流れ星 ☆彡
〜 meteor 〜





 踏破してきた暗い山道を振り返り、そういえばとイルカは足を止めた。
 この冬、大雪に埋もれた山里へ雪掘りの任務へ行った時だったか。
 夜半、雪崩れの予兆と想われる音が響き、確認のために一人分け入った山中で任務帰りのカカシと出くわした。
 すれ違いで一月近く会えずにいたから始めは喜んだのだが、結局は冬眠明けの熊の巣穴に迷い込んでしまったような結末に苦笑が漏れる。
 そして、今夜の状況があまりに半年前の夜と似ていることに複雑な思いが湧き上がる。
 あの夜は雪崩れの、今夜は土砂崩れの警戒にイルカは一人、宵闇に沈む山林を見回っていた。
 日が落ちて気温は随分下がったが異様に蒸す。
 上向いた顎から滴り落ちる汗を拭い、視線を位置と時間を計る星へ向けた。

───どう、してるかな……

 見上げた空には流れの速い雲の間に半ばまで欠けた月と多くの星が瞬いている。
 雨に洗われた空気そのものが輝いているようで、やけに明るい気がする。
 考えてみれば、この頃あまり会えていない。
 長い梅雨に近隣の山里では土砂崩れが起きやすくなっており、木ノ葉隠れの里には多くの調査・復旧補助の依頼が押し寄せていた。
 先日、梅雨は明けたが、急激に気温の変動する日々が続き、広域に渡る暴風雨も立て続けに起っていて人手の足らない状況だ。
 また、そういった天変地異の混乱に乗じた他国の侵入にも警戒しなければならない。
 上忍の多くは、実際にこの隙をついてくる敵忍の撃退に国内外を転々とさせられているようだ。
 悪天候の下での戦闘が多いせいか、無傷でいる者は少ないとも聞いている。
 たった今、イルカが登ってきた道もそうだ。
 長雨で脆くなった山肌はぬかるみ、少しの振動で崩れてしまう。
 もし、大規模な土遁か水遁を使うものがいたら、麓の山里まで飲み込む土石流が起るだろう。
 そうなった時の被害を想像し、背筋が寒くなる。
 湿度の高い、妙にひやりとした風が吹いたように。

「なにやってんですかあ」

 突如、頭上から降ってきた声。
 見上げなくとも正体は分かる。
 逆に、先程の悪寒はこれだったのかと脳裏に浮かんだ。
 音もなく背後に降り立つ気配は、微かに不機嫌そうである。

「こんばんは、イルカせんせえ」

 するりと伸びてきた腕が背後からイルカを拘束する。
 斜面のせいか、いつもよりほんの少し上で抱きしめられた格好だ。
 微かな体臭と懐かしい温度にホッとしながらも、聞き返さずにはいられない。

「何故、あなたがここに?」
「任務です」

 上忍のカカシに防災やら復興やらの任務が割り当てられることはない。
 もう、下忍を指導する上忍師ではないのだから。
 だとすれば、これから任務に行くところなのか。
 それとも、ここが任務地になるのか。

「ま、あなたの想像どおりです」
 寄り道じゃありませんから。
「……そうですか」

 知らず、イルカの眉間が寄る。
 最も悪い予想だった。
 この一帯は長梅雨で地盤が緩み、その状態のまま乾燥しつつある。
 大きな術を使えば、敵は一掃できるかもしれないが下手をすればカカシどころか麓の集落まで全滅だ。
 かといって、敵忍に別の地区で戦闘をしろと言えるわけもない。
 あらかじめ住民を避難させることも、相手に動きを気取られる恐れがあるからできはしない。

「大丈夫です」

 耳のすぐ、近く。
 今にも触れそうな位置からこそりと響く声。

「あなたが心配するようなことには、させません」
 そのためにも。
「あなたが見てきた地形を教えてください」

 分かっているのだ。
 カカシにだって。
 イルカの案じるところが。
 この状況での戦闘で何が起るのか。
 少し考えれば、当然だ。
 年はさほど変わらなくともカカシはイルカと年月で2倍近く、戦闘回数なら数倍の忍者としての経験を積んでいる。
 才気に溢れながらも努力もし、そしてどんな苦境をも脱して経験を積んできたからこそ彼があるのだ。
 木ノ葉隠れ、屈指の忍び。
 写輪眼のカカシが。
 そんな彼を誇らしく、また愛しく想う気持ちが溢れそうになる。
 だが、ほんの一瞬、目を閉じただけでイルカの心は切り替わっていた。
 彼とて優秀な忍びだ。
 常に、何を第一にすべきか既に知っている。

「尾根から麓の里へ数本の沢が伸びているのが分かりますか?」
「はい」
「その沢に挟まれた森の表面は乾いて見えますが、まだ多量の雨で飽和状態です」
 水遁の水源とするにはいいですが、と注釈を加えておいて言葉を続ける。
「この山肌はどこも崩れやすくなっています。考える以上に簡単なことで山全体が崩れてもおかしくないぐらいに」
「……そりゃあ、やっかいですね」
「そうなれば、この麓の里は全滅。下手をすれば下流の都にまで被害が及ぶかもしれません」
「なるほど」
 それも狙ってるのかな、とカカシは侵入者の意図を読む。
「周囲への被害が最も少ないのは、東の峰の岩場でしょう」

 森を通して指し示す先を確認したのだろう。
「ありがとうございます」
 流石イルカ先生。
 無理をして引き締めた言葉のあと、耳元に小さく甘い声がこぼれた。
 緩まず抱きしめてくる腕に、そっと手を重ねていたからだろうか。
 逆じゃないかと思い、イルカはそっと背後を窺い見た。

「ダメです」

 それを避け、カカシは肩口に顔を埋めてしまう。
 見えるのは逆立った頭髪だけ。
 けれど、頬に触れる柔らかな髪の感触が心地よかった。

「今、イルカ先生の顔みちゃうと、色々しちゃいそうだからヤメテください」

 オレの顔は猥褻物かよっ。
 そう、突っ込みたかったが、なんとか堪えた。
 分からないでもない。
 これから、もしかしたら次の瞬間にも戦闘になるのだ。
 のんびりと語り合っている場合でも──いちゃついている場合でも、ない。

「オレはこれから侵入者の撃退に行ってきます」
 顔をイルカの肩口に押し付けたままだからか、くぐもった声が体に響いてくる。
「イルカ先生たちは麓を哨戒して」
 一応、気をつけるけど。
「もしなんかあったら、麓の人たちお願いします」

「はい」
 背後の人の温もりだけを感じ、真っ直ぐに前を見て答えるイルカの視界を、何かが煌きながら横切って消えた。
「あ」
「どうしました?」
「あれ、見てください」
 促され、そっとイルカの示す空を覗き見たカカシの目にも、瞬いて流れるものが見えた。
 不規則な感覚で一つ、時に二つと光が流れていく。
「流れ星? いや、流星群ですね」
 
 古来から流れ星は不吉とする言い伝えも多いせいだろう。
 こんな日に、とこぼすカカシの声は暗かった。
「知ってますか、カカシさん」
 それを分かっているからこそ、イルカは明るい声を出す。
「他国のある地域だけの風習なんですけどね」
 ちょうど、今夜だったかな。
「大事な人のために祈るんです。その時、星が流れると祈りが通じるっていいます」
 だから。
「オレはいま、あなたの無事を祈りますよ」

 その言葉の間にも、星は流れた。
 だが、空だけではなく、カカシの心に降り注ぐ。
 燃え尽きて消えることなく、灯火となって暖かく照らしてくれる。

「この任務が終わったら、一緒に里へ帰りましょうね」

「ごめんなさい。やっぱ、これだけ」
 手甲をはめた見慣れた手がイルカの視界を覆い、唇が触れ合う。
 時が止まったのは、ほんの刹那。
「よしっ。イルカ先生、充電完了」
「……なんですかそれは」

 もう、そこに二人の姿はない。
 残されたのは、約束のように交わしたいつもの言葉だけ。

「行ってきます」

「どうか、ご無事で……」



(08.Aug.06':初稿)

 nartic boy 40,000Hits記念、残暑お見舞い、聖ロレンツォ日アーンド、そこはかとなく雪囲いの続きっぽく
 8月10日の聖ロレンツォ日が(確か)北イタリアの風習で、大事な人のために夜通し祈るのだそうです
 この時、流れ星を見ると祈りが通じるのだとか〜
 でもこの時期には流星群が5〜6個あるので、長いこと夜空見てたら絶対、流星は見られますよね

 このお話はいつもnartic boyをごひいきにしてくださっている皆様へ捧げさせていただきます
 お気に召されましたら、お持ち帰りくださいませ〜

蛙娘。
UP:10.Aug.06'



またちゃっかりと頂いて参りました。頂きモノで溺れたい〜って感じです(笑)
いえ実際溺れきっていますが(苦笑)
ちょっと紳士なカカシさんですね。場を弁えていると言うか我慢の出来るコです。うちにはあんまりいな…がふ。
蛙娘。様どうもありがとうございました! (2006.08.20)

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