銀朱





カカシのようになりたい。

そう言ったイルカは今、静かに眠っていた。
張り詰めていたものがやっとが解けたのだろう、少し話をしていただけなのにあっという間に寝入ってしまった。真朱の事も結局あまり話さなかったけれど、とりあえず少しは気を許して貰ったらしい。反応がないのは少し淋しいが、顔色が悪いのはともかく、以前のような苦しげな表情でないだけましだった。
「俺のように…、本当はなってもらっても困るんだけどね」
カカシは苦笑する。
イルカの布団に添って畳の上に寝そべり、片手で頭を支えてもう片手で黒髪を摘んだ。眠りにくいだろうと髪紐を解いた姿はあの任務の時に見た姿を思い出させるが、血泥に塗れていない今は嘘のようにあどけない。
「俺みたいに、じゃなくても…、イルカは強くなれるよ」
俺は正確には強いわけじゃあない。強くみせるのが、感情をシャットアウトするのが上手いだけなんだと思う。イルカも同じようにしているところはあるけれど、何に対しても俺より正面から向き合っている気がする。
この真っ黒で素直な髪のように。
その証拠に暗部任務の時は口調に、それ以外では態度に感情がストレートに出ている。常に感情を押さえている俺と比べて。
何れにせよ、体調が万全でない今のイルカでは何をどうしても心許ないから、全てはもっと復調してからだと思った。

考えてみればこの部屋に入るまでは喧しいと感じていて気配が、室内では全くなかった。結界が張ってあるのだろう。イルカは現役の暗部だし、一緒にいた真朱の慎重さを考えてみれば当たり前の事だったが。
――まあ、これなら大丈夫かも。
カカシはぐるりと部屋を見渡し、いくつかの確認をした。
きっと真朱はイルカの事を家族として可愛がっていたのだろう。あの真面目な性格で手を出していたとも思えないし、イルカにそういう面の嘘がつけるとも思わない。この結界には明らかに真朱の癖がみえる。おそらく真朱がイルカを守る為に与えたものだろう。
――真朱に負けたくないから、真朱の遺したものを利用させてもらうよ?
この辺が似て欲しくないとこだよねぇ、と、イルカには見せたくない本音を思う。
いつの間にか自分にも襲ってきた睡魔に欠伸をかみ殺し、目を閉じた。
ここなら、イルカの気配なら、安心して眠れる。




□■□



イルカが目覚めた時、目の前に銀色のふわふわしたモノがあった。
「ん…、なに…?」
寝ぼけた頭はなかなか働かず、ぐいぐいと目を擦る。
しばらくぼーっとしてから、ビクリと固まった。いや、動けなかった。
(ここ、俺んちだよな…?!)
見上げた天井も布団も見慣れた自分のものだったが、身体が自由に動かないのは眼前の銀色の手足が自分に絡みついているからだ。
(なな、なんでっ?)
確かに昨日、カカシを家に連れてきた。で、その後俺が倒れて…。
そうだ、それで寝かされて…、で、なんで一緒に寝てるんだよーっっ!
「…っククク…ッ…」
不意に銀色が揺れて笑い声がした。
「クク…、あんた面白すぎ」
驚いて見れば、カカシがさも可笑しそうに目を細めていた。
「起きて…っ!」
「あー、ごめんごめん。うっかり俺も寝ちゃったんだよね。イルカを抱きしめてるとなんかすごい気持ちよくてさぁ」
「なんだよ、それ」
頬を膨らませて言うイルカに益々笑いが漏れる。だいぶ良くなった顔色とくるくると変わる表情に気持ちが温かくなる。
「…も、馬鹿にして…」
「や、そんなんじゃないって。……ねえ?」
「…何ですか?」
「ここに住んじゃダメ?」
「は?」
「俺、イルカと一緒に住みたい」
「ええ?」
目を丸くしたイルカに、縋る様な視線を送ってみる。
「こ、こんな状況でそんなこと言われても…」
へどもどしながら視線を泳がせるイルカに、とりあえず嫌がられてはいないと察する。最悪の場合、逆に嫌悪される事も考えていたけれど、イルカの表情にそれは感じられなかった。
「返事は今でなくていいから。それより、もうちょっとこうして居させてよ」
「う…」
イルカは言葉に詰まったまま顔を紅潮させた。首まで染める様子にカカシもくすぐったい気分になる。
このままコトに及んだら…また拗れるんだろうな…。
想像に難くないので、小さく息を吐いてイルカを抱く力を強めた。腕の中でもぞりと動きかけたイルカはそれでもカカシを押し退けたりせずにじっとしていた。気持ち上がった体温を感じながら伝わる鼓動に目を閉じる。
「…いいですよ」
ぽつりとイルカが呟いた。
「え…」
カカシは思わず瞠目した。何、今の、気のせいじゃないよね?
「あの…」
赤いままの耳や項が目に眩しいんだけど、ホントに気のせいじゃないよね。
「いい、って言ってんだよっ!」
怒鳴りざまぎゅーっとカカシの胸を両腕で押し返して、イルカが布団から逃げ出した。カカシが慌てて足を掴むとそのままドサリと顔から倒れた。
「う、わぷっ!」
「あ、ごめ。だって逃げるから…」
鼻を押さえて突っ伏すイルカを慌てて抱え、布団に戻して無理やり掛け布団を被せる。
「まだ寝てなきゃだめでショ」
「寝てられるかっ…」
むっつりと答えるイルカに苦笑しながらも再確認した。
「さっきの…、本当に?」
「…しつこいなぁ。イヤなら別にいいです…」
「イヤじゃない! …って、俺の希望だし!」
布団の上から抱きついたカカシにイルカは苦い顔をしながらも頷いた。
「でも、俺まだ掃除とかしたくないんで、もう少し待って下さい」
「うん。どうせ俺はそんなに荷物もないけどね」
「はい」
「あと、もう一つ」
「…?」
「これは俺の単純な希望なんだけど…。怒らないで聞いてね」
一応断りをいれてからカカシは考えていた事を吐露した。
「イルカには…、出来れば暗部を辞めて欲しいと思う」
「っ…!」
「いや、暗部をやる実力があるのはわかってるよ。それは認める。だけど殺気がわからないっていうのは…、諸刃の剣だと思うんだ。きっといつか重大な事に繋がるよ。俺はそれが怖い」
イルカから視線を外さずにカカシは続けた。イルカの視線も揺らがない。
「この前のようなことは、もう嫌だから…」
そう、これに関してはイルカを医療棟に運び込んだ後、カカシがずっと考えていたことなのだ。殺気を感じることがないイルカには戦闘中の恐怖心が薄かった。それは強みではあったけれど、逆に生に対する執着心そのものを削ぐものでもあるような気がしていた。
イルカの死にたくないという執着心があまりにも薄すぎて怖かった。諦めたら死んでしまうのに。強いのにあっけなく死んでしまうなんて、許さない。
「それは…、三代目からも言われてはいるんだけど…」
「三代目が?」
「もうじきナルトが…、アカデミーに入るので、そちらの監視をしろと…」
「ナルトか…」
「あいつのことは赤ん坊の頃から知ってるし」
「…そうなの?」
「俺、暗部に入る前は三代目の屋敷にいたから。ナルトは…、面倒見てくれる暗部はいても、遊び相手とかそういうのがいなくて、いつも一人で。だから、たまにだけど相手をしたことがあって…」
あー、三代目が目にかける訳だよ。こんな人暗部に入れるなんて絶対おかしいよなあ。先に三代目に掛け合った方が良かったかもしれない。
カカシは心中で呟いた。




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(2004.11.25)
この人たち、部屋から出る気配なしです(笑)





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