■   死者の書(中編)  ■














「ねえ、カカシさん。あなた本当にこの三ヶ月間、誰もお抱きになってないんですね。 出発の装備の準備中、中忍仲間達が教えてくれましたよ。 『暗部の写輪眼のカカシがこの所伽の相手に誰も呼ばないと思ったら、お前が恋人だったのか』ってね。 ひやかされて恥ずかしかったけども、とても嬉しかったです」

「だああ〜〜から言ってるでショ?あんた以外誰も抱いてないって、オレの純情を信じてくれなかったの? ヒドイなぁ〜〜」

「ふふふ、だって、カカシさん男前ですしねぇ。閨での甘い言葉を信じて後で泣きたくはないですし」

「ひどぉおーーーい!俺は真実、イルカを愛してるよ!寝ても覚めてもアンタのコトばかり、 アンタの笑顔、アンタの身体ばかり思い浮かんで、もーー他のヤツなんて歯牙にもかけないってつーか、目に入らないつーか。 この三ヶ月、アンタだけをオカズにして抜いてたけど、それでも今までの他のヤツとヤったセックスの何倍も気持ちよかったもん。 やっぱ愛があると全然違うよね。この俺が三ヶ月も禁欲できちゃうなんて、やっぱりあんたを愛してるからだよ」

「俺もアナタに抱かれると安心します。あなたが誰よりも強い男だ、というのもあるかもしれませんが。 戦場で男に抱かれて理屈抜きで安心するなんて初めての経験です・・・俺、どうかしちゃったんでしょうか?ヘンですよね、やっぱり?」

「ヘンなんかじゃないよ。より強い雄が美しい雌を獲得するのは自然の摂理さ。俺達は愛し合ってるんだよ。 ああ、あんたは美しいよ、イルカ。本当に綺麗だ。あんたの優しさは美だ。 あんたの為なら俺は幾万もの死体を捧げ物としてあんたの前に積み上げる自信があるね。 あんたの為なら血の海をも渡る。あんたの見ている悪夢は美しい。あんたの観念は美しい。 俺はあんただけが見つめている慈悲深くて残酷で凄惨なこの世界ごとあんたを愛しているよ」

「嬉しいです、カカシさん。俺の観念が美しい、なんて言われたのは産まれて初めてです・・・・」

「イルカ・・・・」

「カカシさん・・・」


「だあああああああ!!!!!!お前らいい加減にしろーーーーーーっっっ!!!!」






そして、突然、一緒にジャングルを行軍していたオビトが叫んだ。
ちなみにこのオビトは俺の統合失調症の病状の結果である俺のただの幻影と幻聴による存在であって、 当然実在の人間ではない。
よって、このオビトの叫び声は俺には聞こえても、イルカには聞こえない。
が、優しいイルカはこの俺をこのオビトごと受け入れてくれている。






「うるさいなぁ!せっかくいいトコロだったのに、邪魔しないでよ!オビト!」

「なあーーにが、いいトコロだ!そこいらじゅうアチコチに地雷が埋まってるっつーのに、 朝からずーーーーーっといちゃいちゃいちゃいちゃしやがって!ウゼえんだよ!ちっとは 慎重に歩きやがれ!」

「地雷なんて怖くないモン!俺達の愛で逆に吹っ飛ばすからいいんだモン!俺達の愛の語らいを邪魔しないでくれる?!」

「なんだとおおおーーーー!俺無しじゃ、マトモに人殺しもできねぇクセにイっちまってるくせに よく言うぜ!だったらさっさと俺を消して自立しやがれ!理性という責任を自身で負いたくない だけに俺を生み出しているお子さまのクセしやがって、いっちょ前にアイなんぞ語るな!」

「あの・・・カカシさん?なんとなくオビトさんと喧嘩なさっていることはわかるんですが、ちょっとよろしいでしょうか?・・・」

「ああ、ごめんね、イルカ。何?どうかした?」

「カカシ上忍殿に逓伝!前方に何かあります!」

「んーーーー、二人っきりなんだからさ。逓伝(※行軍中、後方にある者が前方にいる者に伝言を伝達してゆくこと)なんて言わなくてもいいよ」

「申し訳ありません。つい・・・」

「いいよ、そんなに気にしないで。任務となるとストックになるイルカも素敵だしね。 で、どっちの方向に何があるって?」

「11時の方向、20メートル前方です」

「ん?どれどれ」






熱帯雨林地方独特の高温多湿のむせ返るような大気の中、生い茂る常緑の植物達の影でジャングルは常に薄暗い。
視界も当然狭いが、俺は写輪眼を出してイルカの言う方向を確認してみた。
11時の方向、20メートル先に、昼間だというのに大勢の白く身体の透けた忍達が立っていた。
あれは普段、イルカに憑いている幽霊達だろう。
俺の写輪眼でも視認できるということは幽霊達はやはり幻ではないということだが、それ以外は特に空間の歪みなどは無い。






「あんたに憑いてる幽霊さん達だね。昼間でも現れるんだ。へえーー」

「危険などを察知した時は現れてくれるんですよ。アソコに何かがあります」

「でも他には何にも見えないけれどもねぇ・・・・」

「ええ、でも、もしかすると、『王国』の入り口かも」






ホムラの爺様による情報によるとタチバナ上忍の『王国』は前線の北西50キロあたりに「存在」している「らしい」、とのことだった。
俺達は丁度今、その辺りを行軍している。
半年ほど前、その『王国』から一人の現地の若者が『出国』してきた、という事件がこの周辺の村で発生した。
若者が言うにはその『王国』には美しい花が咲き乱れ、麦や米や野菜や果物という食料も豊富にあり、 飢えることも争うこともなく人々はまるで天国のように幸福に暮らしている、という。
この熱帯の地獄たる戦場のジャングルにそんな場所があるなど、当然誰も信じない。
その青年の言うことは勿論皆の嘲笑を買い、無視された。
青年を保護した村の人々はこうも言ったそうだ。
「だいたいお前、そんな天国のような場所ならどうしてソコから出てきたのだ?ずっと そこで生活すればよかったじゃないか」と。
それに対して青年は何も言わずただ沈黙していたという。
その青年は暫く村に滞在していたらしいが、いつのまにか何処へともなく消えてしまったそうだ。
そうこうして青年の王国の話など忘れ去られる所だったのが、今回、タチバナが式を木の葉本陣に飛ばしてきたことにより、 図らずしも、青年の言質がとられることになったのだ。
タチバナの使役していた鶯の式が運んできた手紙の文面はこうだ。


『私は幻の国の愚王となった。この美しい幻の国に生き、幻に死にたい。抜けさせて欲しい』


一般人が忍の使う幻術に一度でもかけられたなら、その後何の精神異常も来さずに生き延びることは難しい。
それ程に忍の作り出す幻術世界はリアリティがある。
当然のことながら戦闘目的以外の使用は絶対厳禁であり、ましてや私的な王国建設のために一般住民を幻術にかけたり、教示したりするなど許されることではない。
幻術の恐ろしさを骨の髄まで知り尽くし、故にその使用に厳粛な倫理性を要求していたあのタチバナのすることとは到底信じられない。
これが事実とするならば、タチバナこそ発狂したのだ。
しかし、解せない点もあった。
どんなに優秀な幻術使いでも術を使える時間は限られている。
リアリティを追求すればするほどその完成度と反比例して術の有効期間は短くなる。
大抵はどんな幻術でも一瞬しか施術できない。
あのタチバナをしても1年、という長期間幻術空間を維持するなど不可能なはずだった。

不可解な緑の地獄の中、イルカの幽霊達はこれ以上、前に行ってはいけない、と俺達を足止めするように佇んでいる。






「どうします?カカシさん」

「勿論行くさ。それとも俺とじゃ不安?」

「いいえ、全然」




イルカが黒曜石のように濡れた黒い瞳をひた、と俺に向け、にこり、と微笑んでくれた。

イルカが俺を信頼してくれている事に、沸き立つような喜びを感じながら、俺達は半透明の幽霊達の 身体をすり抜けて、前へ一歩踏み出した。




























****












一瞬で、そこは天国になっていた。








あまりのコトに俺もイルカも声も出なかった。(勿論、オビトも同様だった)




俺達は瞬時に、黄色い花咲く小高い丘に立っていた。




ジャングルの鬱蒼とした緑は消え、頭上には澄み渡る青空が天高くどこまでも広がっている。
熱帯の身体にジメジメと身体にまとわりつく湿った空気は無く、気候は木の葉に近い温帯か、 木の葉より心持ち北の地方のような乾燥した風が吹いている。
眼下には緑の平野が広がっていた。
周囲を低い山に囲まれ、谷、ともいえるちょっとしたデルタ地帯だった。
遠方に見えるのは海、そこに注ぎ込む小さな川もある。
ふもとには小さな湖もあった。
その湖の周辺に部落が形成されているようだ。
部落のほぼ中央に城のような比較的大きな石造りの建築物があり、その周囲を囲むように まるでおとぎ話のような水車や風車のついた可愛らしい家が数十軒建っている。
その村の周辺を更に囲うように稲刈りが終わったばかりに見える田と畑、そしてたぶん林檎だろう果樹園すらあった。
俺達の眼下にはそんな理想的で豊かな共同体の景色が広がっていた。




それはとてつもなく美しい風景だった。
あまりにも美しいが故に非現実感は一層際だつ。
本能的な違和感に俺の写輪眼が発動するが、俺の視界は依然として元のジャングルに景色を取り戻さない。

俺の写輪眼もとうとうイカれたか。

舌打ちする俺と同様、イルカも又してやられた軽い怒りを滲ませながら言った。




「カカシさん、幽霊達がいません」


見ると先程まではっきり見えていたイルカの守護幽達が一人もいない。




「と、いうことはこの空間はやっぱり幻術の人為的空間ということになるね、俺達は二人同時に見事に術にハメられたみたいだ」

「死んでいる者に術はかけられないですからね。 しかし、これは一体どういうことでしょう?・・・」

「俺の写輪眼とアンタをもってしても看破できない幻術とは凄い完成度だな・・・この空間のスケールから も術者の能力は凄まじいものがある。うちは一族の中には写輪眼でも看破できなくて、その上で あらゆる物理的法則を支配する術を使う者が居るという噂を聞いたことがあるけども、その一種だろうか?」

「・・・・・・・・・どうもやっかいな任務になりそうですね。 この空間をタチバナ教官が失踪していた1年間ずっと維持していたとしたら末恐ろしいことです・・・・ もしかしたら時間の流れも違うかもしれませんし・・」

「ともかくタチバナを探そうか。たぶん、あの城みたいな建物に居るんだろう」

「やはりタチバナ教官がこれほどの空間を作り上げたとお考えですか?カカシさん?」

「さてね・・・・そうだとしたら、この幻術のレベルは俺の知るタチバナのレベルを超えている。 200人居るという住人による共同幻術かもしれないし。あんたも最悪の事態を想定しておいた方がいいよ」

「了解しました」






最悪の事態、とは何の罪もないこの幻の国の住人の皆殺しも含む、という意味だ。
実際、これだけの空間を作り上げられる術者達を野放しにしておく程危険なことはない。
俺達にしても生命の危険は伴う。この空間の術者にとって俺達二人を狂い死させる悪夢を見せることなんてわけないコトだろう。
緊張を維持しつつ、麓を降りていく俺達と対照的にこの空間はあくまでものどかで平和だった。
オビトはさっきから一言も言わず押し黙ったままだ。
俺の理性は沈黙しているが、生きている。

麓を降りた所で俺達は畑でキャベツを収穫している老人に出会った。
第一村人、発見だ。
が、瞬時に緊張する俺達にかまわず、老人は人なつっこく笑顔で俺達に声をかけてきた。




「おや、忍者のお兄さん達!おいでなさったね!王様があんたらを待ってるよ」

「・・・・俺達が来ることをご存じなのですか?」




目配せした後、イルカが答える方の役割を引き受けた。俺はこの間の周囲の監察と監視を引き受ける。




「ああ、みかんの王様の昔の仲間じゃろう?そろそろ来るだろう、とおっしゃってたからな。 はよう、城に行きなされ、お待ちになっとる」

「みかんの王様?」

「タチバナさんという名前じゃろう、あの人は。だからここでは「みかんの王様」と呼んどる。 ま、愛称じゃな、慕われとるんじゃよ、あの人は」




老人はにこにこと笑うと再びキャベツの収穫の作業を始めた。

やはりタチバナは追忍が出されることを承知で式を飛ばしてきたのだ。
自分の居所を知らせる様に・・・・




・・・・さて、はたしてヤツは何を目論んでいるんだ?




















後編に続く




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