黒紅





イルカはカカシが嫌いだった。

人をくったような話し方。不遜な態度。ルールを守らない。
暗部のくせにすぐ顔を晒すのはその左目の所為だとしても。
気に入らないところをあげればキリがない程だ。
そして何よりも…。
自分の大切な人に、自分の数段も近いところにいた。
それなのに。



□■□



「あやつと行け」
軽く言う里長に思わず顔を上げて剣呑な視線を向け、どういう事だと片眉をあげてみせる。
冗談じゃない。組む相手なんていらない。俺には。
それでも精一杯抑えた口調で言葉を返した。
「同行者は無用です」

いらない。

誰かと一緒に行動するなんて真っ平御免だ。足手まといを連れて行くのも足手まといにされるのも、どちらも嫌だ。
「暗部とて毎回ひとりで任務に出るという訳にはいかんのじゃぞ」
「では、俺を暗部から外してください」
「我儘を言うでない。任務じゃ」
里長の静かな視線と自分の睨みつけるような視線がぶつかるが、結論は一つしかなかった。里長に逆らう事は出来ない、それが忍びというものだ。
「あいつの方は承諾してるんですか」
「ああ、おぬしと同じような事をぬかしとったがの」
煙をぱあっと吐いて里長が笑った。
「…お人の悪い…」
自分が呟くのを楽しげに見遣ると、新しい獣面をこちらへ差し出す。
「イルカよ。おぬしの面はわしが預かる。今日からはこれで出よ。…もうそろそろ、前へ進まんか?」
「…今は"黒紅(くろべに)"ですよ、三代目」
「そうじゃったの。おぬしは"黒紅"であって"真朱(しんしゅ)"ではない。解っているのならいつまでも奴を追うのはやめよ。その面は置いて行け」
「……」
「"真朱"も、それを望んでいると思うがのう」
「…俺には、わかりません…」
古びた面をぼうっとした表情で二、三度撫で、力なく三代目に差し出そうとしたが、イルカは無意識にその指を離さず唇を噛んでいた。



□■□



能力的に言えばたいした敵ではなかった。
しかし人数だけは嫌になるほど多く、捨て駒ばかりが自分に向かってくるようで非道く気分が悪かった。これでは忍の必要ない戦のようだと黒紅は刀を振るいながら思う。普通は多勢に無勢とか言うんだけどなあ。
そしてもうひとつ気にいらない事は、同行者の行動だ。
「アンタもちょっとは働けよっ!」
少し目を離すと、銀朱(ぎんしゅ)は黒紅の戦う姿を眺めている。自分に向かってくる敵は虫でも掃うように倒しているが、積極的に参戦する意思が全く見えない態度に黒紅は怒鳴った。
その間にも手にした忍刀を振るって敵を薙いでいく。一振りごとに濡れ羽色の髪が風を切って流れる。
銀朱はその様を観劇でもするかのように眺めているのだ。
舌打ちをしつつ上忍と思しき者が切り込んでくるのを忍刀で受け、すりあげて流しながら痺れ薬を塗った千本で動きを止めた。
「情報くらい、アンタが取れ!」
命令口調に対して気にした風もなく、銀朱はカツリと面を割った。欠けた左側に現れたのは赤い眼で、写輪眼と言われるものだった。
「はいはい。うーるさいねぇ」
元々薬の所為で身動きの取れない敵忍は、銀朱の殺気でピクリとも動けなくなっていた。間を置かずして銀朱に見つめられた敵忍から辺りに響き渡るような絶叫があがり、激しく四肢が痙攣したかとおもうとドサリと頽れた。
「忍耐力が足りないねーえ?」
殺気を出したままニヤニヤと笑う男に吐き気がした。
言わなくてもいい事を言ってしまう位に。
「あんたは…」
「んー?」
「あんたはそうやって真朱も見殺しにしたのか」
吐き捨てるように言った黒紅の言葉を聴いた瞬間に銀朱が目を瞠り、その動きが止まった。
「!!」
「ああ、あんたでも驚いたりするんだ」
意味ありげにその顔を見て言う黒紅に、銀朱から大気が震える程の殺気が飛んだ。残っていた敵の数人が動けなくなり、それを幸いと黒紅は忍刀で首を落としていく。
「俺にはそういうの効かないから」
血刀を揺らしながら黒紅は銀朱に近付いていく。刃先から赤い雫がぽたぽたと零れて溜まっていくのを俯いたまましばらく見つめてから、くい、と首を傾けて視線を上げた。黒髪がひとすじ、面の上を横切る。
「殺気とか、そういうの俺にはわからないから、当ててきても無駄だよ」
「わからない?」
銀朱が反芻する。
「わからないよ。俺にとっては意味がないから」
「…ヘンな奴」
銀朱は瞠っていた目を今度は眇めて黒紅を見遣り、もう一度殺気を飛ばしてみる。が、確かにチャクラが毛ほども動じないのを見て取って殺気を消し、改めて口を開く。
「何故、真朱を知っている?」
黒紅は黙っている。
「何故?」
再び問われて黒紅は刀を振り、背中の鞘に納めて溜息をついた。
「この面に覚えがないのか? ああ、塗り直したから、あんたにはわからないのかな?」
面のおもてをするりと撫でながら言う。銀朱が僅かに動くのを見て取り、一歩前へ出ると銀朱のほうは一歩下がった。
「これが…真朱と里に還ってきた時には真っ赤だったよ。あの人の血を吸い込んで重たくなってた。本当は処分されるのを三代目に無理を言って俺が譲り受けた」
黒紅は噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「俺は真朱の真名も知っている…」
「…縁の者か?」
「縁…といえるかどうか。だがあんたが真朱を見捨てた事は知っている」
「俺は…」
「いい。あんたにはあんたの言い分があるんだろうから。だが、俺は勝手にあんたを憎むよ」
「…そう」
「言うつもりはなかったんだけどな」
ぽつりと黒紅が呟く。
面の上から頬を掻くような仕草を見せてから首をふるふると振り、シッシと追い払うように手を動かした。
「まあ、そういう事だから。アンタとはもう二度と組まずに済む事を祈るよ。さすがに顔見ると殴ってやりたくなるからな。ああ、処理、する気がないなら先に帰っていいよ。報告も俺がしとくから」
「…一緒にいるだけで不愉快?」
「いや、そういうんじゃない、と思う…」
「そう?」
「しいて言えば誰かと組むのが嫌い、かな」
「ふうん」
腕組みをして暫らく考えるそぶりの男は、やがて歩いて黒紅の横を通り過ぎようとした。が、真横で止まり黒紅に向き直った。
「これ」
銀朱が黒紅に手を突き出した。開いた掌に小さな銀細工が一つ乗っていた。
「…!」
見覚えがあるのか、黒紅の身体が固まる。銀朱がそれを見て言った。
「あいつが…、持ってた。遺品を持つのは禁じられているけど、あいつが大事そうに持ってた物だからつい…、誰に渡せばいいのかも解らないまま掠めたんだけど。あんたに返すのがスジのようだな」
黒紅の手首を掴んで掌を上に向けさせ、震えるその手にコロリと落とされたもの。それは、薄闇の中で鈍く光った。
小さな銀細工。
自分が、細工した、いびつな形の。
「じゃ、頼むね」
そう言って銀朱は踵を返し、闇に溶け込んで行った。
残された黒紅は、手に乗った物を握り締めて、泣いた。




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(2004.08.10)
カカイルになってませんね。おかしいなぁ。スレイル目指して挫折…。三話分くらいかな?





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