端緒 を 開く





 会議室にて。

「今日は、カカシ先生。」
 そう微笑む人は、記憶にあるより少し面立ちがきつく。アカデミーの教師としての印象より忍らしさの方が前に出ている。

「今回のサポートは貴方ですか。」
 判り切った事を一応問い直すのは少々意外だったからだ。
 年越しのDランクと部下を他班に預けさせられて。無理矢理渡された今回の任務は、攫われた里人…但し元は中忍…の身柄の確保である。
何でも、嘗て雇われた事のある『依頼人』が、怪我で引退した彼を現在の職…指先の器用さを生かしての細工師なのだそうだ…の依頼と称して屋敷に連れ込み。
捕えて自分の用心棒達に忍の鍛錬をさせようとしているらしいのだ。
確かに、少々腕に不安は残るものの一々雇うより子飼の相手を仕込んた方が安く上がる事だろうし、所謂『裏』の仕事も遣り易くはなる。
 だが。
それは里で禁じられている行為であり。当然現役を引退しては居ても『里』を抜ける気の無いその男もまた、ちゃんと掟を遵守していた。
結果、拒んだ男は今現在屋敷に幽閉されている…らしい。しかも身体の不自由もあって、多人数の見張りを振り切って逃げ出す事が出来無いそうなのだ。
何時までも戻らぬ男に不審を抱いた『里』の調査で発覚したそれに、カカシは救出の任を与えられたのである。
其処で『部下』との顔合わせの為に、この場を訪れたのだが。

 まさか、この人と一緒とは

 想像だにしていなかった、カカシである。
『部下』達の元担任、ナルトの大好きなイルカ先生。だが受付以外では話した事も殆ど無い、相手。
アカデミー教師にして受付、と言う割にAランクを二桁でこなしている事はカカシも知っている。が、今時分のアカデミーの忙しさは半端じゃなくて。
始終自宅に転がり込んでいるらしいナルトやサスケから、最近は碌に顔も会わせていないと愚痴を聞かされていると言うのに。
任務。それも確実に日数の掛かる高位任務を与えられる…等と、不審でしかない。



「はい。宜しくお願いします。」
 カカシの疑念を無視して、イルカが笑顔で頭を下げる。と、ひょっこりと尻尾が振れた。
その光景に、カカシは任務とは別な所で妙に心が和むのが判った。

 どうにも、気の抜ける人だよね
 忍相手としては失礼な言い分かも知れないが、事実は事実だった。が、反対にもし意識してやっているのなら、それこそ最大級の賛辞であろう。
とてもそうは見えないけど、とカカシは内心で独りごちる。
 が…

「はたけ上忍。」
 カカシの思いなど知らぬイルカが、不意に気遣わしげに名を呼んだ。

「注意して下さい。」
 表向きよりキツいモノになる筈ですから
とんでもない事を告げられて、カカシの眼が僅かに眇められる。

「どう言う事です?」
 上忍として、そして上官として。カカシが低い声で問うと

「今回の任務は任務よりも。」
八つ当たり、の色の方が濃い様子ですから
 後の言葉は声にせず、唇の動きだけで語られた。

『だから理由は?』
 それに、やはり音にしないでカカシが訊ねる。

『端的に言うと、一部の上層部の暴走です。』
 するとイルカはそう…告げた。





『嘗て、あの子の処理又は生涯幽閉を掲げていた連中ですよ。』
 イルカが声無く語る。

『そんな彼等が、ナルトの下忍合格を許したのは』
下忍の方がアカデミー生より事故に合い易いから

『貴方を師にする事を認めたのも』
四代目に近しかった貴方があの子を『処理』するのを期待して、です

 表情も無く、感慨も無く。イルカ先生が事情を述べる。

『なのに貴方はアイツを認め、育て出した。』
 そしてアイツは確実に腕を上げ始めている
僅かに動いた表情が、柔らかな慈しみを形にした。包み込むような眼差しの先にあるのは金の子供の幻想だろうか。

『あちらとしては面白く無い訳です。』
 でも
『此処で貴方が大きな怪我でもすれば、上忍師の再考も在り得ますし』
 また俺が死ぬなり、大怪我をするなりすれば

『動揺したナルトが暴走して封印が揺らぎ、処分の口実が出来る可能性もあります。』
 それに

『其処までは無理でも、最低一緒の任務で俺に何かあったとなれば』
 貴方とナルトの関係に、皹を入れられる可能性だってありますからね

「一石何鳥も狙っている訳ですよ。」
 最後だけはは声に出して、イルカが告げる。
ほこっと笑う顔は受付の物と変わらないのに纏う空気は酷く…冷たく。常のイルカとは一線を画していた。
 しかし、イルカ先生の語る言葉は『里』の裏事情を曝すモノで。とても中忍の言葉とは思えない。

「…なんでそんな事をご存知なんです?」
 此処はきちんと言葉にして、態と訝しげに問いただす。
するとイルカはふっ…と薄く口元に氷のような笑みを刷いた。

『所詮は、自分に酔った馬鹿共ですからね』
忍は裏の裏まで読むのが当然でしょうに
 また声にしなかった言葉に、事情を読む。つまりは監視がきっちり入っていると言う事なのだろう。
『上層部』で在っても所詮は三代目の掌の上と言う訳か、それとも独自の調査網が在るのか。
引っ掛る事は山程あったが、取り合えずは其は先送りにし。
なまじ上り詰めたが故に勘が鈍っているらしい輩に対し、カカシもまた口布の下で嘲笑を浮かべた。

「…どうも、抜け忍が雇われている気配があります。」
 それにその『元同僚』の想い人の姿が、数日前から里より消えています

 表情を改めたイルカが囁くように、新たな情報を口にした。
その瞳の奥に、炎がちろちろと燃えているのが見て取れる。
 今回の『敵』は勿論許せない相手だ。だが
任務の失敗を促す為、情報を態と欠損させ里人と里の忍を危険に晒す輩…こちらの方がもっと最低であった。
しかし、ソレでも里の上層の者達。今はまだ、手は出せない。

だから

「きっちり。何一つ文句が出ないよう任務をこなして差し上げましょう。」
「勿論、俺達自身の身の安全までも完璧に、ね。」
 二人でひそりと笑い合う。

 それにしても、とカカシは思う。
今日はどれだけ『今迄と違う』イルカを見た事だろう。
少々熱血な教師の顔と癒し系とまで言われる受付の顔しか知らなかった身としては実に、興味深かった。しかも、どうやら更に奥が在りそうである。
その事実がカカシの精神を高揚させた。
この一点に置いては、愚かな上層部に感謝しても良い位であった。





「終わらせたら年始の休みを下さるそうですよ。」
 カカシから此れ迄とは違った眼を向けられているのを知らぬげに、声を戻したイルカが楽しげに語る。

「良いですね。温泉にでも行きます?」
 だからカカシも白い歯を覗かせて、そう提案した。

「温泉!知り合いに良い所があるんです。頼めば二人位入れてくれる筈です!」
「そう言えばイルカ先生湯治お好きでしたっけ。ご一緒して宜しいんですか?」
 勢い込むイルカに。以前目を通した人物評を思い出し、笑顔のままカカシが訊ねる。と

「勿論です!お嫌でなかったら、是非。」
 今度こそ、影の欠片も無い満面の笑みで言われ。カカシは

「じゃあ、頑張りますか。…楽しい休暇の為に。」
口布の上からでも判る程頬を緩めた。

「ええ。カカシ先生との楽しい休暇の為に!」
 それに答えて、破顔一笑するイルカ。



 そして二人は。
足取りも軽く、部屋から立ち去って行ったのである。


のつもりだったのだけど


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