受付所傍の、廊下でのコトであった。
目敏く愛しい尻尾を見つけて高速で走り寄ったカカシ、だったのだが。

「あの、イルカ先生…」
「はい?」
 朗らかな笑みを浮かべたイルカ。何故か恐ろしく丈の長い白衣を身に着けている。
だがそれ以上に気になるのが裾からちらちらと見える足元で。
その形状は、何度見直しても間違い無く・・・ピンヒール、だった。

「・・・・・」
「どうかしましたか?カカシ先生。」
 沈黙してしまったカカシに無邪気な顔をしてイルカが訊ねる。
何時もなら涎モノの可愛い表情だが、今のカカシには堪能している余裕なんぞ全くなかった。
 …何故なら、その『ヒール』に見覚えが在ったからだ。
そう、アレは一ヶ月程前…無理矢理暗部任務に駆り出された時。
目の前の黒ピンヒールを履き、暗部装束に短パン蝶型の面を装着したイルカは…
幾股にも割れた長鞭を片手に高笑いしつつ任務をこなしていたのである。
元暗部だとさえ知らなかったカカシの、目撃してしまった時の衝撃には計り知れないモノがあった。

が。

『どう言うコトですかっっ!?』
 と詰め寄ったカカシに、イルカは笑顔で

『似合いませんか?皆褒めてくれるんですけど。』
 と欠片の恥じらいも罪悪感も無しに応えてくれた。

『だから何で!通常の暗部服じゃないんですかっっ どうしてそんな格好…』
 それでも。ゼーゼーと肩で息をしながらも更に喚いたカカシに対して。

『はぁ、実は…』
 イルカは漸く、自分がこの様な姿をする事になった裏事情を説明してくれたのだった。
…それも、カカシが文句を言えなくなるような…『暗部事情』を。



 だからと言って、あんな格好を他人に晒して欲しくないカカシである。
まして、此処は木の葉の施設内。幾ら白衣で隠しているからって、こんな姿で歩き回って良い場所では無い。

「…イルカ先生、拙いですよ、その格好。早く」
 着替えて、と言うよりも先に

「え、でも必要なんです。」
カカシ先生を探しに来ただけですから。御一緒して下さるのなら直ぐに『奥』に引っ込みますよ
 屈託無く答えが、暗に着替える気は無い事を主張していて。

「…判りました。」
 カカシはガックリと頭を垂れて頷いた。
その視界の端で白い布がちらちらと翻る。それに釣られるように、此方にちろちろと視線を投げて来る忍達にカカシは念入りに殺意を返して回った。
暗部の『姫』の信奉者は非常に多いのだ。その上一般の忍の中にまで恋仇を増やす訳にはいかない。

「お付き合いしますからっっ早く『奥』へ行きましょう!」
 兎に角、と。
カカシはイルカの背を押すように急かしながら『奥』の…尋問部のある方へと向かう事にした。





「で、イビキが何か?」
 促されるままに完全防音がウリの尋問部屋の一室へと足を踏み入れる。
カカシが捕えた敵絡みやら写輪眼絡みやら、呼び出されても不思議は無い情報は幾らでもあるのだ。
 だが。

「いえ、ちょっと俺が個人的にカカシ先生に御用がありまして。」
 にいぃぃぃっこり
向けられた余りにも完璧なイルカの笑顔にカカシの背をザワザワとした予感が駆け抜けた。

 笑顔が可愛い…カカシ視点…うみのイルカ。
しかし彼は稀に、素晴らしく綺麗に嗤う事があるのだ。そう、整い過ぎて、近寄りがたい程に。
そして実際、そんな笑みを浮かべている時は近付いてはいけないのである。



…己の身が可愛いなら。






「イルカセンセ…?」
 思わず後退ったカカシは、咄嗟に扉へと手を掛け…錠が降りているのに気付いた。
暗部拷問尋問部の、尋問部屋の『錠』である。鍵を掛けた人間のチャクラと合言葉、両方無くしては開かない構造になっている。
 つまり。

「どうかしましたか、カカシ先生。」
 にこにこと。綺麗な笑みを崩さずにイルカが問う。
だが、さり気無く動かされた右手には何時の間にか前回と同じ鞭が握られていて…軽い手首の返しに合わせてヒュンヒュンと風を切って居たりする。

「あ、いえ…」
 不吉な予感に、背筋を冷たいモノが伝う。
顔を引き攣らせつつ答えたカカシに、イルカの笑みが更に深くなった。
 極上の笑み。
畏怖すら呼び起こす、最高級の笑顔である。

「ね、カカシ先生。」
「はいっっ!!」
 柔らかく呼び掛けられ、カカシは反射的に直立不動の姿勢を取った。
怖い。物凄く、怖い。

「先生、前に俺に訊いてきましたよね。『どうしてこんな格好で任務に当たっているのか』って。」
 だが、その状態のカカシを無視して、笑みを絶やさずイルカが語る。

「その時、俺説明しましたよね。暗部『新年会』の余興で、新人は先輩の決めた衣装を着る義務があって。仕方なく・嫌々女王様になった処に任務が入って。
無理矢理そのまま出動させられた挙句、直後に出たビンゴブックに『木の葉の謎の御色気暗部』として後姿が載っちゃった所為で
火影命令が出て止めさせて貰えなくなったって。」

 にこにこにこにこ
笑い続けているイルカだが、その手に握られた鞭は絶え間なく床や壁で効果音を上げていて。

「それを聞いて、カカシ先生も同情してくれましたよね?『それなら仕方無いですね』って。」
 可愛らしく甘えるような声を出すイルカである。
 しかしその行動を裏切るように、カカシの直ぐ傍らでは『音』がしていた。
身体を囲むように続く鋭い打撃音は、間違い無く当たればかなり痛いだろう。
その『音』の所為で身動ぎ一つ許されぬまま、カカシは扉に張り付いた体勢の維持を義務付けられる。

「あ・あの…」
でも!あの時仰っては下さいませんでしたねぇ…」
 カカシの声を遮るように、イルカが言葉を被せた。
その声が急におどろおどろしくなった様な気がするのは気のせい…だと思いたいカカシである。
だがその願いは…多分絶対、叶えられない。


「元々、あの余興を提案したのがカカシ先生だったって。」

 にたり
 その時、イルカの浮かべた笑みは。
今のカカシの眼には獲物を前にした肉食獣のソレとしてしか映らなかったのだ。





「全く。随分物分りが良いな〜とは思ったんですよ。」
 前に体育祭で『アカデミー伝統』の男性職員の仮装競争は、雷切振り回して阻止して下さいましたもんね

「あの時のチャイナ服より余程過激なのに怒らないなんて。」
 随分大人になったんだな〜と感心したんですが

「まさか元凶!だったとはね。」
 ピシッバシッ 先刻より益々近くなった音がカカシの周囲で炸裂している。

「しかも、カカシ先生がご用意して下さったんですって?あの、女王様衣装。
 何気ない様子で、しかし妖気を漂わせながら呟かれて。

「あぁぁぁぁゴメンナサイっっ」

 カカシは悲鳴を上げて謝罪した。



 その通りなのだ。全てカカシが原因、なのである。

昔、カカシが暗部に入りたてだった頃。暗部には仮装の伝統など無かった。
新年会も、多少羽目を外すモノが出る程度で普通の宴会だったのである。

 それが。
憖、顔が良かったばっかりに『新人』でしかも『最年少』だったカカシには先輩の接待係が割り振られ…折角だからと変化を要求された。
そして最初の年こそ大人しく命令に付き従ったカカシだったが元々そう言った奉仕行為は苦手だった所為もあり。
翌年…やはり最年少のままだったので…同じ命が出るに至って到頭キレた。
そして実力を楯に『接待役』を後輩に押し付けたカカシは序、とばかりに各種衣装を用意して見せ。

『どうせならコレ着てやりな』
 と後輩連中を脅したのである。
はっきり言って八つ当たりだ。年功序列で先輩に当たれない分をココゾとばかりに自分より年上の後輩達にぶっつけて見せたのである。
   ナース   ウェイトレス メイド   ドクター           バニー       マリーオントワネット 芸者                                                      ボンテージ
 看護婦・女給・召使・女医…なんてのから兎・猫・犬、果ては盛装や和装まで幅広く買い漁った衣装の中に、そう言えば皮の滑りも艶かしい女王様もあった…気がする。
だがそれを、カカシが遠方任務に就くのと擦れ違う様に入隊したイルカが着させられるなんてのは…想像の範疇外であった。

 確かにその頃十代だったイルカには異常な程似会った…だろう。
しかしだからと言って、態々仮面まで変形させ通常任務にまで纏わせ続けるとは…同僚と里長の、ノリの良さに頭が痛くなったカカシである。
 だが、今はその辺を気に病んでいる暇は無い。


 ヒュン
 カカシが思惟に沈んでいるのに気付いたのか、鞭が頬を掠めるように通り過ぎて行く。
風切る音を耳に、カカシは気合を入れて笑顔を形作った。必死の御愛想である。

「イルカセンセ…」

「…10年、です。」
 しかし、折角のカカシの笑顔も無視して。俯き加減のイルカがボソッと零す。

「略10年。脱退して尚、必要に応じて呼び出されてはこの格好をさせられた俺の想い
カカシ先生にたっっっぷり受け取って戴きますっっ!!
 バキッ
 壁よ砕けよ、とばかりに叩き付けられた…鋼糸の仕込まれた、鞭に。

『充分楽しそうだったじゃないですかっっ』
 との叫びは、飲み込むしかなかったカカシであった。






 それから数日。
里トップとの噂も高い銀の上忍は、誰にも…火影にすら…その居場所を掴ませなかった。
だがその恋人が落ち着き払って日々の教務をこなしていた事もあり、敢えて行方を探そうとする輩は一人も居なかったのである。



 終



「天手古舞」のちゃきっ様よりフリー作品を頂いてまいりました。
ビックリドッキリ呆然唖然のカカシ先生です。しかも全ては己の仕業でありイルカ先生の妖しい怒りの矛先を一身に受けているようで…(笑) ノリノリなのはキレイに棚上げですよねイルカ先生っ♪
どうもありがとうございました!(2006.10.16)

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