黒紅





目の前に現れた銀色の髪の持ち主。
会いたくもなかった男は、暗部の衣装を着ているが面は着けず口布で顔を隠している。写輪眼は長めの前髪に隠れて見えない。

「…何か」
イルカは最大限譲歩したつもりで声を掛けた。
「あんたさ、あの当時、物凄く俺のこと調べてたでショ」
銀朱がのほほんとした調子で言う。
「それが何か?」
「何って、こっちとしても気になったワケよ」
「それは失礼致しました。今ではもうそのような事はしておりませんので」
返す言葉に我ながら大人気ないと思うほど誠意がないけれど、下手に出ること自体に腹が立つんだからしょうがない。
「そうなんだ」
「そうです」
おかしな事だ。出来ることなら話したくない相手と話をしている。こんな所からは早く離れないと。頭の隅で何かが警鐘を鳴らしている。
早く。
早くここから離れろ、と。
「もう俺のこと気になんないの?」
「はあ?」
なんだか変だ。こんなもの会話にもなっていないじゃないか。こいつは一体何を聞きたいというのだろうか。
「俺は今ではもうあなたに干渉していません。先日の口のききように関してはお詫び致します。でも、それだけです」
視線を合わせずに一本調子に言ってその場を離れようとした。

俺はあんたを憎む、俺はそう言ったじゃないか。聞いてなかったのかよ。
拘りたくない。そう言ってるじゃないか。

木の枝から飛ぼうとした俺の腕を、その男が掴む。
「…ッ、何っ…?」
「真朱のコト、聞きたくない?」
「?!」
「俺ね、結構あいつと組んでたよ?」
痛いほどではないが掴まれた腕を外すことが出来ない。自分より上の実力をわざわざ見せつけられているようで顔が歪んだ。
「…知ってます」
「でもさ、あんたのコトは聞いたことないんだよね。あー、まあお互いプライベートなんてわざわざ話しやーしなかったんだケドね」
「…当たり前です。暗部なんだから」
眉間の皺を隠すように力を抜き、呆れたように言ってやると、銀朱…カカシは頭をがしがしと掻いた。
「あー、そういうトコ、そっくりなんだな…」
「え…」
「言い方はそっけないけど、いちいちクソ真面目に答えるトコ」
「貶してるんですか?」
「や、そうじゃなくってさー。でも、いつも誰か待たせてる風だったなー、アイツ。姐さんたちとの遊びに誘っても全然ついてこなかったしさ。ねえ、あれはあんたの所為? あんた達兄弟なの?」
「…違います」
「ふーん。似てるんだけどなー」
似ている、と言われて少しだけ嬉しかった。一緒に過ごしたのはたったの二年程度だったけれど、影響を受ける位には近くにいたという事だろうか。
しかし遊びに誘ったなどという余計な一言にはムカッと来た。真朱がそんな不真面目な事をする訳がない。それにたしかこいつは真朱よりひとつ年下じゃなかったか。自分と比べてもひとつ年上なだけ、というのが納得がいかない。いくら暗部で実力があるからといって、こんなヘラヘラした男が真朱と組んでいたとは。
三代目が今迄俺と組ませなかったのがわかる気がした。この誠実さのカケラもない男を、俺が信用する余地などない。かえって不信感が増すばかりだ。チームとしてはとても動かせないだろう。

「お話がそれだけなら、失礼します」
「あー、聞かないんだ?」
「興味も何も、あなたに聞いたって仕方ないですから」
それだけ言って今度こそ、その場を離れた。



□■□



気に入らない。気に入らない!

訳のわからない苛立ちに襲われて、演習場の杭にクナイと千本を打ち込む。当然のように軌道が乱れたが、気にせずホルスターが空になるまで打ち続ける。実戦でこんなことではあっという間に死んでしまうだろうが、今はそんな事どうでもよかった。
ただ苛立ちを発散したくて。
何時任務が入るかわからない以上チャクラを無駄に使うことは出来ないので、術こそ出さなかった。が、本当はそこまでしたい気分だった。こんな時まで任務を考えてしまうのは真朱の教育の賜物だろう。
今日は暗部の任務ないのかな…。三代目に聞いて何かもぎ取ってこよう。
暗器を回収してイルカは三代目の執務室に向かった。



□■□



しかしそこにいたのは先刻まで顔を合わせていた男で。
イルカは憚ることなく眉を顰めた。カカシのほうは気にする事もなく涼しい顔で、それが余計にイルカを苛立たせる。
「おお、イルカ、丁度いいところへ来た。任務を受けてくれんかの?」
三代目が煙を吐きながら書類を差し出す。カカシが去らないのを訝りながら目を通していくうちに眉間の皺はそのままにイルカの片眉が吊り上る。
「これはツーマンセルの、しかも暗部の任務ですよね、三代目」
「ああ、そうじゃ」
「俺は誰と出るんですか?」
「そこに居るじゃろ」
「何がですか?」
イルカが睨みつけるのを無視して三代目がのんびりと煙管で指し示すのはやはり銀髪の男だ。
「そこに居るカカシ…、銀朱と行け、黒紅」
「…っ! 三代目っ!!」
「任務じゃ。今回の任務は銀朱ひとりでは出せんのでな。どうしてもツーマンセルが必要なんじゃが、こやつがお主と組みたいと言うもんでのう」
「…俺にだけ拒否権がない訳ですね」
イルカが顔を歪ませると、三代目が目を細めた。
「そろそろ好き嫌いをなくさんか。このままのお前ではいずれ忍として支障が出るようになる」
「……」
「黒紅よ」
「…すみません」
「よい。気をつけてな」
イルカは手の中で書類を燃やすと頭を下げた。
「御前、失礼致します」


「ちょっと待ってよー」
すたすたと廊下を歩く俺の後から呑気な声が掛かるが、イルカは無視してそのまま歩き続けた。
「ねえ」
その瞬間、後からぐいと髪を引かれた。弾みで髪紐が解けて髪が広がる。
「何すんですかっ!」
イルカは思わず大声を出して後ろへ跳んだ。前髪が落ちてきて視界を遮るのが鬱陶しい。髪を片手でガッとかきあげて続ける。
「何がしたいんですかっ! アンタはっ!」
相手が上忍だということも忘れて叫んでからカカシを見ると、いつもの眠そうな眼が少し見開いていた。
自分でやっておいて何て顔をするんだよ。何かされたのは俺だっての。
「時間に遅れないで下さいよっ。任務は任務ですからっ!」
俺はそれだけ言うとそこから走り去った。
手の中に残る髪紐を握り締めたまま、その場でカカシが呆然と立っているのには気付かなかった。




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(2004.08.24)

うちのカカシは先手を取るタイプなのか? いや、やっぱりヘタレかー。(笑)





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