銀朱





里への帰り道は行きと違って多少時間がかかった。当然背中でへばっているカカシの所為だったのだが。
細身に見えるカカシだが、上忍なだけあって身体は鍛えてある。成人男子なのだからそれなりの重さもある。しかも完璧な脱力状態なのだ。それなのにおんぶされて里に帰らなければならないなんて恥ずかしい以外のなにものでもない。
「よく…こんな風になるのか?」
足を進めながら黒紅がぼそりと声をかけてくる。
「あー、たまにね」
こちらもとにかく気まずいのでぶっきらぼうな返事だ。
「札…」
黒紅は前を見据えて走りながら聞いた。
「札の作り方、真朱に教わんなかった?」
札…ああ、真朱の。チャクラの無駄遣いを防ぐために真朱が開発したやつか。あれは効率は良いんだが自分のようにスピードを主として動く忍には発動までの間が少々面倒くさい。忍犬を呼び出して指示したほうが速いことが多いのだ。
「ああ…、札ね。うん、作り方は聞いたけど俺あーいうの向いてないみたい。なんか面倒くさくてさ」
「面倒くさい…って! 命に係わることだろっ!」
荒げた声が耳からだけでなく振動で胸からも伝わるのが心地いい。
「そうなんだけどね。ま、俺は忍犬も使うし、いざとなったらそっち頼みかな」
「あんたならそんなに難しい作業じゃないだろう?」
「まーね」
「なら、なんで?!」
「犬、八匹もいるし」
「……」
どうやらカカシの答えは黒紅のお気に召さなかったらしい。でも、俺は俺で、真朱は真朱だ。同じ事ばかりは出来ないし、忍としてのスタイルが違う。
黒紅の走る足元が荒くなるのについつい余計な声をかける。
「もーちょっと静かに走れないワケ?」
「うるさいっ!」
「…えーと」
「何かっ?」
「いや…」
俺は真朱じゃない、と思わず言いそうになってもぞりと動いたが、さすがに憚られて口を噤んだ。
それきり黙りこくった黒紅は里へ向かって急いだ。里に着くなりカカシを暗部の医療班へと連れて行き、あっという間に帰ってしまった。
またか、と慣れた調子で言う医療班にまあね、と答えてカカシはベッドに投げ出された身体をうーん、と伸ばした。どうせしばらくは立つことも歩くことも出来ない。考える時間だけは沢山ある。



□■□



もしかしたら黒紅が自分のところに来るかも知れないという期待は淡く消えたが、聞けば黒紅は自分の容態を聞きにきたという。
完全に嫌われたわけではないようだと感じて、しばらく様子を見ようと思った。そう思うこと自体がカカシにとって稀な事だと気付かずに。
夕暮れ時に黒紅を見つけたカカシは気配を完全に消して近付いた。
任務を終わらせた後らしい黒紅は、薄暮れた道を歩きながら考え事をしているようだ。首を傾げたり時折頭をぶるぶると振ってみたりと忙しい。
「はあ。ばかみたいだよなー、俺が気にするなんて。大体、全部あいつの指示だったんだし」
そう呟くのを聞いて自分のことだとわかった。その瞬間気配を消していたことがばれるのも気にせず黒紅に近寄った。
「だーよ。あんたが気にすることない」
突然真後ろに降って湧いた声に驚いた黒紅が慌てて飛び退る。
それを見てついつい不躾な言い方をした。
「なーにぼんやりしてんの。ホントに暗部?」
「う、うるさいっ! あ…な、何か…俺に、用ですか?」
仮にも格上の相手だと思い出し、慌てて言葉を直したようだ。
「や、一応礼を言っとこうと思って」
「え?」
「だから、礼。里まで背負ってきてくれたでしょ」
「それは…、そんなのは当たり前だから礼なんかいりません」
カカシは目を瞠ると、そのまま腰を曲げてクツクツと笑った。
ほんとそっくりだね、あんたたち。
「何なんですか!」
憮然と言い返すイルカの顔を見るが、何故か胸がちりりとした。
「はは…、いや、あんたの返事、真朱と同じだからさ…」
肩を揺らし口元を曲げながらカカシが笑う。
「……」
真朱の名が出て、黒紅は目に見えてぎくりと動きを止めた。
「初めて真朱の前で動けなくなった時、あいつもやっぱり黙って俺を背負ったんだよねー。礼を言ったらこれまたあんたと同じことを言い返した」
カカシが黒紅を見る。
「あんたたち、本当にそっくりだ」
何故だか胸が苦しいような気がしてカカシは眉を顰めた。
「あんた、真朱に惚れてた?」
「…は?」
「真朱と寝てたの?」
そう言い直すと、一瞬青くなって目を丸くした後、黒紅の顔に血が上った。
「なっ、何、ばかなこと言ってんだっ!」
「あんたっ! なんで俺と真朱が…! 真朱を汚すようなことを言うのは俺が許さないからなっ! なんで…、なんであんたみたいな奴と真朱が組んでたのか、俺にはさっぱり理解出来ないっ!」
激高する黒紅を見て、何故かカカシの表情が緩んだ。
「なんだ…、てっきり…」
それを聞かずに黒紅は声を荒げた。
「真朱が許していたとしても…、俺、俺はあんたとは…」
黒紅が拳をぎゅうっと握った。
「俺のことが気に食わないんなら、もう構わないでくれ! 任務の指名なんかわざわざしなくっていい! そんなに気に入らないなら、あんたの目に触れないような遠くの任地へでも行かせて貰うから…ッ…!」
途中から黙り込んで、拳を握りこんで小さく震えている黒紅を見て、カカシは極まりの悪い顔をしてガリガリと銀髪をかきまわした。何か失敗したみたいだけれど、何がダメだった? 遠くの任地って、なんでそうなるの?
「…泣く事ないじゃない」
「なっ、泣いてなんかいませんっ」
グスリと鼻を鳴らしながらイルカが反論した。その顔が、何というか。
カカシは再びガリガリを髪をかきまわしてから、両手を耳の横に挙げて降参のポーズをとった。
「ごめん、俺の言い方が悪かった」
「…っ!」
「だって一緒に住んでたって三代目が言うから…」
「何でそれが…」
本当に黒紅にはわからないらしい。そう思うと安堵した。
「それにこれ…」
カカシは黒紅の髪を撫でた。いや、正確には髪紐を。
「真朱がこういう風にしてた。…こういうのは…、恋人の形見とか、そういうんじゃないの?」
カカシの言い様に、短絡的すぎると黒紅は反論した。
「これは、思い入れがあるからこうしているんです。元々これは俺が真朱の為に作ったものです。それを真朱が離さず身に付けていてくれたから…。俺にとっては確かに大事な形見ですけれど、そんなの恋人同士だけじゃないでしょう? 俺にはその時…真朱がたったひとりっきりの家族だったんだから」
「家族?」
「そうです。そりゃあ血の繋がりは全くないですけど…。人間関係って、それだけじゃないでしょう? 夫婦とか、養子とかあるじゃないですか」
「だから恋人だって」
繰り返すカカシに言い放つ。
「…単なる例えです。だいたい男同士なんだし」
「男同士だって恋人になるよ」
「…っ! とにかく俺と真朱はそんなんじゃありません! 俺にとっては兄のような存在でした! …あー、もう、俺こんなとこで何言ってるんだろう…」
黒紅は急に口元を片手で覆って唸りながら俯いた。カカシはその首筋が赤く染まっているのを見つめて口の中で小さくもう一度呟いた。
「…男同士だって…」
「は?」
黒紅が顔をあげて問い返すとカカシは首をぶんぶんと振った。
「とっ、とにかく変なことを言うのは止めて下さい。任地のことは三代目に…」
黒紅が言いかけるとカカシが手で制しながら言った。
「別に俺はあんたに嫌がらせしたいわけじゃないし、指名したのは単に任務がやり易かったからだから。…だから遠くに行くなんて言わないでよ。変なこと言ったのはホントに謝るからさ」
途中から肩を両手で掴み、真正面から見据えるようにした。こんな風に見つめあうのは初めてだ。
「わ、わかりました。わかりましたから離して下さい」
身体をぐいと仰け反らせて黒紅がカカシから距離をとろうとするので、カカシは腕に力を入れた。




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(2004.10.23)

イルカがぼけぼけしているので、カカシの押しがなかなか通じません。
しかも当のカカシもぼんやり気味(汗)






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