銀朱





前の任務で、半ば悔し紛れに人事不省に陥る直前の黒紅に酷くあたった。
彼が毒を受けて普通じゃない状態になっているとわかっていたのに。
そのくせ、こっそりと何度も病室にまで様子を見にいったりした自分はいったい何なのか。
三代目の元へ行き、改めて黒紅の容態を確認し、彼が直ってもチームは組まないと告げると、三代目はしばらく瞑目し「何があったのか」と尋ねた。
隠しても仕方ないとカカシは自分達の行動を全て話した。
イルカが諦めていたこと、自分がそれを誹ったこと。そんな自分と黒紅ではもう組めるはずがないということ。
三代目は黙って全てを聞き、やってきた人の気配に部屋の片隅を見遣った。カカシもそれを察し、気配を消して陰に潜んだ。気配が黒紅のものとわかっていたから。
入ってきた黒紅は意外にも自分の居所を探っていた。礼を言わねばならないから、と。イルカの拙い探りを眼を細めて見ていた三代目が咳払いをしながら部屋の陰を見た。
「聞いたか、カカシ。お主の心配したようなことはないようじゃの」
陰から出てきたカカシに気付かなかったのだろう、黒紅は顔を赤くした。
同時に僅かに竦められた背中に思わず溜息が落ちる。
あんな風に言っちゃったもんなあ…。
「あんたは俺が怖くないんだと思ってたけど…」
「こっ、怖いわけなんてないじゃないですか!」
黒紅はカカシの言葉に反論するが本当かどうかはわからない。
「あの、御迷惑おかけしてすみませんでした。私の力不足です」
深く頭を下げたまま黒紅は動かない。
「イルカよ、まだ完治ではないのじゃから、一旦自宅待機じゃ。よいな」
「は。…御前失礼致します」
三代目にそう告げられて黒紅は俯いたまま執務室から退出した。
「イルカ…っていうんだ」
呟いた俺を可笑しげな顔で三代目が見る。
「お主のことじゃからとっくに知っていると思ったがな」
そう、俺は知らなかった。調べればすぐ分かっただろうけれど、しなかった。いや、出来なかったというほうが正しいかもしれない。本人から聞かなければ、真朱を死なせてしまった自分は許されないと思っていた。
「生きている者は…先を見たほうがよいと思わんか?」
三代目がカカシに問う。
「先…ですか」
「忍だからといって、未来が閉ざされているわけではなかろう?」
「…そうでしょうか」
「失敗も後悔もあるじゃろうが、先に進めぬ者には何も守れんよ。イルカは死んだ者に囚われすぎている。お主とて同じじゃ」
里長の目は優しい。
「話をしてみよ。お互い何を考えているのかをな」



□■□



俯きがちに廊下を歩く黒紅の後姿に追いついて手を伸ばそうとすると、彼は自分の頬をパン!と叩いた。
「わ…」
突然のことに思わず声が出る。
「あ…、どうも。さっきは…」
黒紅が再び頭を下げるのを見て、カカシはポケットに手を突っ込んだまま近付き、目を細めて言った。
「この前みたいに怒鳴ってる方があんたらしい」
「なんですか、俺らしいって!…」
反論に一旦開いた口をまた閉じた黒紅は、結局続きを言わずにくるりと後ろを向いて足を進めた。カカシはそれを逃がしたくなくて腕を掴んだ。
「逃げる事ないじゃない」
腕を引かれて振り返った黒紅の目に涙が溜まっているのを見て、カカシはギクリと動きを止める。
――え、え? 何…どういうこと?
「な、何…?」
「…何でもありません。離して下さい」
離れようとした黒紅をカカシは許さず、引き寄せてもう片手でその顔に手を伸ばした。頬を撫で、髪を滑らせる。
目を閉じた黒紅の頬に涙がひとすじ流れた。
「俺が寝ている間に来ましたか?」
「…うん。なんだ、バレてたんだ」
「夢…だと思ってました。でも、その手が」
「真朱みたいだった?」
「…っ、……はい…」
途端に頼りない顔をした黒紅をカカシは思わず抱きしめる。
「真朱の真似したんだ。あんた苦しそうな顔して寝てたから。あいつ、俺がへばった時、たまにああいう風にしたから…」
「そう、ですか…」
悄然とした顔に胸が詰まる。
「真朱の話、しようよ。あんたそのままじゃ壊れてしまいそうだ。全部聞いてあげるし、知らないことは教えてあげる。この前みたいなことはもうダメ。俺の目の前でなんか、もう誰も死なせやしない」
黒紅はぐっと目を閉じてからカカシの胸を押し戻した。そしてカカシと真っ直ぐに目を合わせる。
「俺、話しだすと長いですよ」
黒紅の言葉を聞いてカカシは破顔した。とりあえずでも黒紅が聞く耳を持ってくれたから。
「まずは、名前。教えて貰える?」
俺の名前はなんだか言わなくても知られているし、黒紅の名もさっき三代目から聞いたから知っているけれど、本当の名を本人の口から聞きたい。
「あ…。俺…、俺の名前はイルカ」
「イルカ、か」
ようやく口に出来た名を胸の奥で何度も反芻する。イルカ…イルカ。
「イルカね。可愛い名前だなー」
「なっ、何ばかなこと言ってんだ!」
可愛いというのに反応したのか、顔を赤くして反論してくるイルカは初めて会った頃と比べると随分幼く感じる。黒紅という仮面を被っている時にはかなり気を張っているのだろう。イルカという人物には、どうにも暗部の影が似合わないような気がした。
「俺は、はたけカカシ。知ってるよね」
「…はい」
「とりあえず、どっか落ち着くトコで話さない?」
「え、ああ、そうですね。うちに来ますか?」
「…いいの? そんな簡単に気を許しちゃって」
「別に気を許したわけじゃないですけど、外で話す話題でもないし…」
話しながらその顔に射す影に眉を顰める。そうだ、まだまだイルカにとって自分は気を許す仲なんかじゃないんだった。
「そうだね、イルカがそれでもいいなら」
出来るだけイルカを刺激しないように。考えてみれば今までこんな風に誰かに気を使ったことなんてないかもしれない。
「何、笑ってるんですか」
無意識に苦笑していたらしく、怪訝そうに言われて慌てて顔を引き締める。これじゃあ不審人物だ。
「あ…っと、なんでもない。連れてってくれる?」
「はい」

イルカの後についてカカシも歩き始める。雑然とした人通りの多い商店街の一本裏手にイルカの部屋はあった。
――あまり静かとは言えない環境だなあ。
カカシは他人の気配が苦手だから、家も静かな場所に持っている。もちろん任務であればどんなところでも寝泊り出来るが、自宅は別だ。
鍵を開けているイルカの横顔を斜め後ろからちらりと見ると、辺りを見回す自分の仕草に気付いたのだろうか、「喧しいところですいません」と小さく詫びてきた。
――いや、謝ってもらうほどのことじゃないし。
そう思ったのだがいったいなんと返したらいいものやら。
「や、そんなことないです」とか、こちらももごもごと小さな声で答えた。
考えてみれば一緒にいて気にならない…というかイヤではない気配というのは、今までに数えるほどしかなかったな。
イルカはその数少ない中に入るのだ。かつての真朱のように。
けれど決してイルカは真朱のかわりなんかじゃ、ない。それを告げないと。




NEXT


(2004.11.05)
変なところで切れてしまいました(汗) 相変わらずじりじり。





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送