黒紅





両腕の拘束を解かないまま、カカシはイルカにのんびり話しかけた。
「ねぇ、飯食いに行かない?」
「はぁ?」
なんで急にそうなるんだ?
イルカは腕を掴まれたまま更に仰け反り、離れられるだけ離れた。
「なんで俺があんたとなんか…!」
「それ」
「は?」
「それだよ。あんた俺のこと怖がらないよね。それって結構貴重なんだよねー」
イルカは真意を掴みかねて、眉を顰めたまま続きを待った。
「あんた殺気がわからないって言ってたでしょ。俺ねえ、そういうの任務の時には完璧にコントロールしてるつもりなんだけどね。まあ、外に居れば大概そんなの剥き出しにしてるんだけどさ。それがねえ、里にいる時はさ、ダメなんだよねー。たまーに滲み出ちゃうみたいでさ。なんか怖がられちゃって、俺と平気で一緒に居られる奴って数えるほどしかいないんだよね」
「…で?」
「あんたその点鈍感みたいだからさ、飯ぐらい平気で食えるでしょ?」
鈍感と言われた時点でイルカはカカシを思いっきり突き飛ばして10メートルは飛び退り、離れていた。
「俺はあんたのそういうところが大ッ嫌いだよっ!」
鼓膜が破れそうな大声で怒鳴りつけてからイルカはさっさと踵を返した。

その後姿を呆然と見送っていたカカシだったが、我に返り笑い出した。
「ホントおもしろい…」
追いかけて追いつかない訳ではないのだがカカシはそのままイルカを見送った。
「真朱…俺はあんたの…」
ベストから前に拾った髪紐を取り出す。細工のついていない素っ気無いただの組紐。こっちの方がイルカに似合う、なんとなくカカシはそう思った。



□■□



結局カカシはその後もまた任務を振ってきた。
三代目が事も無げに承認して簡単に割り振ってくれるおかげで、相変わらずイルカには拒否権もないままで。
一般の任務なら多少の無理も通せるが、暗部の任務はそういう訳にはいかない。ただでさえ少数な上に、組む相手が血継限界。しかも写輪眼のカカシときては用意に相手を変えることも出来ない。…とは三代目の談だ。
もっともイルカの方でも最終的には三代目を困らせることも出来ずに、渋々と頷くしかないのだけれど。
「またですか」
「えー、いいでしょ」
「またしょって帰るのはイヤなんですけど」
「今日は大丈夫だってー」
「あんたの大丈夫なんて絶対当てにならない」
「ちょっとは信用してよー」
「そんなの出来るもんか」
「黒紅さーん?」
「おぬし等は顔を合わせるたびに…、よく飽きないのう。まあ、喧嘩するほど仲がいいと言うからの」
三代目は気楽な顔をして煙草をふかしているが、したり顔であることは間違いなく、イルカは派手に溜息をついた。
もう何回任務でカカシと顔を付き合わせたことか。任務が終われば話をするでもなく別れ、また呼び出されては顔を合わせることが続いていた。
まあ、以前ほどの嫌悪感はなくなってきたのも事実だった。それはひとえに思ったよりも任務がやりやすいからなのだが。
一緒に任務をこなせばある程度お互いの呼吸というか間合いというかが見えてくる。今まで、真朱以上に呼吸のあう相手はいなかった。むしろ遣り難いと思うことが殆んどで。
単独で動くほうが多いのはその所為もあったのだ。
無駄にいらつく事を自ら選ぶ馬鹿もそうはいないだろう。我儘とも思ったが暗部では単独任務も多いから三代目も黙認してくれていたし、イルカの欠陥を危惧してもいたのだと思う。
もう自分は子供ではないのだから、何があってもそれは全て自分の責任だ。三代目が気に病むことではないのだが、そこが三代目の里長としての責任感の強さなのだろう。しかしイルカにとっては時を経るにつれ心苦しい気持ちを募らせる元となるもので。
そして。
イルカはいつも思うのだ。
もう俺を気に掛けないで下さい。
もう俺は俺のやり方でしか生きていけないんです。
誰かと共に行くのは…。
もう、無理なんです。

しまった!
思った瞬間に灼熱を感じて目が開かなくなった。無意識に振り上げた刀に手ごたえを感じたような気もするが、顔面に感じる激しい痛みにのた打ち回った。
それはさほど長い時間ではなかったが、何かの毒液をかけられたのだとかろうじて頭の中で考える事が出来るだけで、とにかく身体の言う事がきかなかった。まだ敵がいれば動けないうちに間違いなくやられる。
毒に対抗するようにボロボロと流れ出る涙が顔を濡らしていく。痛みは既に落ち着いたが、自分が目を開けているのか閉じているのかさえさっぱりわからなかった。目の周りの筋肉がびくびくと細かく痙攣し、相変わらず涙が止まらない。
黒紅はひたすらまわりの気配を追い、手探りで地面を這った。
このまま敵に見つかれば死ぬ。
こんなところで。
いや、任務で死ぬ忍は皆そう思うのだろう。
こんなところで死にたくない、と。
でも、きっと、こんなところだろうが何だろうが死ぬ時は死ぬ。
両親だって、真朱だって、死んでしまった。
生きて帰れと言った真朱も俺を置いて死んでしまったじゃないか。
もう、自分が戻ったって。
這いずる体から力が抜け、黒紅は胎児のように丸まった。いつの間にか髪紐も獣面もとんでしまって、髪が顔の周りにわだかまっている。
そして世界は真っ暗で、流れる涙は止まらない。
もう、いいよな。
濁った瞳をぽかりと開けたまま、黒紅はハァ、と息を吐いた。
そして見えない瞳を閉じた時。

「あんた、何諦めてンの」
どうせ見えるわけでもないのに、声のした方へのろのろと顔を向ける。
「きったない顔して…」
自分の顔は涙と土でドロドロなんだろう。
「そうやって死んでくつもり?」
銀朱がどんな顔をしているかなんて大体想像がつく。
きっと軽蔑したような、呆れたような顔をして自分を見下ろしているんだろう。
頭がぐるぐるとまわるような感覚に呻き声を上げ、黒紅は更に丸くなった。
銀朱は舌打ちを一つすると丸まった身体に近寄り、座り込んで「黒紅」と呼びかけるように呟やく。親指と人差し指で汚れた顎ををぐいと挟み、自分のほうに向かせてから頬を叩いた。

「諦めたら、死ぬんだよ?」

呻き声はその直後、聞こえなくなった。





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(2004.09.27)

わー、またイルカを痛い目にあわせてしまった…。そしてカカシにパチり癖が?!(爆)





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