魂揺らし 2

イルカは火影の命で呼び出されていた。暗部の装束に古びた獣面、普段頭頂部で結んでいる髪は垂らされている。獣面を結ぶ組紐が黒髪のなかに白いすじをつくっていた。


「マツバ、ですね」
今日イルカのところに舞い込んだのは、男の左手だった。
肘から下が、爆発にでも巻き込まれたのか引き千切られたような形で台に乗せられていた。清められてはいたが、傷が多く残っていた。
マツバはAランクの任務で機密を持ったままこうなったので、イルカはそれを引き出しチャクラに乗せて火影に渡した。

こうした渡した機密の記憶はイルカには残らない。

それがこの技の重用される所以だ。チャクラに籠められた情報は火影にしか知ることができず、近親者の顔だとかそういう視覚的なものしかイルカには感知できないのだ。


イルカが名を告げて間もなく、一人のくのいちが呼ばれてきた。
派手さはないが整った顔で、どちらかというと知的な雰囲気の女だ。
台に近寄った彼女は黙って手を伸ばしゆっくりとそれを撫でた。数回繰り返すと腕を持ち上げ、ぎゅうと抱きしめたまま立ち竦んだ。泣くかと思われたが、白い顔をして目を見開くばかりだ。
それを見たイルカは一礼をし、部屋から出ようとすると、女が口を開いた。
「間違いはないのですか」
イルカがゆっくりと頷き、「最初にあなたが見えましたよ」と言うと、「ありがとう」と小さな声で返してきた。
扉の前で再び礼をして部屋を出ると、一時置いて中から嗚咽が漏れてきた。





この任務の後、酷い倦怠感がイルカを襲う。
昔、やはりこの任務をしていたであろう母親が、何を、とはっきり言ったわけではないがイルカに話した事がある。
何のことか幼かった頃のイルカにはあまり解らなかったのだが。

「死んだ人をね、少しだけ眠りから覚ましてしまうの」
「だから、おかあさんの命を、少しだけ分けてあげるのよ」

あれはきっとこういう事だ。
死者と生者を繋ぐのは、とても危ういことなのだ。

今日のように身元が判って親近者がまみえる事はごく僅かだった。大抵は発見されたその場で処理される。自分が出向くのは三代目から指示された場合のみで情報を取り出した後やはり処理されるから、処理までの時間が長いか短いかの違いだけなのだが。
そう、組織の中で自分は遺体処理班のひとりに過ぎない。それ以上でもそれ以下でもないのだ。





「ねえ」

廊下の角を曲がった時、不意に声をかけられた。
―暗部…。
自分も同じ格好をしているのにもかかわらず、その気配に対して本能的にイルカは怯んだ。
それには頓着せずに男はまた口を開いた。
「ねえ、アンタだよね」
少しずつ近寄りながら続ける。

「『魂揺らし』」

「…っ!」

その名自体ほとんど知られていない、自分の二つ名。
十年近くたっても未だに慣れないその名を、見も知らぬ男に告げられてイルカは面のなかで瞠目した。
一瞬の気配を察して男は薄く笑ったようだった。イルカが無言のままでいると勝手に喋りだす。
「ふうん。何で隠すかな。アンタも火影様も」
ぺたりぺたりと、わざと立てられる足音が耳につく。
「別にいいじゃない、隠さなくたって」
「ああ、でも知られると利用されたりとかあるのかなぁ」
「でもさあ、自分の身は自分で守んないとねぇ」
クツクツと笑いながら男がひとりで喋る。
縛られた様に動かなくなった身体に少しでも力を入れようとするが、なかなか上手くいかない。

なんなんだ。
ちくしょう。気持ち悪い。

胸の奥からせり上がってくる嘔吐感に血の気が引いてゆく。
ジィィ…という痺れが頭の芯から響くように広がり、指先の温度が下がっていくのを感じて、一歩だけ足を後に引き摺った時。

「何をしておる」

火影と数人の暗部が来るのを視界の隅に感じながら、イルカはぷつりと意識を手放した。





「う…」

気が付いたとき、はじめに目に入ったのは火影の顔だった。
「気が付いたか」
「あ…、三代目…俺?」
霞のかかった頭を手で押さえながら辺りを見回せば、そこは火影の屋敷の一室だった。
「よいよい、まだ寝ておれ」
小さな子供に対するような物言いにイルカの気が和らいだ。
「すみません。俺、倒れたんですね」
「チャクラが消耗したところへあやつの毒気が効いたんじゃろ」
イルカは男の気配を思い出してぞくりとした。
「あの人は…」
「昔から鼻の聞く奴でな。お主に興味を持ったようじゃが、嗅ぎまわらんよう釘をさしておいた。心配するでない」
火影は枕元の香炉を引き寄せ、小さな火を熾すと蓋を閉めた。薄い煙がゆっくりと立ち登りはじめる。嗅ぎ慣れた花の匂い。
「自分の身は自分で守れ、って言われました…」
「そうか…。あやつはほんの幼い頃から忍として働いておるからの。四代目の最後の教え子じゃよ」
「四代目、ですか。それで…」
イルカは天井を見つめたまま問うた。
「あの時、俺の両親もあそこにいたんでしょう?」
わずかに顔を引き締めてかぶりを振った火影は、イルカの肩を上掛けの上からぽんぽんと叩いた。
「皆一生懸命だったのじゃよ。それぞれが自分のできる事をしただけでな。誰かが誰かに責められる事など何もなかった…」

「イルカ、もう少し眠るんじゃ」

言われると同時にスウと眠くなり、イルカは目を閉じた。


(04.05.15)
カカシ先生ちょっとしか出てきていません。しかもイルカ先生弱い感じ(涙)。
こんな筈では…。

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