銀朱





「ナルトのことはどう思ってますか?」
布団に流れるイルカの髪を弄びながらカカシは聞いた。イルカはしばらく天井を見つめてから口を開いた。
「正直九尾のことは思い出します。あれはもう…どうしたって忘れようがない。
でもね、そればかりじゃないんです。あいつだって赤ん坊の頃から一人だった。
俺には両親との思い出もあるし、真朱もいた。でも、ナルトはそれも持ってないんですよ。三代目だって忙しいですからそうそうあいつに構ってられないし…」
イルカは息をつくとカカシを見た。
「俺もね、暗部に入ってからはほとんど会ってません。だから、多分あいつは俺の事をちゃんとは覚えてない。なら、教師として、もう一度あいつと新しい関係を築けるかもしれない。あいつの腹の中に九尾が居ようが居まいが、教師と生徒として、やっていけるかもしれない」
とつとつと話すイルカをカカシは目を細めて見た。
やっぱりこの人は強い。ただ、己が身を削る強さなのが切ない。
「ナルトの監視、といわれた時には三代目に反発して俺はやらないと言ったんだけど…。考えてみればあれはきっとわざとですね、監視だなんて」
「うーん、そうかもね。あんたなら逆に怒ってナルトを庇いそうだもん。ま、ジジイのが何枚も上手だからねえ」
「ジジイ…、って三代目に向かってなんてこと言うんですか」
「だって俺、ジジイからみたら孫、いや曾孫弟子なんだもん」
「は? 曾孫?」
「俺の先生が四代目で、四代目の先生が自来也。で、自来也の先生が三代目。てことは曾孫でしょ?」
「え…、よ、んだいめ…、じら…」
それを聞いてイルカがぱくぱくと口を動かす。その慌てぶりが可笑しくて笑いながらイルカの頭をくしゃくしゃと撫でた。当人は耳を赤くして口元を曲げる。
「そ、そんな大それた人とじゃ、一緒に住めませんねぇ!」
突然言い始めるイルカに、今度はカカシが慌てた。
「え、ちょっと、そりゃないでショ?! 一度いいって言ったんだからね! 前言撤回なんて認めないよっ?!」
枕元に両手を付いてイルカを覗きこむと、憮然とした表情の中に黒い瞳がゆらゆらと揺れていて、思わず吸い込まれるように近付いた。カカシの顔が至近距離になり、イルカがギクリと身体を強張らせた。
カカシは顔を近付けたままイルカの視線を捉えて離さない。
「な、に…」
「キスしたい。キスしていい?」
「なっ…!」
イルカの顔があっという間に赤く染まり、何かを言おうと唇が薄く開いた。カカシはそれを好機ととってそのまま口付ける。
ちゅ、ちゅ、と啄ばむように何度も繰り返し、下唇をかしりと軽く噛んだ。
イルカが抵抗してくるかと思ったが、軽く握った拳をカカシの胸元に当てただけでそっと目を閉じている。カカシの胸を押す拳が小さく震えていて、思わず自分が酷い事をしているような気分になってしまう。
「ん…ぅ…」
イルカが苦しげにした事に気付いて唇を離す。
「あー、ごめん…」
ガリガリと自分の髪をかき回して思わず謝るカカシからぷいと顔を背けてイルカが言った。
「…あやまんなよ…」
「イルカ…」
「あやまんなくていいよ…」
相変わらず耳も顔も赤いイルカを見て、嬉しくなって再び布団の上からがばりと抱きつくと、身体を捩って逃げようとする。
「もー、重いっ! 調子に乗るな!」
「うん」
「あ! あんた…、カカシさん、任務は? ここでのんびりしてていいのか?」
イルカの言葉にカカシはぴくりと耳を立てた。
「わ…、もぉ一回言って!」
「?」
「名前、俺の名前」
「カカシ…さん?」
「あー、なんか凄くいい感じ〜」
やに下がったカカシと逆にイルカはげんなりした顔になると、布団から足を出してカカシの脛を蹴飛ばした。
「…わかんねぇ。いいから任務に行って下さいよ。俺はもう一度寝るんですから」
「大人しく寝ててよ? あとでメシ買ってくるからね」
「その位自分で出来ます」
「あんたは家から出ちゃダメなんでしょ? とりあえず身の回りのちょっとした物も買って来たいしね。三代目に話もしてきます」
「…はい。いってらっしゃい」
「いってきます」
なんでもない言葉が、とても嬉しかった。



□■□



あれからすぐにイルカは暗部を抜け教職についた。俺はそれまで通り暗部の任務を続けていた。
入学したナルトはやはりイルカを覚えておらず、毎日反発して手を焼かせているらしい。成績もあまり良くないようだ。同じ年頃の子供達と比べて明らかに体格が悪く、悪戯ばかりしていた。それでもイルカは毎日根気よく相手をしており、たまに覗きにいくと騒ぐナルトと大声で叱るイルカの姿が見られた。
他の教師達はナルトにあまり係わらない。良いところも悪いところも見ない。イルカだけがごく普通の教師としてナルトに接していた。ナルトの学習の遅れは、褒められも貶されもしない環境によるものが大きかっただろう。イルカ一人では全てをフォローすることは出来ないし、贔屓することも出来なかったから。
たまにイルカにそのことを言うと、仕方がないですよと淋しそうに笑った。
九尾の事はあらゆる意味で禁忌であり、迂闊に他人が口を挟めるような問題ではなかったから。
しばらくして俺にも上忍師をするようにとの下知がおりたが、育てようと思えるような子供に当たらなかった。結局一人の下忍も受け持たず時が過ぎた。

そして禁書持ち出しの事件が起きる。
たまたま俺は任務で里に居なかった。イルカは黒紅としての元々の実力と、暗部を辞めてからも勘を鈍らせないためにと偶にランクの高い任務をこなしていたおかげで、一番にナルトを見つけ出し、ミズキと対峙した。
その時自分が里に居れば、あんな風にイルカに大ケガを負わすこともなかったと臍をかんだが、幸いナルトにはいい方向に働いたようだ。
まあ、イルカが卒業が認めたおかげで俺に上忍師のお鉢がまわってきたのだが。
結局俺の試験もごーかくしちゃったしね。

「イルカせんせー、まだ帰れないの?」
(早く帰ってイチャパラしましょー♪)
「あ、すいませんカカシ先生。あと少しで終わりますから」
(ぎゃー! 職員室で触ってくんな!)
(まあまあ、怒るとシワになるヨ〜?)
今日も先に任務の終わった俺がイルカを迎えに行く。
同じ里内勤務になったおかげで、最近は結構毎日イルカとじゃれあっている。向こうは相変わらずの性格だから、毎日俺が怒られてばかりいるけれど、それすら楽しい。最初はイルカのことをからかって呼んだ「せんせー」が今ではすっかり板に付き、今度は逆に上忍師になった俺がからかわれた。
いつかの黒紅のように何もかも綺麗に諦めるようなことは、今のイルカはしない。寧ろ諦めなくなった。守るものが多すぎてしょっちゅう怪我をしているが、真朱だけを頼りにしていた黒紅の頃のようなことは、もうない。
俺の事も少しは頼りにしてくれてるみたいだし。
……多分、ね。
ただ、たまに長めの任務に付く時、見送る瞳がそれは淋しそうに揺れていて、行きたくないとさえ思う自分に呆れる。イルカが「行くな」と口に出したことなど一度もないのに。
だから俺は必ず帰る。イルカの処へ。裏切らないために。
イルカに踏み込んだ責任を取る方法は、イルカと共にあること。
淋しい、と未だに口にすることが出来ない彼の人の肩を掴んで、何度でも自分の方を向かせる。それは初めの頃は切ない作業だったが、最近ではそれも楽しみに変わりつつある。
イルカが俺の後に真朱を見なくなった所為もあるのかもしれない。
滅多にはないことだが、イルカが静かに近寄ってきて何も言わずに背中にもたれ掛かってきたりすると、この上もなく幸せな気持ちになる。
乱暴な言葉でも、気持ちを隠さず言い合えることがとても大切な気がする。
イルカは以前大事な人たちを「家族」と言った。
ならば。
今、自分がイルカにとって「家族」であればいい。
そう、強く願う。




END


(2004.11.30)

ようやく終わりました。今の私の精一杯を出したつもりです。はふ〜。
長い間お付き合い下さりどうもありがとうございました。思えば夏から書き始めてもう冬になろうとしています。年を越さなくて本当によかったと思います…(涙)
亀の歩みを見捨てないで下さった皆様に感謝を!






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送