銀朱





「どうぞ」
通された部屋は一人暮らしには少々広いくらいだった。
「ここね、真朱と二人で住んでたんです。はじめの頃は俺まだ暗部にも入れてなくて一人で留守番とかが多くて。あんまり静かな所よりも賑やかなほうがいいんじゃないかって真朱に言われて、それでちょっと喧しいんですけど…」
イルカ自身落ち着かないのだろう、苦笑いをしながらどんどん話し出す。
「あ、今お茶を…、ああ、酒のがいいのかなあ?」
「イルカは病み上がりなんだから酒はまずいよ。気にしなくていいから寝ててよ」
「そういう訳には…」
「じゃあ、茶でいいよ。それ終わったら座って」
イルカが台所に立つ間、茶の間を見渡すとそれなりに雑然と物が積んであっていかにも一人暮らしという感じがしたけれど、気になる事を一応聞いておく。
「彼女とか部屋に来るの?」
「は? いや、そんなのいませんよ?」
きょとんとした顔で言った後、それはそれで恥ずかしい告白だったと思ったのか急に顔を赤くして俯いた。
「ああ、ほら、お邪魔だったりしたら悪いなー、と思って」
カカシが取ってつけたように言い訳するとガチャガチャと音をたててイルカは茶を注いだ。それを運んできてカカシの前に湯飲みを置く。
「邪魔も何も、そんなのいませんよ。どうせ…」
「どうせ、何?」
「あ、いえ、何でもないです」
イルカは視線を逸らして口を閉じた。言いかけて止めるの、気になるんだけどなあ。
茶を飲むために口布を下げると、イルカの視線を感じた。あー、ちゃんと顔見せたの初めてだっけ。
「結構オトコマエでショ」
少し茶化して言うと、イルカはぶんぶんと首を振った。
「結構どころか…かなり…」
「そんなに気に入った?」
「なっ、気に入るとか、そういうんじゃあ…」
「ま、とにかく俺はこんな顔してんの。こっちはこんな」
そう言って、カカシは額宛も外して見せた。縦に走る傷が露になり、閉じていた左目がゆっくりと開く。
「……どう?」
赤い目に浮かぶ焔を、イルカはどう思うだろう?
「綺麗…です」
「無理しなくてもいいよ。俺のはいつも出っぱなしなんだよね。気持ち悪いでショ」
「いや、本当に綺麗ですよ…。焔が三つあるんですね。真朱は二つだったなあ…。あ、真朱の目は普段黒かったですけど」
卓袱台に乗り出すようにカカシの目を凝視するイルカに胸がちりりと焼けた。
――イルカが見ているのは、俺の目じゃなくて、真朱の…。
イルカの指が顔に向かってそっと伸ばされたのを、カカシは思わずぱしりと叩き退けていた。
「ッ…!」
「あ…!」
一瞬二人して固まったが、イルカの咽喉からやけに掠れた声が出た。
「あの…、ごめんなさい。嫌ですよね、他人に無闇に触られるなんて。俺、考えなしで…、ホントすみません」
「あー、と、気にしないで。反射的につい」
カカシはしまったと思ったが、イルカはすっかり俯いてしまった。イルカは元々真朱のことが好きなのだ。家族同様だと言っていて、ちゃんとこうして同じ部屋に住んでいたのだから。
「真朱の部屋は?」
「ああ、今は物置ですよ。全て処分され…しましたから」
少し顔を上げて淋しそうに笑うイルカ。
「何でこの家にずっと住んでんの?」
「それは…、物は処分しても、真朱の記憶はなくなりませんから。それに住み慣れちゃいましたからね」
「ふーん。ね、その喋り方やめない? 黒紅の時は違ったよね?」
「それは…、暗部じゃない時、あなたは上忍で俺は中忍ですから、そういうわけにはいきません」
眉間に軽く皺を寄せて言うのにこちらも苛立った。
「あんた少しくらい俺の言うこと聞いてもいいんじゃないの? どうなのよ?」
とるつもりのなかった高圧的な態度に、イルカの顔が白くなる。三代目の前にいた時のようにその身体が竦むのがわかった。
そんなに怖がらないでよ。
自分でしたことなのに、こちらのほうが参ってしまいそうだ。
だが、イルカの顔に表れた表情は恐れではなくて怒りだった。
「そ…いうところが、あるから、っ! 間をとるんだよっ!」
「え?」
「も、いい! 帰れっ!!」
イルカは急に立ち上がって玄関を指差した。衝撃で湯飲みがカチャンと転がり、幾分温くなった茶が卓袱台から畳に零れる。
「どうせ! 俺はもう誰かを認めるなんてしないっ! 誰も俺に踏む込ませない! もう放っておいてくれ!」
叫ぶように捲くし立てるイルカを見上げていたカカシだが、直後に頽れたイルカを慌てて抱きとめた。
「ちょ、大丈夫? だから寝てろって言ったのに」
「うるさい…、もう、放っておいて…」
もう自分では動けそうもないのに、まだ意地を張って憎まれ口をたたいて…。
この人、強いんだか弱いんだかさっぱりわからないね。
でも誰も認めないなんて、それこそこの俺が認めないよ?
いったんイルカを床に寝かせ、勝手に押入れを開けて布団を敷くと、カカシはイルカをそこに寝かせた。
「相当な意地っ張りだよね…」
その脇に座りこんだカカシが呟くと、イルカは顔を反対側に捻って視線を避けようとした。
「あー、無駄だって。俺、今あんたを襲おうと思えば襲えるんだよ?」
「ば、馬鹿じゃねえの…?!」
「大真面目だよー」
「俺は男だっ!」
「そんなの関係ないって前にも言ったじゃん」
「あるに決まってんだろ!」
「なんでさ?」
「なんでって…」
「ほら、答えられない」
「それは…っ」
尻すぼみになる返事に気をよくして、前言撤回を狙う。
「何で誰も認めないなんて言うの?」
「どうせ…、居なくなるから…」
「ん?」
「どうせ居なくなるんなら、初めからいらない…」
ぽつりと零した言葉に、カカシはもうこの世にはいない真朱を羨んだ。
あんた本当にイルカの心の中に食い込んでるんだな…。
イルカは腕を顔の前で交差させて表情を隠してしまったが、カカシはその手首を掴んで腕を開いた。相変わらず青ざめてぎゅっと目を閉じ眉が顰められているのがたまらない。
「居なくならない」
カカシはイルカの頬を撫でた。びくりと身を竦めるのに苦笑する。
「襲ったりしないよ。大丈夫」
眉間の皺に指を伸ばし何度か撫でてやると、やっと力が抜けるようになった。
「俺も大事な人を何人も無くしてきた。イルカもきっと同じだと思う」
ゆっくりと続けた。イルカの瞳がそっと開き、カカシを見つめる。
「真朱は…、真朱が死んだ時、一緒に任務に出てたのは俺だ。あいつは俺の写輪眼を守るために一人で敵を引きつけていた」
イルカが僅かに目を瞠る。
「俺が行ったとき、真朱はもう自分の目を抉っていて…、失血も多くて。
俺は看取ることしか出来なかった。間に合わなかった。守れなかった。
いつもみたいに…その場で処分することも出来なかった。血塗れの真朱を抱いて里に戻ったよ」
自分のてのひらをイルカの目前に翳す。
「でも…、俺はこの眼と引き換えに色々失ってきたけど、それを忍としては後悔してない」
声が震えたが、隠すつもりもなかった。
忍として後悔していない、それは本当だ。忍として生きてきた自分を卑下するつもりも恥じる事もない。十五年もそうやって生きてきた。
「無くしても、無くしても、俺は諦めない。いなくなんて、ならない」
じっとカカシを見ていたイルカの手が、カカシの手に重なった。
「あんたは…、強いな…」
そう呟く。
「俺も…、あんたみたいに、なりたい」
「…なれるよ、絶対」
眦から涙がひとすじ零れて落ちる。
握り合った手をイルカの胸の上に置いたまま、カカシは涙の痕に口付けた。





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(2004.11.11)
やっとカカイルの気配が…(苦笑) あとちょっとです。





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