銀朱





両腕の拘束を解かないまま、カカシは黒紅にのんびり話しかけた。
「ねぇ、飯食いに行かない?」
「はぁ?」
黒紅は腕を掴まれたまま目を瞠り、更に仰け反った。
「なんで俺があんたとなんか…!」
「それ」
「は?」
「それだよ。あんた俺のこと怖がらないよね。それって結構貴重なんだよねー」
カカシはバカ正直に伝えた。そのほうがいいと思った。
「あんた殺気がわからないって言ってたでしょ。俺ねえ、そういうの任務の時には完璧にコントロールしてるつもりなんだけどね。まあ、外に居れば大概そんなの剥き出しにしてるんだけどさ。それがねえ、里にいる時はさ、ダメなんだよねー。たまーに滲み出ちゃうみたいでさ。なんか怖がられちゃって、俺と平気で一緒に居られる奴って数えるほどしかいないんだよね」
「…で?」
「あんたその点鈍感みたいだからさ、飯ぐらい平気で食えるでしょ?」
言い方が気に入らなかったのか、黒紅はカカシを思いっきり突き飛ばして身体を離した。
「俺はあんたのそういうところが大ッ嫌いだよっ!」
鼓膜が破れそうな大声で怒鳴りつけて、さっさと踵を返した。その後姿を呆然と見送っていたカカシだったが、我に返り笑い出した。
「ホントおもしろい…」
追いかけて追いつかない訳ではないのだがカカシはそのまま黒紅を見送った。
「真朱…俺はあんたの…」
ベストから前に拾った髪紐を取り出す。細工のついていない素っ気無いただの青い組紐。こっちの方が黒紅に似合う、なんとなくカカシはそう思った。



□■□



黒紅との関わりを断ちたくなくて、その後もカカシは任務の相手推薦した。自分を指名してくる任務は沢山あるから、組む相手はカカシの希望が優先される。比較的序列のない暗部の世界でも任務への適正だけは重要視されるから、三代目にまで進言できるカカシは比較的自由にできた。

三代目の前で会う黒紅は前にも増して遠慮がなくなっていた。

「またですか」
「えー、いいでしょ」
「またしょって帰るのはイヤなんですけど」
「今日は大丈夫だってー」
「あんたの大丈夫なんて絶対当てにならない」
「ちょっとは信用してよー」
「そんなの出来るもんか」
「黒紅さーん?」
「おぬし等は顔を合わせるたびに…、よく飽きないのう。まあ、喧嘩するほど仲がいいと言うからの」

三代目は気楽な顔をして煙草をふかしているが、したり顔であることは間違いない。はじめの頃は渋っていた三代目も、最近では他の任務と被らない限り黒紅と組むことを許可するようになった。円滑に任務が行われる、カカシのようなクセのある忍をスムーズに動かすことが出来るだけでも御の字だと思っているのだろう。その他にも含むところがありそうだが、狡猾な好好爺の裏はさすがに読めない。
黒紅のほうも、以前ほどの刺々しさはなくなった。任務がやりやすいという事実を本人も感じているからだろう。

そうこうして出た任務で思いがけず行動を分断された。黒紅に限ってこんなことはなんでもないことだと自分に言い聞かせるが、いやな胸騒ぎが離れない。
そして感じた気配にカカシは焦った。
黒紅の酷く乱れたチャクラが感じられる。…しかもかなり弱っている。
怪我をした? 術にはまった?
敵を切り捨てながら焦燥と共に進む。最後と思しき敵忍を屠って気配に向かっていくと、地面に黒紅が転がっていた。
手探りで這っているところをみると目をやられたのだろう。カカシは慌てたまま手当てしようと近付いた。
ところが。
その這いずる体から力が抜け、胎児のように丸まった。髪紐も獣面も外れて髪が顔の周りにわだかまっている。
濁った瞳をぽかりと開けたまま、黒紅はハァ、と息を吐いた。
そしてロクに見えていなだろう瞳をそっと閉じた。

――何やってんの。
それで敵が来たらあんた殺られちゃうでしょうが。
そんな風に無防備に地面に転がって。
ねえ、諦めるの?
生きることを…。

冗談じゃない。
諦めるなんて許さない。
「あんた、何諦めてンの」
見えるわけでもないだろうに、黒紅は声のした方へのろのろと顔を向ける。
「きったない顔して…」
嘘だ。汚れているけど、穢されていない顔。
「そうやって死んでくつもり?」
そうやって綺麗な顔をして、俺を置いて死んでしまうつもり?
突然呻き声を上げ、黒紅は更に丸くなった。
銀朱は舌打ちを一つすると丸まった身体に近寄り、座り込んで「黒紅」と呼びかけるように呟やく。親指と人差し指で汚れた顎ををぐいと挟み、自分のほうに向かせてから頬を叩いた。
「諦めたら、死ぬんだよ?」
その声が届くか届かないかのうちに黒紅の意識が落ちた。カカシは焦りながら応急処置の毒消しを口に含ませ、目元にチャクラを流し込む。あとは黒紅を抱え上げてとにかく急いで里へ戻った。専門家に診て貰うのが一番いい。
早く。
とにかく早く。





□■□



医療棟に飛び込み治療を急かしたが、結局黒紅の受けた毒は思ったより酷いものではなかった。治療によって完治するものだったことにほっとする。
あの印象的な眼が潰れてしまうなど考えたくもなかったから。
当分意識が戻らないだろうと言う医療班の言葉を信じて、カカシは黒紅の病室に入った。
目元にぐるぐると包帯を巻かれ、淡い水色の単を着せられて眠っている黒紅。
点滴のチューブが伸びた左腕をするすると触ってみると思いの外体温が低かった。毒を受けた後の所為もあるだろうが、その冷たさは黒紅に似合わないような気がした。同じように色をなくした顔。
自分の体温を移すように頬を両掌で包んでみる。
しばらくそうした後、片手を外して頬を撫で、額に滑らせ、髪を梳いた。
何やってんだろーね、俺は。
自嘲気味に口元だけで笑って首を振る。
幾分色の戻ったような気のする頬を再び撫でていると、指先がピクリと動いたのを感じた。慌てて一瞬のうちに手を引き気配を消した。
指先がシーツを緩く彷徨うのを見てじきに意識が戻ると判断し、安堵と少しの残念さと共に、ひっそりと部屋から出た。






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(2004.10.27)
こっそりではイルカに通じないですねぇ…。





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