましょう」
振り向いて、静かな声で。

は?
今この人なんて言った?
ちょっと待ってよ?
「何、言ってんの、イルカ先生」
「俺はもうアナタについていけない。俺はアナタが思っているほど大人でも寛大でもないです…。もう、イヤなんです。自分の中の醜い気持ちを宥めるのも、失う事を恐れて蹲るのも…。
俺にはアナタが見えません…」
窓からの月明かりにイルカの顔が青白く染まっている。
喋り続けるイルカの大きな黒い瞳がカカシを見つめていた。自分に向かっているのに、その瞳には恐ろしいほど何も映っていない。こんな表情をする人じゃないのに。
「イルカ先生?」
肩に手を掛けると、イルカの身体がぐらりと傾いた。
「なっ、イルカ先生? イルカ?」
慌てて抱き寄せ、様子を見る。
呼吸は乱れていないし、脈も正常だ。眠っているような感じだが、チャクラが少しおかしい気がする。術に嵌まっているような。
もしかして自分で何か術をかけたのか?
とりあえず解術してみようと試したが、イルカの意識はぴくりとも動かなかった。
舌打ちをしながら自分の手には負えないと判断して、イルカの身体を抱え上げた。不本意だが、三代目に頼るほかないだろう。





「夜中に何事じゃ」
さして動じた風でもなく火影が煙を吐く。
意識なく抱えられたイルカを見て、「そこへ寝かせよ」とだけ言って長椅子を示した。
「で?」
「自分で何かの術をかけたかもしれません。…調べて頂けませんか」
「随分殊勝な言いようじゃな」
元々この人は自分とイルカの関係にいい顔をしていなかった。イルカ贔屓の里長に揶揄され、カカシは黙り込む。
「お主の所為か」
笠の下から眼光が飛ぶ。
「多分…」

しばらくイルカを診ていた火影は扉を指差した。
「お主は帰れ」
「いえ。イルカ先生が気付くまでは…」
「お主は阿呆じゃ」
そう言われてむっとしたが、今の状況では反論できない。
「…わかってます」
「さて、どうかの? イルカにお主は見えんよ?」
「は?」
「そのままの意味じゃ。まあ明日になれば気が付く。お主がおっても何の役にもたたんわ。今日は帰れ」
煙管の先で追われ、カカシは呆然としたまま部屋を出た。





イルカが倒れた翌日。
その容態を気にかけながらも、昨夜火影に釘を刺されていたので七班の任務をこなさなければならなかった。
初めて遅刻をせずに集合場所へ来たカカシを驚きの目で見、雪が降るだの何だの煩い三人を急き立てて任務を終わらせる。
報告書を出さねばならないので、しょうがなく子供たちを引き連れて受付所に入った。
「あ、イルカセンセーッ!」
金色の仔の大声に、弾かれたようにカウンターを見る。サクラとサスケももぱたぱたとイルカに寄っていく。その子たちに遅れて近寄ったカカシがイルカに声をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
ニコニコと三人の話を聞いていたイルカが顔をこちらへ向けた。
「えっ…と。あれ?」
イルカが目を擦る。
「おかしい、な」
「イルカ先生、どうしたんだってばよ?」
ナルトがイルカの腕を揺らす。
「ああ、何でもないよナルト。え、と、カカシ、先生? お疲れ様です」
イルカは俺を見ながら話していたが、何かしっくりと来ない気がした。
いつもなら目と目を合わせて微笑んでくるのに、今日のイルカは…。
なんというか、わざと視線を逸らせているわけではないのだろうが、その動きがあちらこちらに逸れる。昨日の今日で笑顔を見せてくれるとは流石の俺も思っていないが、妙な感じがした。俺の顔を見ているようで見ていない、そんな感じ。無視したくても業務上出来ないから不自然になるのか。
別れようって言われたんだもんな。
「あの、報告書は…」
動かないカカシを不審に思ったのかイルカが手を出し、声をかける。
「あっ、はい、これお願いします」
慌てて差し出した紙に目を通すと、結構です、お疲れ様でしたと言われた。
「イルカ先生、昨日は本当に…、すいませんでした。あれは俺がやり過ぎました」
カカシが謝ると、イルカはきょとんとした顔をした。
「は? 昨日? 昨日何かありましたっけ?」
「何か…って、イルカ先生?」
あまりにあっさりしたイルカに、カカシの肩の力が抜けた。
「そんな、上忍の方と何かなんて…。あ、カカシ先生、ですよね?」
「先生、何か変よ?」
普段から聡いサクラが気付き、訝しげな顔をする。それにイルカはうーんと首を傾げながら答えた。
「ああ、うん。なんか顔の辺りがぼやーっとしてて。雰囲気と声でカカシ先生かなって思ったんだけど。受付でしか会わないのに昨日の事、とか言われたから、もしかして違う人なのかな?」
一瞬、辺りが静まり返った。
「冗談とかじゃなくて? カカシ先生だけ?」
駄目押しをするサクラにイルカが頷く。
イルカがカカシのことをわからない、といった事で、受付は騒然とした。今までにカカシがどれだけイルカとの事を吹聴していたか、知らない者のほうが少なかったからだ。
「火影、様?」
カカシは傍に座る火影を見た。
「うむ。来なさい」
受付中の視線が動いたが、席を立った火影についていくしかなかった。




「どういうことです?」
奥にある控の間で、カカシは火影に掴みかからんとばかりに尋ねた。
「落ち着け」
火影は煙管をカンッと置いた。
「イルカはな、己からお主を消したのよ」
「な…」
「お主の記憶と、その顔をな」
「俺を忘れて…、俺を見ることはない、と?」
「そのようじゃ。だが、原因はお主なのであろう?」

原因。
そうだ。昨日の俺。…でも…。

「直せ、ませんか?」
「わからん。視覚的な失認症のようだが、記憶共々となるとな。だが、直すのと直さぬのと、どちらがあやつの幸せなのか…」
火影は笠の中からカカシを見る。
「あれの苦しむのを見るよりは…と思うとのぉ」
常からイルカを可愛がる里親は目を閉じた。
「まぁ…、あやつ次第じゃ」
それきり黙り込んだ火影に、カカシは黙って拳を握り締めた。




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