黒紅





帰らない真朱を待っていたイルカは三代目からの式に呼ばれて暗部の医療棟へ急いだ。暗部の装束と面を纏って。
今までは帰って来られないほどの大怪我などした事がなかったのに。
縺れる足を叱咤して入った部屋に、獣面も白い暗部の衣装も真っ赤に染めた真朱が横たわっていた。

そして。
目が。

あの焔を持った目が。

無残に抉り取られていた。

叫びだしたいような気持ちを抑えながら黒紅は三代目を見た。三代目は小さく頷くと言った。
「うむ。自分で抉ったようじゃ。敵に渡っては不味いと思ったんじゃろう」
「そんな…。今回ツーマンセルだと言っていました! もう一人は! 何してたんですか!」
興奮する黒紅の肩を、三代目が抑えるように掴んだ。
「一緒にいたのは銀朱じゃ。ここまで連れ帰ったのもあやつでの」
「…銀朱?」
「お主はまだ組んだ事がなかったかの。あれも優秀な忍じゃ。あやつでも助ける事が出来んかったのじゃよ…真朱も覚悟をしたんじゃろう」
「…噂は聞いたことがあります。そいつも真朱と同じ…。手配帳に載って他の里にも知られた…」
「うむ。写輪眼の持ち主じゃ」
「…じゃあ、本当に狙われてたのはそいつじゃなかったんですか?!」
「黒紅…」
「真朱の目の事は、殆んど知る者がなかった筈だ! 真朱は、隠してたんだから! そいつの目が狙われてたんじゃ…!」
「黒紅!」
短く叱咤する声にビクリと動きを止める。
わかっていた。
自分達がそういう任務をしているということ。
他人の死。
自分の死。
でも真朱は自分のかけがえのない人だ。一番失いたくない…。
「真朱と銀朱はこれまでにも何度も組んでおった。もう何年になるか…、お前がここに来る前からの事じゃ。銀朱に悪意のあろう筈もない。それは信じてやれ。ここに戻っただけでも、忍び…特に暗部としてはめったにない事じゃからな」
三代目は口を噤んで震えている黒紅の肩をそっと叩き、少し時間をやろう、と部屋から出て行った。



□■□



白い部屋にふたり残されて、黒紅は面を外してしばらく真朱を見つめた。
ああ、とひとつ呟いて置いてあったタオルを洗面台で湿らせ、寝台の枕元に椅子を動かして腰掛ける。
それから真朱の顔をそっと拭き始めた。
額から頬を拭き、口元も拭う。白いタオルがあっという間に赤黒く染まる。
一度タオルを洗ってから窪んだ眼窩にタオルを当て、しかしその手を動かす事が出来ずに黒紅は嗚咽を漏らした。ぱたぱたと落ちる涙を拭うのも忘れて子供のように泣いた。真朱の頬を撫で、髪を梳いてみたが、再び笑いかけてくれる事はなかった。
「兄さん」
ねえ、起きてよ。
「    」
そう呼んでも返事はなかった。

両親を失った時、自分は何も出来なかった。
今また大事な人を失って。
何時までたっても、自分は何も守れない。
『イルカ』も、『黒紅』も、何も守れはしなかった。



□■□



手の中にある銀細工を転がしながら、イルカは演習場の木の上にぼんやりと座り込んでいた。今は暗部装束ではなく里の中忍以上の支給服だ。

あれが三年前の事だ。
あれから自分は殆んどの任務を単独でこなしてきた。それなりの働きをする俺に三代目は最大限の我儘をきいてくれたから、それに甘えた。
組む相手にも威嚇の牙を剥くような己の態度に目を瞑って、というのもあったのだろう。三代目に申し訳ない気持ちがないではなかったが、心の中に深く根付いたものは取り払えなかった。

一時は銀朱の事を調べ上げた。
手配帳に載るくらいだからそれは簡単なことだった。
『はたけカカシ』。
六歳で中忍になり、あとは華々しい戦歴。あの目は後から埋め込まれたものらしいが、それを餌に敵を引き寄せる、そんな戦い方をしてきたようだ。
銀朱のやり方はイルカには理解出来ないが、真朱は理解していたのだろうか。かなりの任務を共にしていたようだ。まるで銀主の身代わりになるようにして逝ってしまった。同じ目を持つもの同士通じるものがあったのだろうか。
それとももっと昔から親しかった?
自分だけが取り残された様でひどく卑屈な気分にもなった。

だから拘わるのを止めようと思った。
真朱と銀朱は正反対の生き方をしてきた。真朱は生まれながらにあの目を持ちながらもそれをずっと隠していた。ひっそりと三代目のためだけにその能力を使ったのだ。
イルカもそれに倣った。今更他の生き方も出来ない。
それでも、それまでは暗部の任務が主だった俺は中忍選抜を受けさせられた。単独任務はそう頻繁にまわるものでもないから、中忍になってどうでもいいような任務もこなせるように。それに年齢的にも下忍のままで任務に出るには上忍師がついてしまう。そんなものは必要なかった。かといって部隊長なぞやる気もなかったから、三代目の使いのような任務を選んで貰った。

それに。

真朱に言われた「任務を果たして生き残る事」だけは守ってきたが、生きる価値を失ってしまった俺には一種の後遺症が残った。真朱の言葉がなければ忍としては致命傷になる程の。
他人の殺してやる、という意識に反応しなくなったのだ。気配として感じる事があっても殺意としては感じない。通常非常に強い殺気ならば心臓を止めたり出来るものなのだが、黒紅は全く感じない。それが何であろうと敵なら倒すし味方なら手を出さない。それだけの技術を真朱は遺してくれた。
その意思にかかわらず誰だって死ぬときは死ぬ。敵が殺す気で来るのは当たり前だし自分もそのつもりで任務に出ているから。
殺したい感情に大小なんてないだろう?
望むのが相手の死なら。
死に種類なんかない。残った死体が綺麗か汚いか、それ位のもんだ。

覚えのあるような気配がして近くの木がしなった。
敵ではないが自分にとってはそれに近い人間。
鷹揚に視線を向けるとその先で銀色の髪が揺れていた。






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(2004.08.19)

あー、三話で終わらなかったです…。ようやくカカシらしいもの(笑)が登場。
なかなかカカイルになりませんね? 






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