「うっさいわね、折角の酒が不味くなるでしょっ」
 戯言なら他人に聞こえない様にヤんなさいっ

  鋭い一括が、雑多な居酒屋の空気を切り裂いた。

  事の起こりは数人の上忍が、その店に入り込んだ時だった。
 適度な値段でそれなりの味のその店は、基本的には中忍の行き付けなのだが、偶にふらりと『庶民の味』を求めた上忍達が訪れる。
 だから、それ事体は特に可笑しな事はなかったのだ。
  しかし、その上忍達は店を見廻した後。
 態々内勤の中忍が宴会を開いている一角に近付いて席を取った。
  他にも場は…騒がしい飲み会の横等では無く…在ると言うのに無理に其の場を選んだ理由はすぐに知れた。
 何故なら酒が届くか届かないかの内に、如何にもな大声で当て擦りの篭った毒の在る科白を吐き始めたからだ。
  
  曰く、
   狐の子守りをしていれば任務もせずに安泰に暮らせる
   最近は高名な上忍にまでも擦り寄って、其処迄して身の安全が計りたいのか、等と。

  青褪めたり、顔付きが険しくなったり。
  中忍達の反応を愉しむ様に大声での『愚痴』は続く。
 どんなに不快に思おうとも『酒の席の戯言』。微妙に里の規約に引っ掛かりかねない言葉が在っても目くじら立てて訴える程の事では無い。
 その癖、上忍相手に文句を言えば代償は命に関りかねない。
 承知でやっている分質の悪い、嫌がらせ。 
 だが、肝心の標的となった男はいつもの穏やかな表情で皆の世話をしながら静かに酒を酌み交わしている。
 それ故に、意地になった上忍は次第に声を張り上げていった。

  騒がしい筈の、居酒屋。
 なのに明かな悪意の在る声が、他の『音』を何もかも飲み込もうとした時

  凛とした声が、全てを制したのだった。

  一人で静かに飲んでいた美貌の上忍の、キツイ言葉。
 それに周囲が同意の気配を見せ始める。
  …確かに、面白がって聴いていた人間も居たかもしれない。
 だが、所詮は悪口雑言。一仕事終えて寛ぎに来た場所で聞きたい物では無い。
  『酒が不味く』なるのである。
  只、上忍相手に誰も言えなかっただけなのだ。

  その空気を感じ取ったのか、上忍達も漸く口を閉ざし。
 暫し無言で酒を煽った後、そそくさと出て行った。
  中忍達の宴会もその後お開きとなり。
 淡々と杯を重ねていた美女もやがては帰り支度を始める。
  多少の問題はあったが、それなりに酒を愉しんだ紅は店を出るとゆったりとした足取りで自宅へと向い始めた。

  と、その背に向ってクナイが降り注ぐ。
 だが、避けるまでも無く姿が消え。反対にクナイを投げた相手へと攻撃が掛けられる。
 しかしそれをまた、相手も承知していた。
  仕掛けられる、攻撃。繰り出される幻術。
 かわしては破り、新たに掛け直し…術と術、そして体術の応酬が続く。
 「何処まで持つかな?幻術使いさん。」
  嘲りを込めた声は、先刻の居酒屋の男の物。
 「幻ごときで同じ上忍の、それも男と遣り合えるなんて思っちゃいねぇよな?」
  言葉の中に捕食者の優越感が見え隠れする。
 『拙い…』
  男達が考えている事が…丸判りの劣情。しかし、状況は紅に不利であった。
  3対1。おまけに同じ里の忍とあっては殺す訳にもいかない。
 そして、先程の男達の中には前に紅と任務を共にした奴が居た。
 …つまり手の内をそれなりに知られて居るのだ。

 術と気殺とで身を隠しながら、打開策を練っていると
 『!?』
  僅かながらも読み取っていた『敵』の気配が消えた。一つ二つ…次々と消え。
 「終わりました、紅先生。」
  聞き覚えのある声が、した。
 

  「先刻は有難う御座いました。」
 深々と頭を下げるのは顔見知りの中忍。
  「礼は要らないわ。不快だから言っただけだもの。」
  それより貴方、どうして此処に?
 転がされた『馬鹿』共を見下ろしながらの会話。紅の質問に、いつも通りの穏やかな表情で如何にも凡庸に見える中忍が答える。
  酔った同僚を送り届けてから、戻って参りました。一言、お礼が言いたかったので。
 でも、お帰りになった後でしたし本当は明日にでも、と思ったのですが
  「前々より先刻の方々の『悪評』は聞いて居りましたから。」
  万一を思って気を追わせて戴きました。 

  何気なく言っては居るが
 里中で特に警戒していなかったとは言え…元々希薄な上忍の『気』を、それなりに時が立ってから追ったと言うのだ。
  通常では考えられない事であった。

 「ふ…ん。」
  改めて目の前の男の品定めをする紅である。
 どうやら自分が思って居たより遥かに『骨』が在るらしい…中忍の。

 「それで紅先生。」
  どうなさいますか?
 促されて、思い出す。文字通り『目の前に転がった』問題、を。

 「このまま転がして置いても良いのですが。」
  紅先生はどう為さりたいですか
 穏やかに訊かれて、暫し考える。
  このタイプは絶対に根に持つ性質だ。それにあの手馴れた様子から考えると、質の良く無い前科も在りそうだった。
 「そう、ねぇ。」
  二人でこそこそと相談する。
 そして…

  男達は捕らえた獲物を舌舐め擦りしながら眺めていた。
 極上の美貌。極上の、身体。そして、それに相応しい誇り。
 その全てを踏み躙る愉悦に浸りながら全員で襲い掛る。
  その時
  組み敷かれた美女がにやり、と笑った。美女に相応しく無い獰猛な笑み、で。 
 途端、変化が始まった。
  鍛え上げられてはいても柔らかく繊細な作りであった肉体が、どんどん巨大化する。
 骨は太く強く、筋肉は荒縄にも似て。胸は起伏を失い…代りに、下肢に余分な高まりが現れた。
  里でも先ず見かけない鋼の肉体を持つ巨人が其処に、居た。
 「げ・幻術かっっ」
  慌てて幻術返しを行う面々。だが、悪夢は消えず…それ処か影分身を使ったらしい巨人がそれぞれに男に襲い掛って来た。
 「ヒィ・・・」
  悲鳴を上げて逃げ惑う男達。印を組みもしないのに次々と凶悪な変化を繰り返す様に完全に錯乱状態に陥っている。
 それを顔だけは変らぬ美貌の、巨人達が高らかに嘲笑った。
 そして、楽々と男達を捕らえ…

  男達は自らが行おうとしていた『悪行』を自身の身体で味わう事となった。

  言葉にならぬ悲鳴を上げながらのた打ち回る男達を冷めた眸が見下ろしている。
 「面白い薬ねぇ。」
 「拷問用ですから。」
  尤も、所詮は『夢』。それなりに綻びは在るんですけどね
 「紅先生が幻術使いだと知っていらっしゃるのが仇となって、それ以外に頭が回らないみたいです。」
  これでは効果が切れるまで正気に戻る事は無さそうですね
  穏やかに笑う中忍を改めて見直す紅である。


 「この薬、どれ位持つの?」
 「さぁ、明日までは続くと思いますが。」
  一応、その人間の深層心理に従って過去仕出かした『悪』を自身に還元して行く様になっていますから。
 「此れ迄の悪行を、総攫え出来るかも知れませんね。」
  にっこり
  何の含みもなく微笑む中忍に、応えてやはり翳り無く微笑む上忍。
 「ねぇ、気分治しに飲み直さない?」
  私、良い店知っているの 馬鹿に煩わされたりしない、場所をね
 「それは良いですね。」
  是非、お相伴させて戴きます


  そして、見た目だけは酷く穏やかに優しく。
 二人は連れ立って繁華街へと戻っていった。

 

  終わり




     「天手古舞」のちゃきっ様より相互リンク記念に頂きました。ありがとうございます!
     紅先生素敵〜vv カカシ先生もし見ていても日頃の行いを思い出して出るに出られなかったものと思われます(笑)

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