過ぎる日もまた 5









カカシと二人きりになったところでアスマが煙草に火をつける。ゆっくりした仕草にカカシが焦れて睨みつけた。

「そう怖い顔すんな。イルカはな、病院にいる」

「病院?…何で?」

「お前が任務に出て三年くらいたった頃か。演習中に倒れた。偶々うちの班もいたんでな、気になって火影様のとこに引っ張ってったんだ」

「その前に出た任務で毒をくらったらしい。医療班も気が付かなかったみてえだな。そいつは木の葉にはねえ代物で、火影様も解毒に手を焼いてな。その時点で直る確率はほとんどなかった。ゆっくりと内臓からやられるんだが…人にうつるもんじゃねえから、あいつはなかなか病院に入ろうとしようとしなかった。それどころか任務に出ようとまでしてたぜ」


「病人のまま死ぬのはイヤだと言って」


「死…ぬ?」
カカシはぎゅっと心臓を掴まれた様に血の気が引くのを感じた。知らず関節が白くなるほど拳を握り締める。


「まあ落ち着け」
アスマはカカシの肩を叩いた。

「それから火影様もずっと新しい治療法を研究してたんだ。で、ある程度までは開発された。実際にイルカに効くかどうかは五分五分だったけどな…、今主治医やってる女先生がえれぇ熱心に説得したんだわ。そんな弱気で初めっから直す気がない人間に、子供たちに教える資格はない、ってなあ」

「家にまで押しかけてきたってイルカが笑ってた。サクラはそれを見てたんだろう。結局火影様や医者が入院を決めたんだよ。治験ってことで火影様が任務にして、半ば強制的に入院させた。毒の解析で里の威力にもなるって含めてな」

「三代目といい五代目といい、イルカはよっぽど火影様方に気に入られてんなぁ」

とんだ頑固者なのによ、とアスマは煙を吐く。

「ただな」

「お前に病気のことを知らせるのだけはどうしてもイヤだと言うんでな。いつ完治するかわからないし、もし駄目だったら任務先で…、ということにしてくれと。だから家も整理してイルカのモンは処分した」


カカシの喉がゴクリと鳴る。

「で、今は…」

「ああ、一時は盛大に血ぃ吐いて本当にヤバかったんだが、なんとか持ち直した。副作用もあってまだ全く体力はねぇけどな」

「場所、教えてくれ」

「ああ。それと後でサクラにも謝っとけよ」

「わかってる。…ありがと。」

場所を聞き出すと、カカシは一瞬でその場から掻き消えた。
「イルカもわかっててなぁ…。まったくめんどくせぇ奴らだよ…」


アスマは苦笑いして新しい煙草に火をつけた。













「…イルカ先生…」

里の外れにある、五代目の作った医療忍の研究所。
その中でも上の階層で見晴らしのいい、白い部屋に彼の人はいた。
カカシは後ろ手で静かにドアを閉める。
腕からのびたチューブが揺れ、窓の外にに向いていた顔がゆっくりとカカシに振り向いた。

寝台に近寄り、震える手でイルカの頬に触れる。

「カカシさん…」

昔と同じに暖かく優しい笑顔だったが、その姿は痛々しく変っていた。

「痩せて…」

「ごめんなさい…」

「何を…?」

「本当は…見られたくなかったんです。恥ずかしかった。俺は、こんな風にみすぼらしくなってしまったから…」

見つめるカカシから視線を外してイルカは続けた。

「捨てて…捨ててもらっても構いません」

白い面(おもて)で、睫毛を伏せて言う人にカカシは黙って首を振り、濡れた色の黒髪をそっと撫でた。イルカの細くなってしまった手が、カカシの腕に触れる。
その、指までが細くなってしまった感触にカカシは言葉がなかった。思わず目を閉じてから、乾いた唇に自分の唇を軽く寄せて微笑んだ。


「俺を待っててくれたんでしょ?」

「はい」


躊躇いなく答える。

「俺の一番はカカシさんだから。状態が分かったときは忍びとして任務に出て死ぬことも考えました。あれじゃ英雄にもなれませんし。父や母のところへ行けないと思いました。でも、死んでしまったらカカシさんに二度と会えないから…。でも、それは俺だけの気持ちで…」

カカシはイルカの髪を梳きながら話しかける。

「ねぇ、俺の一番もずーっとイルカ先生だよ?」

「会いたかった…。この四年、忘れたことなんてない。毎日あなたの事を考えてた。待っててくれてありがとう。ここに居てくれてありがとう…」

イルカの瞳が黒く濡れている。

「…はい。カカシさん」

「ね、いつもみたいに…」

「…おかえりなさい」

「ただいま、イルカ先生」

抱きしめてイルカの匂いを吸い込む。薄くなってしまった身体に、再び目の奥が熱くなったが、イルカを思えば涙は流せなかった。
この人はどんな時でも人の心配をするから。



イルカの主治医だという女性にも会った。
それはまさしくサクラの記憶にあった人物で。
よく見れば自分たちより何歳も年上で、医療に熱心な、イルカと似たタイプと言っていいであろう人だった。そんな彼女の説得に打たれたのだとイルカは笑った。弟みたいで放っておけないとも言われたそうだ。肉親の情に薄いイルカには丁度いいと火影の後押しもあったらしい。

火影様は何度も様子を見に来て下さったんですよ、とイルカは告げた。
カカシは火影の顔を思い浮かべ、次に会った時に何を言われるかと冷や汗をかいた。




「髪…、伸びたね」
「ここに入る時に切ろうと思ったんですけど…。何だか、髪を結っていないと、あなたに忘れられてしまいそうな気がして…」

起き上がれるようになったら切ってもらえますか?、と首を傾げる仕草は以前のままだ。
「いいですよ。あー、でも、長いのもいいかも。俺が洗ってあげるし。イルカ先生の世話なら何でもするよ?」
嬉々として言うカカシにイルカの頬も緩む。

「俺、ここに住んじゃおうかなぁ?」
「そんな無茶言って」
「だってやっと帰ってきたのに、イルカ先生と別々に暮らすなんてもったいない」
「もう少し我慢して下さい。もう少し体力が戻ったら…。一生懸命リハビリしますから」
「あっ…と、ごめん、イルカ先生。そんなつもりじゃなくて…。焦らないで、ゆっくり治療して。待ってるから。今度は俺がちゃんと待つから…」
「…はい」

イルカが嬉しそうに笑った。

カカシの心を溶かす唯一無二の笑顔だった。







それからまた季節は過ぎて。

元来忍として基礎体力のできているイルカは、通常より早く床を上げる事が出来た。
それでもアカデミー復帰どころか、日常生活がやっとという状態だったので、傍らには常にカカシがいた。

カカシが任務でいられない時には、サクラ達が順にイルカを訪れた。
今や上忍、中忍の彼らの気遣いをイルカは固辞したのだが、教え子たちは喜んで入れ替わり立ち代わり現れた。
あれこれ世話を焼くのでカカシのやきもちに困った程だ。





窓の外降りしきる雪を、暖かい部屋の中からふたり見ている。

「皆イルカ先生のことが好きでたまんないんでしょ。俺としては安心なんだか不安なんだか…」

口を尖らせて言うカカシの姿に、一時期より随分ふっくらしたイルカは破顔した。そのままカカシの胸に身体を預けて呟く。


「俺は幸せ者ですね」

その肩を抱き寄せてカカシも笑った。





ふたりとも永遠はないと知っているけれど。

過ぎるまでの今このひとときは。







<END>








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初の続き物でしたが、こんなんで…ううっ、ごめんなさい。
読んで頂きありがとうございました。


(2004.02.22)






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