「黄昏」 1

 

 

 

月の綺麗な夜だった。

ふらふらと土産などを片手に持ちながらカカシは少し浮かれて歩いていた。
足取りは軽く、任務後とは思えないほど気持ちも軽かった。

それもそのはず。

1週間も夏休みをもらいすっかり恋人の家に居座るつもりで、その用意の荷物と土産しか手にはもっていないからだ。
「いや〜ね…ふふ。」
笑みがこぼれる。何もない空を見上げ笑う姿。傍から見たら変な人だ。

しかし運がいいのか悪いのか…恋人の家まで歩いていく道のりカカシは誰とも会うことはなかった。

「あれ?イルカ先生…まだ帰ってないのかな?」
家の前までつくと明かりがついていないことを不思議に思った。
部屋の中には人の気配があるのに…渡された合鍵で部屋の鍵を開けようとすると扉は開いていた。

薄明かりの中、蹲る人影がぼんやりと見える。

「イルカ…先生?」

小声でカカシが呼ぶと人影がゆっくりと動いた。

「…かっカカシ…さん?」

小さな声で答えるその声はまぎれもなく、家主のイルカだった。

「どうしたの?電気もつけないで。」
カカシは履物を脱ぎ、部屋の中に入ると部屋の電気をつけた。そのまま視線を蹲っているイルカにむけると…そこにはいつもとは少し違う彼がいた。

「どうしたの?その包帯。」
カカシはしゃがみこみイルカの前に座った。

彼は目に包帯をしていた。

額あては外しており、そのかわりのように目には白い包帯が巻かれていた。

「…授業で…生徒が薬品の調合をまちがえてしまって、少し目がただれているんです。大丈夫ですよ3日もあれば治るってお医者さんも言っていましたし。」
口元だけが見えるイルカが笑った。

カカシはもってきた土産と荷物を静かに下ろした。
そっと痛いたしい姿になってしまったイルカの頬に掌をおいた。
「無理…したんでしょう?あんた。」
少し怒っているような声だった。
イルカは小さく首を窄めるとやっぱり見える口元だけ笑い、言った。
「子供たちにケガがなくてよかったです…。」
彼の笑顔に迷いはなかった。

「それでも…さぁ……イルカ先生……。」
そこまで言葉を紡いでカカシの口は止まった。

言っても聴かないのは今に始まったことではない。
おそらく子供をかばってこうなってしまったのだろう。
部屋の中の状況をみればそれはよく分かった。

誰かに送ってもらった後、その者には「大丈夫だ」と言って帰してしまい、一人でなんとかしようとした痕跡がのこっている。いつもとは違う家具の位置、手探りで開けたであろうタンスや、戸棚。
手を洗った後、拭かずに這った畳についた手形。
机の角にぶつけてついた彼の足首の小さな痣。
カカシは目を細めるときゅぅっと唇を噛んだ。
言いたいことを飲み込む時の癖。

「カカシ…さん?」
沈黙を不安に思ってイルカは手探りでカカシの手に触れた。
伝わる熱にカカシは目を閉じてその手を握った。
「俺ね、一週間夏休みがとれたんですよ。その間、先生の家に転がろうと思って来たんです。だから俺が先生の看病しますね。」
「えっ?」
カカシの申し出にイルカの頬が少し紅くなった。
それに気をよくしたカカシはそのまま彼の唇に自分のものをそっと押し当てた。
「ねぇ…目が見えるようになったら先生も夏休みとって一緒にどこか行きましょう。一週間も休みがあるんだから…一日くらい…ね。」
できるだけ明るい声でカカシは言った。
イルカの紅い頬と一緒に安堵の口元が見えたから。
彼だって包帯がとれるまでの3日間。
目の見えない生活を不安に思っていたのだろう。
それを安心に変えてやりたくてカカシはできるだけやさしくキスをした。
「…そうですね。」
イルカは少し俯きながら頬を紅くして返事を返した。
いつもどおりの彼のしぐさに、不思議と包帯に隠された彼の目が見えたような気がした。
カカシは背筋をのばし、目の見えないイルカが自分で着たであろう曲がった寝間着の襟をただすと立ち上がった。

「何か食べるもの作りましょう、いい酒があるんですって…酒はやめたほうがいいですかね。風呂、沸かしてその間に食事にしましょう。イルカ先生はそこに座っていてください。俺がやりますから。」

カカシが向きを変え、風呂場に行こうとすると服の袖を軽くつかまれた。

振り返ると見上げるようにイルカが顔を上げて口を開いた。


「…おっ…遅くなっちゃったけど……任務ごくろうさまです。お帰り…なさい。」

いつもの彼の言葉。

それを聞けただけでもカカシは嬉しかった。

気持ちが落ち着いた証拠だ。

目の見えないイルカに分かるように気持ちが伝わるように、軽く手をとるとカカシは口を開いた。

「ただいま、イルカ先生。」

その言葉を聞いた時、イルカにとって不安だった包帯がとれるまでの3日間も少しの安堵に変わったのも言うまでもなかった。

















3日間。

カカシはイルカの家にいた。

イルカの食事をつくり、彼と一緒に飯を食べて、本を読んであげて風呂に入り身体をあらい一緒に寝た。

はじめはつまずいていたイルカも部屋の中だけなら容易に歩くことが可能になった。「さすが忍だ。」とひやかすカカシの言葉にも冗談で返せるくらいの余裕も出てきた。



そして3日目、カカシに手を引かれながら木の葉の病院に行った。

そこで包帯をとってもらい…目の見えるようになったイルカは彼と海に行く予定だった。

昨年、いけなかった海に行こうとイルカから言い出した約束だった。

カカシもそれを楽しみにしていた。

 

 

 

それなのに……

真っ白い包帯が取れた後のイルカの目には光が戻ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2続く→

 


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