■   死者の書(後編)  ■














村の中心部へと乗り込んでいった俺達に住民は気味悪い程に暖かかった。
老いも若きも、男も女も子どもも犬や猫まで俺たちの来訪を歓迎し、気楽に「城」への道案内をしてくれた。
しかし、此処は決してただの長閑で平和な村落ではない。
あくまで「戦場」なのだ。
俺達木の葉の忍は某大国の要請で独裁者から救済という人道的介入の名目の元に、その実南国の石油の出るこの国の資源目的に駆り出された戦争屋であり、 地域住民の憎悪の一心に集めている軍隊の一部に他ならない。
この穏やかな幻術空間の外にはそんな過酷な現実がある。




小さく質素な城の門を叩くとタチバナの身の回りの世話をしている中年の品のよさそうな女性が現れ、俺達を 王の寝室である塔の一室へと案内してくれた。この女性はもしかしたらタチバナの『妻』かもしれないと思う。(タチバナは里では生涯独身だった)
塔のほぼ中央にある部屋は王の居室にも関わらず、狭くて質素な、それでいて花や緑の植木鉢にあふれた居心地の良さそうな空間だった。
小さな窓の外から暖かい晩秋の日差しの降り注ぐベットに、げっそりとやせ細ったタチバナ上忍がふせっていた。
その痩せ具合に俺もイルカも息を飲んだ。
明らかにタチバナは病気だ。丸々太り、恰幅の良かった体格は見る影もなく骨と皮だけになっている。
肉が落ち、皺の目立つその顔色もかなり悪い。
幻術使いには珍しい明るく健やかだった表情には死相が浮かんでいる。






「よく来たな、写輪眼のカカシと、うみのイルカか、お前達のどちらかを寄越すかと思っていたが、 二人とも寄越すとはホムラも粋なことをする・・・私への餞別かな?」

「タチバナ教官、お久しぶりです。何年ぶりでしょうか?」




すぐにタチバナのベットの横に跪き、タチバナの手を握るイルカに、タチバナは柔らかく微笑んだ。




「さてな・・・お前が中忍に上がった直後にレクチャーをしたきりだから、3年かそこいらぶりだろうが・・・お前も立派になった」

「こんなにお痩せになって・・・どこがお悪いのですか??」

「ああ、肺癌でね。もう末期だ。私はヘビースモーカーだったしな。後悔はしとらんが、咳と胸の痛みが酷い。 まあ、そう長くはもたんだろう」

「そんな・・・・」

「まあ、俺の死ぬ前にお前達が来てくれて良かった。・・・どうだ?カカシ?お前の写輪眼を 持ってしてもこの空間は完璧だろう?此処を一体何と見る?かまわんから意見が欲しい」

「意見?意見も何もタチバナ殿が作り上げた幻術空間ではないのですか?」

「ははは、私にそんな力は無いよ。この空間はある日、偶然に私が迷い込んだ空間だ。 たまたまソコに在った、んだよ」

「たまたま、此処に『在った』??そんなバカな!信じられません」

「事実だよ。1年ほど前、部隊からはぐれた私はジャングルを彷徨っていた。 が、突然視界が開け、黄色い花畑に立ち、この集落を見下ろしていたワケだ。 お前達も同様の経験をした筈だ。私は当初敵の幻術空間かと疑ってこの村落を慎重に観察することから始めた。 何故ならこの村には最初誰一人、人間が存在しなかったからだ。よく手入れされた田に畑、 食料や家や家財道具や将棋盤まで充分そろえてありながら、人間だけは一人もいない。 実に不気味だったね。しかし、戦闘で疲労していた私は白雪姫よろしくこの城のベットで とりあえず休み、貯蓄してあった食料を料理して食べた。そして戦闘のトラウマを癒していったのだ。 最初は無断で戦線を離れ、里を裏切るようなマネをした自分を恥じた。 しかし、それすら日々の穏やかな生活の中で忘れていった。正直に認めよう。 私はこの世界が一体何なのか深く追求することもなく、この空間の快楽に溺れたのだ。 この平和と愉悦を知ってしまった上で、あの元の生き地獄のような空間には戻りたくはなかったのだ。 策士、策に溺れるとはこのことだ。私はこの誰が作ったかも定かではない完璧な空間に魅了された。 そんな生活の中、この空間にすこしづつ他の人間も迷い込むようになってきた。 多くはこの戦で家や村を焼かれ、破壊され、居場所を失い、路頭に迷った難民達だった。 私は彼らの傷を医療忍術で癒し、農作業を始めあらゆる生活の知恵を教え、小さな共同体を作るようになっていった。 そのうちに私は彼らから「王」と呼ばれるようになっていった。 約1年、この空間で生活しているが、この空間が何なのか未だに不明だ」

「この空間はここの住人の共同幻術ではないのですか?」

「いいや、住民達に幻術のレクチャーをした事は事実だがね。 まったくの徒労に終わったよ。この空間は共同幻術ではない」

「では、一体此処は何です?」

「さあな・・・・・こいういう空間を何と呼ぶか、ある単語が最も適切だろうが、 その単語を使う「理性」が邪魔をする。まだ私は狂いたくない、と私の理性が訴えるのだ。 でも、あるいはうみのイルカ中忍ならこの世界にある『名』をつけることに躊躇せんかもしれん。 あらゆる事物は『名』をつけられて初めて存在を許される。『名』の無いものは存在しないのと同じだ。 言葉には存在を定義する力がある。最初に『意味』を授けた者がそれを制する。 ・・・・私が何を言いたいか、お前ならわかっているハズだ。イルカ」




禅問答のようなタチバナの問いに、イルカは諾とも否とも答えなかった。

ただ戦友達の首をねじ切った時と同じように少し悲しげな慈悲深い何時もの微笑をたたえて、 優しくタチバナの手を握っている。

臨終の父と子のようなシーンを見つめながら、俺は質問を続けた。




「何故、俺達を呼んだんです?式を飛ばさなければ里はアナタの脱走を見逃したかもしれない。 今のあなたの口振りから言って、わざわざ俺達を呼ぶ必要が、特にイルカ中忍を呼ぶ必要が あったように聞こえますが」

「私は病に倒れた。先は長くない。この名もなく存在しているかも分からない王国には新しい王が必要だ」

「王になれ!というんですか?!イルカに?もしくは俺に?!!」

「この空間が何なのか定義することは不可能かもしれん。しかし、人智を超えたこのような空間は 戦場には極、稀に発生する。そう珍しいことでもないのだ。先の大戦では飛行小隊が任務遂行中に丸ごと空中で消えたり、 果ては原子爆弾を積んだ輸送機が行方不明になったという事例も多数報告されている。ただ、この空間はある程度チャクラによって 干渉することができるようなのだ。お前達がこの空間に侵入してきた黄色い花畑の『入り口』は私のチャクラによって作り上げたものだ」

「・・・ということは、この空間はタチバナ教官のチャクラによって現実世界と繋がっていると言うのですか?」

「当初はこの空間にもあちこちに『入り口』があった。穴だらけだったのだよ。 だが、この1年のうちに穴が塞ぎ始めた。今や私のチャクラによって丘の入り口を維持するのが精一杯だ。 私の死により、この入り口が閉じてしまえばこの空間は完全に孤立してしまう・・・」

「だから住人にチャクラのレクチャーを試みたんですか」

「無駄だったがね。やはりチャクラコントロールに長けた忍でないと無理だ。半年ほど前に 一人の若者をこの空間から出した。空間が閉じ行くことを皆に知らせた上のことだが、出ていったのは彼だけだった。 彼だけがこの空間の異常さに気付き出ていった・・・・・彼はマトモだったというワケだ」

「俺達だってマトモですよ。王という名のただの門番にはなりたくないですよ」

「お前達が王になる気がないならそれでもいい。ただ此処には数十人の子どもとまだ若い夫婦も数十組居る。 先の短い年寄りにはこの空間は極楽でも、若い者にとっては地獄になるかもしれん。 彼らを外に連れだして欲しいのだ・・・・」

「その点は了解しました。しかし、若い住民にとってこの空間が地獄になるとは限らないのでは? もしかすると生涯幸福に暮らせるかもしれない」

「完全に他と隔絶され閉じた空間が極楽になろうハズがないだろう、カカシ。数年は平和はあるかもしれない。しかし、 疫病が発生するかもしれないし、何世代もの近親結婚による遺伝子異常で滅びるかもしれない。 そもそもこの空間自体、永続する保証がどこにある?」

「・・・それでもタチバナ教官殿は此処をお出になられるおつもりは無いのですか?」




それまで無言で俺達の会話を聞いていたイルカが漸く口をきいた。

その問いにタチバナは酷く年老いた微笑みに返しながら答えた。




「・・・まだ私が子どもの頃の話だ。母に連れられてある「場所」に共に奉仕活動に行ったことがある。 慈善活動というやつだ。まだあの頃は平和だったし、母は慈悲深い女性だったからな。
その「場所」とはライ病患者ばかりを隔離して住まわせている小さな共同体だった。
その病気にかかった者は生涯その小さな隔離地域だけで生き、死ぬことを定められていた。
ライ正式名は「ハンセン氏病」という病気で、今は特効薬もあり、とうに絶滅している病気だ。
だが実に恐ろしい病気でな、その菌に感染した者は身体が腐敗したように爛れてゆき、 顔面も二目には見れない程恐ろしい容貌になってしまう。
実際、初めてハンセン氏病の患者に接した時、子どもの私は恐ろしくて仕方がなかった。
まるで妖怪かバケモノのように見えたからな。
そのうち母に連れられて奉仕活動に通う内に平気になっていったがね、人間として彼らの抱えている 重篤な心の傷に気付くようになった。それは生涯癒えぬことのない深い傷だった。
自己の身体イメージを保てない、ということはそれだけ恐ろしいことだということを私は学習した。
人間の魂は皮膚にある、といってもいい。
それが私の幻術使いとしての原点になった。
私の幻術が敵の身体イメージを操作して狂気に至らしめる、というモノを得意としたのもソコから来ている。
幻術の才のある者は恐怖を知る者でなくてはならない。
真の恐怖を知る者だけが、他者にも同じ恐怖を見せることができる。
また同時に真に恐怖を抱かぬ者だけが幻術使いの術に対抗しうる。

うみのイルカ、お前はその点非凡な才能を見せたのに何故幻術使いの道を選ばなかった? どうして、私の道を選ばなかった?実に惜しいことだ」


「すみません・・・・私は幻術が好きになれなかった、それだけの理由です。 好きなのは人が成長していくことを見ることなんです。 俺の夢は将来アカデミーの教師になることでして」


「好きではない?ふふふ、そうか、幻術が好きではないか?それはいい。何事も好きこそものの上手なれ、だ。 好きではないのなら仕方がないな!ははは!」


「・・・・・・」


「・・・・ハンセン氏病患者達の村は実に美しい所だった。花は咲き乱れ、住宅は小綺麗で、 人々は優しかった・・・・子どもの私は母に聞いたよ。

『ここは天国か?』と

母はただ微笑していた。

あれ以来、私はずっと考えている・・・・・天国と地獄は同じ場所にあるのかもしれないと」







暫くの沈黙の後、イルカがポーチから薬包をタチバナに差し出した。








「・・・・・これは俺の調合した毒です。痛みに耐えきれなくなったら飲んで下さい。・・ 楽になれます」


「・・・ありがとう。お前の作ったモノなら確実だな、安らかに逝けそうだ」




























****








それから終日間、俺達はタチバナの王国に滞在して、住民への説得に走り回った。
説得に応じ、この空間から出ることを承知したのはやはりまだ若い世代が多かった。
老人、比較的年老いた夫婦、戦で夫を亡くした子の無い寡婦達は残る意志を表明した。
そして、俺達はタチバナと王国の住人達に別れを告げ、50人程の若い夫婦と子どもを連れて あの黄色い花の咲く丘から、元のジャングルに戻った。
通常空間に戻ったとしても、戦争難民の彼らには家も無ければ豊かな畑もない。
しかし、彼らはこの過酷な現実の方を選んだ。
安寧の約束された、それでも緩慢な死を待つだけの王国より、生き延びる可能性のある「戦場」をとったのだ。

ジャングルにはあの幽霊達がしっかりとイルカを待っていて、イルカが現れたことを喜ぶように あっという間に彼を取り囲んだ。

その光景に何人かの女性が悲鳴を上げた。
まあ、恐ろしい光景であることは確かだが、自分達の方がもっと恐ろしい空間に居たことがよくわかっていないみたいだ。

その後幽霊達がイルカの周囲から消えると同時に、あの王国への入り口も閉じた様だった。
その後、何度試してもあの空間は現れなかった。

たぶん、それはタチバナが死んだ、ということを意味するのだろう。






「・・・・結局、あの空間は何だったんだ?どう思う?オビト」

「さあなぁ、この俺はお前の想像の産物だからあの空間に存在しつづけれらたけども、イルカ中忍に憑いていた 幽霊達が入れなかったってのが気になるな。・・・案外本当に天国、っていうヤツだったのかもな、あるいは地獄か」


俺の『理性』を担う幻想のオビトがそんなコトを言う。


「どちらにしろ滅びを待つだけの王国だ。死の王国じゃないか。俺達をそんな空間の『王』にしようとはねえ〜〜」

「安らかな死に場所が欲しい、と願う者にとっては天国、そうでない者にとっては地獄、それでいいじゃないか。 そんな場所があってもいいと思うぜ、俺は。ニーチェ風に言えば文字通り善悪の彼岸さ」

「イルカにとっては今もあの幽霊達の王様のようなものだし、タチバナがイルカに目を付けたのも わからないでもないけどね。あのタチバナがイルカを後継者にしようと思ってたなんて、イルカったらどんな幻術を使うんだろう? うわーー、末恐ろしいな。イルカが教師志望でよかったよ。スペシャリストよりジェネラリストであることを求められるしね、アカデミーは」

「・・・でもよぉ、カカシ。あの人とならお前、俺を忘れて自立できるんじゃないか? お前だってわかってるだろう?いつまでも俺と一緒には居られないって」

「わかってるよ。でも、まだ嫌だ。俺にはアンタが必要だよ、オビト」

「ま、いいけどよ。今はまださ・・・」

「でもなあ、ちと、惜しかったかもなあ」

「は?何がだ?」

「あの国の王様になってイルカと生涯イチャイチャしまくるのも良かったかも! やっぱ、惜しかった!!」

「お前は結局ソレかよ!(−−;)」






その後、俺とイルカは難民を難民救済キャンプに送り届けた後、木の葉本陣に帰還した。

報告書には抜け忍タチバナを殺害、投降に応じなかった王国住人を殲滅、他は保護、と報告することにした。
本当の所を、ホムラは追求はしないだろう。一般市民に幻術の秘技が伝授されなかった事実が最重要なのであり、 タチバナの生死やあの王国が何だったのかさえ、大局的見地からは些細な事でしかない。

イルカは最後まで仲良くなった村の子ども達のその後を心配していた。本当にイルカは子どもが好きらしい。

そんなイルカを益々熱烈に愛するようになった俺が、帰投の途上でもイチャイチャしっぱなしで、 オビトに怒鳴られ続けたことは言うまでもない。




















2004.11.19




2004.11.23
蒼子様のサイトでキリ番を踏んで書いて頂いたものです。
リク内容は「死神のようなイルカ先生」でした。変なリクで申し訳なかったんですが…(汗)
本当にどうもありがとうございました!

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