2nd Anniversary いちる
〜 Commemoration SS 〜


幸福の王子






「オレの恋人になってください」

 誰もいない廊下での突然のイルカの発言に驚き、カカシは刹那、言葉を失う。
 まさか、こんなことを言い出すとは思っていなかった。
 けれど、冷静に考えればその気持ちも分かる。
 行過ぎた好意が暴走した実力行使から自身や周囲を守る為の算段を、笑い話にしたばかりだ。
 誰もが認めるほどの実力者でなければ、彼の恋人にはなれないと。
「いいですよ」
「えっ! いいんですかっ」
 自分で提案しておいて驚くイルカもおかしいが、カカシも自身の判断を疑問に思っていた。
 元々、疎まれやすい身であるから、これ以上の面倒はゴメンだという気持ちは強い。
 ただこの提案を、他人に譲ってやるつもりもなかった。
 自分以上にやれる者はいないだろうという自負もある。
「ええ、面白そうですし」
 何かを含んだ笑いを見せておいて、カカシは言う。
「イルカ先生なら、悪くないかな〜って思ってたし」
「はあ」
「ま、これからヨロシクね」
「はい。こちらこそ」
 微笑み返すイルカも気づいている様子だ。
 背後で慌しく、中には目に涙まで浮かべて去っていく有象無象に。
「じゃ、早速ですけど、食事でもどうです」
 馴れ馴れしくイルカの肩を抱き、誘う声がどこかはしゃいでいるようだったことに、カカシは気づいていなかったけれど。



     * * * * *


 それから1週間。
 二人っきりの廊下でなされたイルカの告白は、何故かその日のうちに里中に知れ渡っていた。
 知らせて回る手間が省けたと当初は喜んだカカシだったが、今となってはため息も鼻血もでやしない。
 なんというか、敵が多すぎる。
 流石に、陰湿な嫌がらせだとかは一切ない。
 ないならないでいいが、拍子抜けしたカカシにしてみれば。
「いかんね最近の忍者は。たるんどるよ」
 などと言ってみたくもなる。

 アカデミーの女の子たちの無邪気な図星つきまくりの嫌味には、大人気なくも拳を握り締めてしまったりもする。
 下忍から中忍の少女たちに至ってはどこか歓迎してくれているようではあるが、それはそれで不気味だし。
 いわゆる結婚適齢期の女性たちからは殺されそうなほどの怨念のこもった視線が絡み付いてくるし。
 もはや女性であったとしか形容できない部類に至っては、コメントもしたくない。
 そして、つくづくと実感する。
 女は生まれた瞬間から女で、世界最強で最も恐ろしい生き物だと。
 そんなものを見てしまうと男など情けないというか、可愛いものだ。
 影からこっそりと覗き、二人の仲睦まじげな様子やカカシという存在に肩を落として涙する中忍以下の若いイルカフリークども。
 なんとか一言と意気込んではくるものの、肝心の場面で何も言えなくなる特上ども。
 とっくに諦めているのか、ただ我関せずを決め込んでくれる上忍仲間などありがたいくらいだ。

 それでも、やはり数は怖い。
 二人仲良くアカデミーでも歩いていようものなら、四方八方からの視線にさらされるのだ。
 嫉妬と羨望、それからちょっと公の場では口に出せないような感情がこもりまくったのが。
 はっきり行って、カカシに味方はいなかった。
 てゆーか、四面楚歌。

 そして、中でも陰湿なのは、この里の最高権力者にしてイルカの保護者を自称する者だった。
「どうやってたぶらかしたものかの」
 高ランクの任務を受け、また報告に行く度、苦々しく言われてはたまらない。
「たぶかしたもなにも、告白してきたのはイルカ先生のほうですよ」
 ささやかな反論だったが、この事実が最も堪えるらしい。
 よく言われるのだ。

───イルカもこの野郎のどこがいいんだか
───イルカちゃんて男の趣味だけは悪かったのね
───意外っすよね、イルカから告白なんて
───イルカに酷いこと、しないでくださいね……
───幻術、誘導術、薬……何を使おうが、長続きはせんぞ
───ねえねえ、毎日ご馳走責めにして言わせたってホント?
───なんでイルカ先生もわざわざこんなの……
───いつか貴様も殺す

 日頃、周囲からどう見られていたかを改めて認識させられ、ほんのちょっとだが反省した。
 なんというか、自分のこれまでを省みてしまいたくなるような。
 何故ここまで言われなければならないのか。

 淋しいことに、唯一の味方はちぃっとズレとる部下一人だけ。
 バカな子ほどかわいいとはこういう心境かと思ったりもする。

───カカシ先生とイルカ先生が仲いいとオレも嬉しいってばよっ!

 この無邪気だが、なーんも分かってない一言がカカシを支えているといっていい。
 それと勿論、イルカの存在もだ。

「お主もお主じゃ」
 まだ続いていた3代目火影様のありがたくも耳に入ってこない説法に、カカシはなんとか意識をむける。
「イルカが好意を寄せとったというのはともかくとしてじゃな」
 一番大事なところを棚上げし、認めようとしない頑固爺は止まらない。
「それを即、色恋沙汰に結び付けて関係を強要するのは感心できんぞ」
 第一、いくらイルカがかわいいといっても、お主はおなごのほうが好きじゃったろう。
「お主のその来る者拒まずといった態度で、イルカが傷ついたらかわいそうとは思わんのかっ」
「お言葉ですが火影様」
 何度も繰り返してきた問答だが、カカシは一言も省略せずに言い切る。
「オレもね、イルカ先生のことは嫌いじゃないんです」

 イルカの嘘の告白を受け入れてから何度も言ってきた言葉だ。
 誰に見透かされることのないよう、本当にそういう気持ちで言ってきたつもりだ。
 そして、もしかしたら元々イルカに好意は抱いていたのだと気づくこともできた。
 まあ、その好意が恋愛感情かどうかは定かではないが。

「そーゆーワケですから、イルカ先生にオレのあることないこと吹き込むのもうやめてくださいね」

 一番、言いたかったことを言い捨て、じゃこれでと踵を返す。
 背後でまだ火影さまがわめいておられるようだったが、いつものことだと無視を決め込んだ。



     * * * * *


 執務室を出、のんびりと階段を下りていく。
 あと数段というとこで、見慣れた姿が見えた。
 アカデミーのほうからカバンや書類を抱え、てくてくと歩いている。
「イルカ先生っ」
 声を掛ければすぐに気づいてかけよってきてくれる。
 カカシも一っ跳びに階段を下り、隣りへ並んだ。
「今、お帰りですか」
「はい。カカシさんは」
「今、任務終わったとこです」
 特に意識しなくとも同じ歩幅と速度で歩けるのは気が楽だ。
「イルカ先生」
 どうしましょうか。
 周囲には、やはりまだイルカにつきまとう者は多い。
 彼らを、という意味だと伝わっているはずだが、イルカははにかむように微笑んで違ったことを告げる。
「実は、いいお酒を頂いたんですよ。よろしければこれから、いらっしゃいませんか?」
「えっ、いいんですか」
「はい」
 嬉しそうに目を細めるイルカの笑顔一つで、街角に潜んでいたストーカーたちはばたばたと散っていく。
 心なしか、じわじわと道の端が湿ってきたようにも思えるぐらいだ。
「じゃ、お邪魔しようかな」
 カカシが睨みを利かせるより、よっぽど効果的にイルカの笑顔は彼らの足を止める。
 楽しげにイルカとカカシの行く道筋には、累々と恋の屍が積みあがってゆく。
「カカシさんは、あては何がいいですか」
 分かってやっていたのだとしたら、相当なものだ。
「や、飲む時ってあんま食わないんでー」
「そうなんですか。じゃ、箸休め程度に何か用意しますね」
「それは楽しみです」

 本当に自分といる間、嬉しそうにしているイルカに、うっかりカカシも勘違いをしそうになる。
 この関係が──感情が、本物だと。
 けれど、イルカがカカシに求めたのは、周囲を牽制するための一時的な恋人役だったはずだ。
 この熱狂が落ち着くか、本当に好きな人ができるまでの。
 それを思うと、カカシは酷く淋しかった。
 恋人の振りをしているだけなのに、イルカの側は居心地がいい。
 程ほどに気を使ってくれるし、それなりに砕けていて気疲れすることがない。
 逆にカカシも気楽にしている分、ここという時には気遣ってやりたくなる。
 気持ちの良い関係というのはこういうことなのだろう。
 たった1週間の関係だったが、この場所を失いたくなくなっていた。
 いつか、誰かがここでイルカと微笑みあっているのを、あの街角で涙の海に沈んでいる者の一人として見たくはない。

 そのための方法は、一つだけだ。
「あの、イルカ先生」
「なんですかー」
 途中立ち寄った八百屋や魚屋でおまけしてもらった果物や干物をぶらぶらとさせながらイルカは歩いている。

 オレのことって、只のカモフラとしか思ってませんか、なんて。
───聞ける訳ないじゃないのー

「どうしました?」
 頭を抱えてしまったカカシを覗き込んでくるイルカの目は誰かを髣髴とさせるほど、邪気がないようにみえる。

 その目を見てときめいてしまったカカシは今、はっきりと自覚した。
 もう、後戻りは出来ないけれど。
 道は間違ってしまったけれど。
 里中の人間が落とせなかったつわものだが、覚悟は決まった。

 ただ、その気持ちはまだ当分、告白できそうにない。



<了>
(20.May.06':初稿)(07.Aug.06':修正)


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 終わったようなまだ続くような、ついでにどことなく黒ひかほりが〜
 もしやオウンゴールはカカシさんだったんでしょうか

 超遅くなった上にこげなものになってしまいましたが、お祝いの気持ちを込めて、捧げさせていただきます
 ととまささま、お納めくださいませ〜
蛙娘。
UP:04.Aug.06'





「Nartic Boy」の蛙娘。様が拙サイト2周年記念に素敵なお話を書いて下さいましたv
カカシ先生自覚編です。イルカ先生はそこはかとなく黒っぽく、でも輝くような白さで☆
そして続きがありそうな気配がある(ハイ!ここ重要!)のもスバラシイです〜!(笑)
我侭にもわざわざ書いて頂くことが出来てとても光栄です♪ どうもありがとうございました!(2006.08.20)


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