銀朱





ツーマンセルの任務は久し振りだった。ここの所はもっと大人数で出て、最終的に単独で行動するようなものが多かったのだ。
組むのは今日が初めての相手だった。
ふたり、ってのが面倒くさいんだよねー、と一人ごちる。
黒紅と名乗って現れたのは、自分よりも年若い長めの黒髪を垂らした男だった。一瞬何処かで見たような気がしたけれど、知ったチャクラの質ではなかったので単なる気のせいだろうと思った。

その晩の任務はツーマンセルで出るほどの難しい任務でもなく、三代目も随分慎重になったもんだと呆れる。それでも見知らぬ黒紅の実力を試すには丁度いいかと高見の見物を決め込んだ。
この位でおたおたするなら二度と組やしなーいよ。
しかし、よくよく眺めてみれば黒紅は案外いい動きをしている。敵を切るのにも躊躇がなく、無駄な動きも少ない。
その上。
見知った戦い方に似ているような気がした。刀の使い方や身のこなし。
そう、昔一緒に居た…。
「アンタもちょっとは働けよっ!」
のんびりしていた俺に罵声が飛んだ。『銀朱といえば写輪眼のカカシ』だってのを知らないわけじゃあるまいし。こんな口の訊き方をするヤツは滅多にいないんだけどねー。
その間にも手にした忍刀を振るって敵を薙いでいく黒紅を銀朱は見つめた。一振りごとに濡れ羽色の髪が風を切って流れる。
うーん、何だろーね。
こっちに跳んでくる敵はさっさと屠った。相手をしてやる価値もない奴等だ。
「情報くらい、アンタが取れ!」
見ればターゲットを押さえた黒紅がこちらに向かって怒鳴っている。なんだか怒りっぽいヤツだねー。
「はいはい。うーるさいねぇ」
さてしょうがないと、銀朱は面を割り写輪眼と言われるものを露わにする。
元々薬の所為で身動きの取れない敵忍は、銀朱の出した殺気でピクリとも動けなくなっていた。間を置かずして銀朱の紅い眼に見つめられた敵忍から辺りに響き渡るような絶叫があがり、激しく四肢が痙攣したかとおもうとドサリと頽れた。
「忍耐力が足りないねーえ?」
殺気を出したまま思わず笑ってしまう。
と、近付いて来ていた黒紅が呟くように言った。
「あんたは…」
「んー?」
「あんたはそうやって真朱も見殺しにしたのか」
吐き捨てるように言った黒紅の言葉に、銀朱は何かで殴られたような気分になった。思わず目を瞠り、動きを止めてしまう。
「!!」
「ああ、あんたでも驚いたりするんだ」
意味ありげに自分の顔を見て言う黒紅に、大気が震える程の殺気を飛ばしてしまった。
しまった! こいつは味方だった…。
銀朱は制御できなかった自分の行動に慌てたが、黒紅は全く動じずに動けなくなった敵の数人の首を手にした忍刀で落としていく。
「俺にはそういうの効かないから」
血刀を揺らしながら黒紅は銀朱に近付いていく。刃先から赤い雫がぽたぽたと零れて溜まっていくのを黒紅は俯いたまましばらく見つめていたが、くい、と首を傾けて視線を上げた。黒髪がひとすじ、面の上を横切る。
ぞくりとした。
今までに感じたことのない感覚。
「殺気とか、そういうの俺にはわからないから、当ててきても無駄だよ」
「わからない?」
思わず反芻する。殺気がわからないって、何よソレ?
「わからないよ。俺にとっては意味がないから」
「…ヘンな奴」
瞠っていた目を今度は眇めて黒紅を見遣り、もう一度殺気を飛ばしてみる。が、確かにチャクラが毛ほども動じないのを見て取って殺気を消し、改めて口を開く。
さっきの名前を。忘れられない名前を…、何故?
「何故、真朱を知っている?」
黒紅は黙っている。
「何故?」
再び問うと黒紅は刀を振り、背中の鞘に納めて溜息をついた。
「この面に覚えがないのか? ああ、塗り直したから、あんたにはわからないのかな?」
面のおもてをするりと撫でながら言う。人の面になど興味はない。
ないが、言われて改めて見た面は、…昔。
銀朱が僅かに動くのを見てとった黒紅が一歩前へ出ると、銀朱は思わず一歩下がった。
「これが…真朱と里に還ってきた時には真っ赤だったよ。あの人の血を吸い込んで重たくなってた。本当は処分されるのを三代目に無理を言って俺が譲り受けた」
黒紅は噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「俺は真朱の真名も知っている…」
真朱…、真朱の真名…。
そういえば、俺は結局教えて貰ってないなあ。何年も一緒に行動したのに。この男…黒紅はそれを知ってるのか…。
「…縁の者か?」
「縁…といえるかどうか。だがあんたが真朱を見捨てた事は知っている」
見捨てた? 見捨ててなんか!
見捨ててなんかいない…。
「俺は…」
「いい。あんたにはあんたの言い分があるんだろうから。だが、俺は勝手にあんたを憎むよ」
「…そう」
あの時、あの姿の真朱を黒紅は見たのだろうか。いや、きっと見たのだろう。でなければ憎むとまで言われないだろう。あの頃、俺の周りをやけに嗅ぎまわるやつがいたけれど、よくある事だからとたいして気にもしなかった。あれは黒紅だったのだろうか。
「言うつもりはなかったんだけどな」
ぽつりと黒紅が呟く。
……言わないつもりだったのか。俺を目の前にして、この男は。
黒紅は面の上から頬を掻くような仕草を見せてから首をふるふると振り、シッシと追い払うように手を動かした。
「まあ、そういう事だから。アンタとはもう二度と組まずに済む事を祈るよ。さすがに顔見ると殴ってやりたくなるからな。ああ、処理、する気がないなら先に帰っていいよ。報告も俺がしとくから」
「…一緒にいるだけで不愉快?」
「いや、そういうんじゃない、と思う…」
黒紅は少し間をあけて考え込むように面の口元に指をあてた。
「そう?」
「しいて言えば誰かと組むのが嫌い、かな」
「ふうん」
歩いてそのまま黒紅の横を通り過ぎようと思ったが、思い出したものを隠せず黒紅の真横で止まり向き直った。
「これ」
銀朱は黒紅に向かって手を突き出した。物入れから取り出した小さな銀細工を一つ乗せて。
「…!」
見覚えがあるのか黒紅の身体がぎくりと固まる。銀朱はそれを見て、ああ、やはり、と思った。
「あいつが…、持ってた。遺品を持つのは禁じられているけど、あいつが大事そうに持ってた物だからつい…、誰に渡せばいいのかも解らないまま掠めたんだけど。あんたに返すのがスジのようだな」
黒紅の手首を掴んで掌を上に向けさせ、震えるそこにコロリと落とした。
いびつな形の小さな銀細工。任務に出るときの真朱の髪紐の先に、いつからか光っていた細工。一度不細工だからやめればと貶したら、普段はあまり感情を表さない真朱がそんなことはないと真面目に反論してきた。だからきっと誰か大切な人に貰ったのだろうと勝手に思っていたのだ。てっきり女にでも渡されたのだろう、と。
「じゃ、頼むね」
そう言って銀朱が踵を返し、闇に向かって足を進める。一瞬の間のあと、後から震える気配がした。
泣いているのか。
そうか、真朱には泣いてくれる人がいたんだな。




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(2004.10.13)
カカシサイドのお話。当然ながら黒紅とほとんど被ってますが…。





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