小話


2007/07/09

「やっぱあとが淋しいよな」
がさがさと葉が擦れあい教師や生徒たちがさんざめく中でぽつりと落とされた声をカカシの耳は聞き逃さなかった。

夜になり招かれてもいない家の窓からするりと忍び込むと少し酔ったような困ったような顔をした家主が振り向いた。
「あれ、今日は任務で帰れないんじゃなかったんですか?」
「その筈だったんですけどね、依頼人の都合で延期になりました」
「そうですか、それじゃあ仕方ありませんね。けど俺んちに来る予定もなかったと思いますけど?」
言いながらイルカは軽く首をそらし手にした湯飲みを傾けた。ごくりと音を立てながら酒を嚥下すると晒された咽喉仏がゆっくりと上下して、その様をカカシはつい見つめてしまう。
「や、だってイルカ先生淋しそうにしてたから」
「は?」
わからないといった表情をするイルカの手から湯飲みを奪い卓袱台に押しやりながら額宛、口布と取り去っていく。
「昼間アカデミーで昨日の後片付けしてたでしょ?」
しばし考えながらイルカはああ、と頷く。
「七夕のですか」
「うん、そう。ちょうどね、通りかかったのよ。そしたら」
「?」
「アナタ淋しいとか呟いてるし」
あ、と口を押さえてしばらく固まっていたイルカの顔が一段赤くなりやがて俯いてしまう。
別にいじめてるつもりはないんだけどなぁとカカシは後頭部を掻いた。
「イルカ先生あーいう祭の後、みたいなの苦手なんだよね。だけどさぁ、外であんな顔しないでよ」
俯くイルカの頭を胸に引き寄せてカカシは続けた。
「あーいう顔見て引き寄せられちゃうヤツもいるの。俺みたいにね?」
なに馬鹿なこといってんですか、と胸元でイルカがもぞもぞ身を捩るが離してやらない。
だって嫌なものは嫌なんだからしょうがない。閉じ込めてやりたいと思うくらいの独占欲は持っているのだから。
「ま、とりあえず淋しいとか言う余裕はなくしてあげましょうね」
イルカの口を塞ぎながらカカシは苦く笑い、抱きしめる腕に力を込めた。


2007/06/28

「イルカ先生、やーらしぃ」
「は?」
「だから、やーらしぃなぁと思って」
「何失礼な事言いやがってんですかこの上忍様がっ!」
「う゛(汗) だってさっきからね、本読みながらこう…」
「?」
「唇をつーっ、つーって撫でてるんですよね」
「…」
「その仕草がなんてやーらしぃんだろうと」
「そんなもん気になるんだったらとっとと自分ちへ帰れっ!」
「えーっ! そんな勿体無い!」
「…」
「そんな目で見ないで下さい」
「…」
「…ちょっとドキドキするかも」
「出てけっ!」


2007/05/23

「ちょっと!」
「ん〜、何です?」
「髪ばっかり弄るのやめてくれます?」
「え、何で? 好きなんだもん、いいじゃない」
「俺が好きなのか髪が好きなのか、どっちかにして下さい」
「…凄い二択だね」
「決めやすいでしょう?」
「あー、もう、ゴメンなさいって。イルカ先生が好きに決まってるでしょ? ちょっと短くなってて吃驚しただけ」
「……」
「あなたじゃなくて、髪が切られただけで良かったと思ってるんです。こんな首元切られて…髪はまた伸びるけどイルカ先生がいなくなったら元も子もないんですよ?」
「……」
「気にしてるんでしょ? 俺は呆れてるんじゃなくて胸を撫で下ろしてるんですからね? お願いですから俺に黙って面を被る任務に出ないでよ…」
「……ごめんなさい」
「とりあえず今夜は離しませんからね〜」


(髪を首元で結って任務にでる暗部イルカさん)


2007/03/15

「なかなかの荷物ですねー」

両手に紙袋を下げたイルカを見てカカシが呆れた声を出したが、イルカはきっちりと無視した。それを予想していたカカシは畳み掛けるように続ける。

「誰彼なくホイホイ物を貰うからそーいうことしなきゃいけなくなるんですよ」
「何でも勿体無いとかいうのもどーかと思いますね」
「俺みたいに一人だけって決めりゃーいいのに」

黙って横を向くイルカは言い重ねられるうちにこめかみを震わせ口元をひくひくと引き攣らせる。荷物を床に置いて椅子に腰掛け、我慢我慢と腹の底で繰り返したもののやはりそれは無理な話で。

「うるさいっ! 内勤には内勤の付き合いってもんがあるんですっ!!」

結局大声で反論する羽目になった。

「大体ね、半分以上は誰かさんのお陰のイヤガラセなんですからね!」
「えー、あなたが半端にモテるのがいけないんでしょ?」
「半端とか言うなっ! この甲斐性なしっ!」
「か、甲斐性なし〜っ? 聞き捨てなりませんねっ!」


「いーからさっさと配ってきたほうがいいってばよイルカせんせー?」
「カカシ先生もいい加減任務に来て下さいっ!」
「…だな」

聞こえた三者三様の言葉にイルカは顔を赤くしてガタリと席を立った。

受付の机の前には遠巻きなギャラリーが出来上がっていて、嫌な汗を滲ませたイルカが恐る恐る横に居た三代目を見ると「休憩してよし」と溜息をつかれた。
瞬間赤い顔のままカカシを鬼の形相で睨みつけて消えたイルカと当然のように追いかけるカカシ。

残されたのはまた遅刻かと肩を落とす子供たちと床に置かれた紙袋。
三代目が遠い目でぷかりと煙を吐いた。


2007/02/23

いつもの茫洋とした表情とは裏腹な切りつけるような視線。

ああ、これが。
これが最前線に出る者の。

里に縛られた自分には縁のない空気。
かつては自分も身を置いていた空気。

凝視する俺に呆れたのか表情をいつものものに戻し、不信気に眺めるに留めたカカシを残念に思った。
まだその空気を嗅いでいたかったのに。
戻る事の適わない場所の…。

「何? 俺の顔がそんなに珍しい?」
「いえ…そういう訳では。不躾に見てしまい申し訳ありません」
「別にいいけどね。用がないならもういいよね?」
机上に置いた報告書をコツコツと指先で叩くとカカシは踵を返した。

その背中を見ながらほんの少し落とした溜息を。
カカシが拾っていたことにイルカは気付かなかった。


2007/02/02

待って。

そう叫んだはずなのに声が出なかった。
これは夢なのか、現実なのか。
叫んで手を伸ばした先に誰がいたのかが思い出せない。

呼んだ。

ただそれだけが、自分の出来たこと。
それ以外何も出来ず、何も届かず。
伸ばした手を落として拳を握り締めた。

けれど。

力なく握ったその手に上から重ねられた温かい掌。
いつからかその温もりに慣れていった自分。
これをなくした時どうなってしまうのか。



恐ろしくてとても考えられない。




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