2nd Anniversary いちる
〜 Commemoration SS 〜


幸福の王子





 子供たちとの任務を終えたはたけカカシが、報告書の提出に受付所へ入ったのはもう、とっぷりと日も暮れた頃だった。
 いつもなら──カカシが遅刻をしまくっても、ここまで遅くなることは滅多にない。
 ただ時たま今日のように、失せ物探しの任務では運悪く時間がかかることもあるのだ。
 カカシが、まだ子供でしかない部下たちを遅くまで働かせぬよう気を配っていても。

───ま、今のうちだけ……だけどネ

 カカシは一人、子供たちが泥だらけになって無事に見つけ出した依頼品と、記入の終わっている報告書を手に受付の扉をあけた。
 薄明るい部屋にはくつろぐ数人の忍びと受付に座って書類を整理している二人の忍び。
「あれ?」
 ふいにカカシが声を上げてしまったのは、予想していた者の姿がなかったからだ。
 真っ直ぐ受付へ進み、手にしていた報告書と探し出した物とを差し出しながら問いかける。
「今日はイルカ先生じゃないの」
「いえ。さっき交代したところです」
 名うての上忍にも臆することなく、慣れた様子で年若の忍びが対応する。
「そ」
 報告書の内容と探し物は手際よく確認され、判をつかれた書類が次の処理へ渡る。
 明日には依頼主に発見の一報が入り、依頼された品物と交換に里へ報酬が支払われるのだ。
「では報告書は受理いたしましたので任務終了となります」
 会釈をされ、カカシも軽く目礼で答えて踵を返す。
 だが、扉に手をかけ、出て行こうとする耳に声を潜めた会話が飛び込んできた

「おい。良かったのかよ」
「え? 構わないだろ。別に」
「鉢合わせなんかしたら修羅場だぜ」
「大丈夫だろ? そんな風じゃないし」

 それは明らかに自分の関わる内容だと思ったカカシはそのまま気にせず出て行った振りをする。
 受付から見えぬところまで歩き、気配を消して耳をそばだてた。

「そうかあ?」
「しかし、イルカも大変だよな」
「あそこまでモテるとな」
「まあ、お陰で楽させてもらってる気はするけど」

 気の毒な同僚を案じる気持ち半分。
 他人の不幸を面白がる気持ち半分。
 そんな噂を耳にして、またかとカカシは思う。
 とても続きを聞く気になれず、そっと離れた。

───イルカ先生も大変だねえ……

 カカシも最近気づいたのだが、イルカはモテる。
 教え子である子供たちはもちろん、保護者や里の上層部。同僚や受付で顔を合わせる面々など。
 老若男女に大人気だ。
 きっと(火影を含めても)この里で最も好かれている人かもしれない。
 ただ時々、迷惑な好意というものもあるのだ。
 特に、恋愛の枠から大きく外れた人々からの熱烈すぎるラブコール。
 ゴールすることでなく、シュートすることに意義があるとは言え、やはり枠に飛んでいないボールは危険だ。
 あの光景は──いい年をした大の男がもじもじと頬を染めて男に告白をする様は、傍で見ているほうに類が及ぶ。
 せめて人目につかないところでやってもらい。

 大体、うみのイルカという男は本当に印象が『普通』なのだ。
 それも『忍びの世界において』ではなく普通の『人間らしい』自然な言動。
 いっそ凡庸とか、中庸とか言ってもいいだろう。
 それでいて教師は天職のような包容力と指導力。
 ここまで聞くと信じがたいが、忍びとしても優秀な部類だという。
 そんな男が普通のはずはないのだが、見えるのだから仕方がない。
 里中に響き渡る愛情に満ちた怒声に、朗らかな許しの言葉。
 例え上忍であっても、正しいと信じていることは決して曲げない頑固さ。
 あれが全て擬態だとしたら、相当なものだ。

 多分、嘘ではない。
 もし演じているなら、あそこまで不器用な生き方にはならないはずだ。
 まだ青いだけかもしれない。
 周囲が、信じたいだけかもしれない。

 ただ一つ言えるのは、うみのイルカが多くの人々を惹きつける魅力的な人物だということだ。

 子供たちを撫でたり書類を処理していく手。
 鍛えられ、若木のようにしなやかに伸びた肉体。
 お日様のようとしか形容できない笑顔や、照れた時に鼻筋を渡る古傷を掻く癖。
 イルカの特徴や仕草一つ一つを思えば、カカシにだって玉砕してゆく野郎どもの気持ちも分からなくない。

───って、なに考えてんのよ、オレ!

 そこで、上忍待機所への階段を上りかけていた足が止まった。
 すぐ側にある受付の建物とアカデミーを繋ぐ通路の外れに人の気配がある。
 一方は普通にしているのにもう一方は人目を避けたいらしい。
 けれど動揺でもしているのか、気配を殺しきれていない。
「困ります」
 いつもより少し強い、拒絶の声はイルカ。
 途端、カカシは階段を一っ跳びにし、手近の踊り場から身を乗り出して声をかけていた。
「イルカ先生?」
 思ったとおり、眼下にはイルカと彼の腕を掴んで引き寄せようとしている男の姿。
 名は知らないが、5つ6つ年上のあまり出来のよくない上忍だ。
 白々しいコトを承知でカカシは言葉を続ける。
「アレ? お邪魔でしたか?」
 忌々しげな男の視線を物ともせず、ほっとした声が返った。
「い、いえ」
「じゃ、ちょっとよろしいですかね」
「はい。すみません、失礼します」
 ぺこりと慌しく会釈をし、イルカはカカシの元へゆく。
 すいと掴まれていた手を外し、追いすがろうとする上忍をかわして。
 中忍のイルカが上忍を恐れていなかったばかりか、結局はあしらってしまった。
 強がりや過剰な自信ではなく、それだけの確かな実力と経験で。
 あの男は気づいていないが、カカシは知ることが出来た。
 それがたまらなく、愉快だった。



     * * * * *


 カカシも階段を下り、イルカと合流する。
 置いてきぼりを食らったあの男の情けない顔に思わず漏れた苦笑を隠しもせず。
「イルカ先生も大変だーネ」
「いえ、お見苦しいところをお見せしました」
 だが、面白げに語りかけるカカシの態度を誤解したのか、イルカは恐縮してしまう。
「ご不快、ですよね……」
「や、イルカ先生は悪くないデショ」
 歩きかけていたカカシは足を止め、慌てて訂正する。
「どっちかってーと一番被害被ってるし」
「オレはもう、慣れました」
 揺ぎ無い声は、返って意図して出しているのが分かってしまう。
「でもなんでオレなんかって……」
 自嘲する明るい声をカカシは思わず遮った。
「分からなくもないんですケドねえ」
「はっ?」
「えっ? いやっ。なんでもないですっ」
 ただ、咄嗟に口走った言葉が自分でも信じられず、誤魔化してしまう。
 止まっていた足を踏み出し、話の先を無理に促す。
「だけど正直、大変デショ」
「ええ」
「いっそのこと、誰かとおつき合いしちゃったらどうです?」
「ええっ!」
 過剰に驚くイルカに一瞬怯みそうになるが、すぐになる程と思い直す。
 告白してくる誰かと付き合えと、誤解したのだろう。
「や。あの。別に、ああいうのじゃなくても、いいなーって思うお嬢さんくらい、いるんデショ?」
「……い、いますが……でも」
 イルカにも好意を抱く女性がいるということに軽い衝撃を受けた自身に気づかず、カカシは黙って彼の告白を聞いた。
「あの、実は以前、見かねた同僚が許婚がいるって噂を流してくれたことがあるんです」
「へえ」
 それで、と続きを促しながら、その同僚の本心が別にあるように思えた。
 周囲への牽制とイルカへの点数稼ぎ。
 疑いすぎかもしれないが、そういうコトを考えた人間はいるはずだ。
「色々あって収まるどころか、逆に騒ぎが大きくなりまして」
「失敗しちゃったんですね」
「ええ。それに、中にはムチャをする人もいますからねえ」
「ヘタな人間に恋人役はさせられない、と……」
 特に、本当に好きな人間ではダメだ。
 好きだからこそ、何をされるか分からない状況に巻き込みたくはないだろう。
 カカシは指を折り、恋人役に必要とされる条件を挙げてみた。
「まず、今んとこフリーでー」
 他に恋人や想い人のいる人間では、カモフラージュだとバレる。
 うまくいったとしても、当人の生活を壊すことになりかねない。
「誰もが納得できるような人なら問題ないですよね」
 例えば、誰も口出しも手出しもできない実力者だとか。
「って、そんなの火影さまくらいじゃない」
「それはっ」
 あんまりな例えに、呆れながらもイルカは吹き出してしまう。
 けれど、この指摘は間違いでもなかった。
 ハンパな力の持ち主では、数を頼んだ場合、対処しきれなくなる。
 里で誰もが認める人物でなければ。
 そう、考えが至ったところで、イルカはふと目の前の人を見た。

 逆立った髪の先までひょろっとした猫背はぼんやりと歩いているように見えるのに、まったく隙が無い。
 千の技を会得し、国内外に名を轟かせる里屈指の忍びの一人。
 それでいて奢ったところもなく、妙な人懐っこさや愛嬌も見せる。
 常に成年指定の愛読書を携帯して読み耽りもするが、規律には誰よりも厳しいらしい。
 子供たちからは遅刻を諌められたりもしているが、教え導く姿は真面目で好感が持てる。

 考えてみれば、はたけカカシ以上の人物はいない。
「……それじゃあ」
 思ったイルカの口はうっかり言っていた。
「カカシ先生」
 無理は承知で、言うだけは只だという軽い気持ちで。

「オレの恋人になってください」



<続く>
(20.May.06':初稿)(20.Jul.06':修正)


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 いつもお世話になっているいちるさんの2周年をお祝いしたくて、リクエストを頂きました
 『男に言い寄られて困ったイルカがカカシにカムフラージュを頼む。面白がって話に乗ったのにシッカリはまっちゃうカカシ』ということでした

 てゆーか、一部にセルジオ●後が出現してマスか
 や、打たなきゃ点にならないんですよ
 ……が、イルカ先生ってば、オウンゴール?
蛙娘。
UP:04.Aug.06'

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