黒紅





驚いたことに、その晩カカシは時間に遅れてこなかった。それどころかイルカより早く待ち合わせの場所にいた。前回の任務の時は一時間も遅れて来たのに。
「今日は随分と早く来たんですね」
皮肉を込めて言ったつもりなのだが、さして気にする様でもなく「行くよ」と先を進んでいく。何となく居心地が悪い気はしたが任務なのだから仕方がない。黒紅は置いていかれないように跳んだ。

そこは火の国の外れ、石竹の里の外れにある深い森の中にぽっかりと開いた広大な開墾地だった。
木の葉の里と古くから交流のあった石竹の里は忍の里ではなかったが、もう長い間ある種の神経毒をもつ植物を栽培していた。里の重要な資金源であるそれの栽培地は結界で厳重に守られていて、今迄は里長の下適正に管理されていたのだが、どこにでも悪党はいるもので。
里長は殺害され、金さえ出せば毒を手に入れられる、そんな場所に成り下がってしまった。一度そんな状態になってしまってからは蜜の匂いに集る同種の者達で溢れかえっている。
石竹の名が汚されてしまったと、事態を憂えた古参の者たちが密かに火影に助けを求めてきたのがつい先頃。最早昔の秩序が無くなってしまった里を、愛する里を潰してでもその名誉を守って欲しい、使役される里人を救って欲しい、と。もちろん木の葉としても武器になる植物が他の里に流れていくのは問題だったから、依頼は成立した。

「この先に追い込んで。結界張っておくからアンタは仕事が終わったらすぐにそこから離脱して。でないと巻き込まれちゃうよー」
現場に着いてからは銀朱の指示に従うしかなく、黒紅は頷いた。里をひとつ押さえ込むだけあって敵の中には強力な忍術を持つ者が複数いるらしく、銀朱は術のコピーと敵の殲滅を一気に行う手筈なのだ。
前の任務はそこまで大掛かりなものではなかったから、実際の現場で銀朱がどのように動くのか黒紅には見当もつかなかった。しかし銀朱はたったひとりでそれを行うという。自分はそれまでの陽動と不測の事態に備えるために配された。
真朱もそんな風に戦っていたのだろうか。真朱の場合は二つ火の写輪眼だったが、銀朱は三つ火の写輪眼だ。そのことでどれだけの能力差があるのか、黒紅には到底わからない。
ただ、それを垣間見ることに気分が高揚していることは確かだ。いやな任務だと思いながらも、黒紅は一気に集中していった。



□■□



右に風遁。
左に火遁。
傾向の違う術を撹乱するように繰り出していく。影分身を出して尚且つそれぞれに術を出させているから、雑魚ならば少しは足止め出来るだろう。
言われたとおりの敵だけを銀朱の作る結界に追い込んでいく。

黒紅に特殊能力はないが、トラップや剣術体術はそれなりに使えるので陽動ぐらいならば特には困らない。
黒紅は術式を札にする知識を真朱に教わった。彼の人は効率のいい戦い方というものに対してそつがなく、若いのに暗部に配されたのもそのあたりに理由があった。眼のことがなければ戦略にでも行けただろう。
そもそも写輪眼というのは結構な量のチャクラを使うらしい。チャクラに限りがある以上、本来ならその配分にも気をつけなくてはならないのだが、平時のチャクラに余裕がある時に札を作っておけば僅かなチャクラで術を発動出来る。真朱はそうやってチャクラを温存して、写輪眼を使っていた。
黒紅も忍としては平均的なチャクラ量しか持っていなかったが、そうした方法で札を携行する事によって実際の能力分の倍程度の術を使用する事が出来た。
もちろんそれには少なくはないコツがあり誰にでも行える事ではなかったから、それを真朱に叩き込まれた。札を作る事自体は黒紅の性質に合っていたらしく比較的早く覚える事が出来た。寧ろそれを如何に効率的に使うか、そこを徹底的に考えさせられた。
咄嗟の判断が自分の命を左右するのだから、常に冷静であれ、そういう風に教え込まれてきた。日常のイルカはどちらかというと感情の起伏の激しいほうだが、黒紅でいる時、面を被ってからはその起伏を出来るだけないようにする。自分でも完璧に冷静になれているとは思わないが、意識して冷静であろうとすることを徹底して訓練した。
今では殺気もわからないからそれで動じる事もない。気配が揺らがない、恐怖心がないというだけでも相手にプレッシャーを与えられる。
真朱を失って…皮肉なことだとは思うけれど。

考えながらも敵と対峙していく。おそらくはどこかの里の抜け忍崩れだろうが、石竹の里を根城にしてそういう輩が集っているということだ。以前何度か来た時の石竹の里はごくありふれた雰囲気の里だった。今ではそこ彼処に荒廃の気配がある。里を潰してでも、と言ってきた者達の切実な気持ちもわかる気がした。こんな顔つきの奴等に自分達の住む里が荒らされていくのを見るに忍びないのだろう。
木の葉だって、忍の俺達はこんな事をしているが里の人たちを力で押さえ込んでいる訳じゃあない。火影様がちゃんと皆のことを考えてくれている。
そう、俺みたいな奴でも生き延びている。
生き延びて…。
何のために?
考えるな。今は考えるな。
黒紅は唇を噛んで刀を抜いた。ダーゲット以外は、全て倒す。
雑魚と思しき連中をどんどん潰していく。中には恐怖心丸出して逃げていこうとする輩もいたが容赦せずに切り裂いた。散々してきたことから今更逃げ出すなんて許さない。
…。
…少し感情的になりすぎている。
黒紅は首を振って忍刀を握り直した。あと少し。

目当ての男達が結界に踏み込んだのを確認して、少し離れた梢で見守る。結界は開墾地のほぼ中央に作られていた。中で何が行われているかは窺えなかったが、暫らくして大きな爆発が起こった。火柱が上がり炎が燃え広がっていく。夜空に昇る赤い炎が栽培地の殆んどを焼いた頃に森との境界線に土遁で出来た障壁がせり上がった。銀朱が地中から術を発動したらしい。延焼を防ぐのだろう。これからこの地ではごく普通の作物が栽培されるのだ。石竹の里はごく普通の里として再生する。

黒紅は一応消火のために周囲から水遁を加減して水を撒き、煙が収まるのを確認していく。
「…まったく、あいつは何やってんだ?」
なかなか姿を現さない銀朱に黒紅はまたかと呆れた。里に帰りついて報告するまでが任務だろうが。
気配を探りつつ作業を続けていると、地面がぼかりと盛り上がって銀朱の頭が見えた。立ち上がるかと思えばそのまま動かないのを不振に思い、黒紅は傍に降り立った。
「さっさと終わらせて帰るぞ」
声をかければ「あ〜」と唸り声があがる。
「ちょっと引っ張ってくんない?」
「は?」
「動けないんだーよ」
見れば地中にも水が滲みたのか、銀髪が萎れている。
「もしかして、チャクラ切れなのか?」
黒紅が問えばバツが悪そうに笑う。
こんな風になるんなら、もう少しくらい手伝ったのに。だいたい、いくら写輪眼だからってここまで消耗するか?
考えてからあっと気付いた。そういえばこの男のは移植だっけ…。
元々は血継限界の写輪眼だから、血族以外の身体に適合しないのは当然だ。血族の真朱でさえ消耗を危惧していたのだから。
「こうなるの、わかってたのか」
「あー、いや、まあ…」
問いかけにフイと横を向き溜息をついた。
「思ったよりてこずったんだよね。ここまでカラッポになるとは思わなかった」
憮然というのがいつもの印象と違って、黒紅は思わず笑んだ。
「…笑うなよ」
「ごめん。ほら、手ぇ出せ」
言えば素直に手を伸ばしてきたので、黒紅はそれを握り締めて銀朱を引き起こした。それから背を向けて屈んだ。
「ほら」
「いいよ、少し休めばなんとかなる」
「俺が早く帰りたいんだよ」
そう言ってやると、銀朱は諦めて黒紅の背に被さった。その身体をしっかりと背負い直して黒紅は歩き出した。





NEXT


(2004.09.07)

とりあえずカカとイルを引っ付けてみました。ほんとに引っ付いてるだけですが(笑)
写輪眼についてはテキトーに作ってしまいました。や、細かくはツっ込まないで下さいませ…。






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送