Metamorphosis game -1
春の海








 年が明け、3代目火影の元には火の国を始めとした同盟各国大名からの使者が挨拶に訪れる。
 その警護を任されるのは名誉なこと、らしい。
 だが、カカシは全く興味を感じなかった。バカらしいとさえ思える。
 使者の隣りには老いたりとはいえ木ノ葉隠れ最強の忍びが常にいるのだ。 例えその使者が刺客であっても、きっと暗部の手を煩わすまでもなく、コトは治まってしまうだろう。
 こうして暗部の中でも高位の者ばかりを配するのは、ただの見栄──体面でしかない。
 忍び5大国、最強と謳われる木ノ葉隠れの里としての。
 だから、暗部実力者の中では最も年の若いカカシが配置されたのは、屋敷の外れとなった。 しかも担当する離れは余興に呼ばれた舞姫が控え室として宛がわれているだけ。
 閑職も閑職、庭に植えられた松の上で寝そべっていても済む任務だ。
 例えば、この舞姫が火影や使者の命を狙う刺客でなければ。
───なーんってね、そっんなワケなーいかっ
 先程、見かけたたおやかな黒髪を一つに結い上げたあどけない少女を思い返し、カカシは自身の想像を鼻で笑った。
 あんないとけない娘に、何ができるというのか。忍びの変化でもないかぎり。
 そう考えたところで、ふいにカカシは笑いを納めた。
 その可能性を忘れていた。見た目だけで判断することはできない。 まだ一目で対峙した者の実力を見極められるほどの目はないのだから。
 少女の出番は宴の最後になる。列席者が程よく主食を楽しみ、もっとも気を抜いた頃合。
 酒にタバコに色と人の世の楽しみをこよなく愛する3代目火影のことだ。 べろべろに酔っ払っているか、孫ほどの年の差がある少女の色香に迷うか……。
「……はぁー。なによ、ここって結構、重要拠点じゃないの……」
 枝の上に座りなおしたカカシは真正面の障子を立てきった部屋へ意識を集中する。
 静かなものだ。違和感を覚えるほどに。
 あの年頃の少女といえば、かしましい以外に特徴がないようなものなのに。
 いや、いくらなんでもたった一人で部屋にいて話し声がすれば、それはそれで問題だろう。 第一、まだ少女とはいえ、こうして一人座敷を回って芸を見せる商売女だ。必要以上に騒がしくすることもない。
 刺客の場合でも、だが。
 そう思い直し、カカシは周囲の気配にだけ気を配るようにした。
 忍術は万能ではない。印とチャクラ量という制限があるのだ。
 変化の術自体はそう難しい印でも、多大なチャクラを消費する術ではない。
 それでも長時間の維持は負担になるし、何よりただ変化さえしていればいいというものでもない。 事を成した後を考えているならば。
 とにかく、もし変化しているのなら、人目のない場所では術を解く可能性がある。 もしくは段取りをつけるために仲間が接触するかもしれない。
 目を離すわけには行かないと、カカシが気を引き締めなおしたところだった。
 僅かな気配を纏った、馴染みの姿が近付いていることに気付く。
 本館からの渡り廊下を静かに歩んでくるのは、3代目火影。
───3代目? なんでこんなとこに……
 多少は酒も入っているのだろうが、しっかりとした足取りで迷うことなくカカシが見張る離れの一室前へ立った。
「あー。はいっても、よいかのう?」
 猫撫でるような声をかけると、3代目はいそいそと障子の向こうへ消える。
 音もなく再び障子が立てられた瞬間、カカシの脳内は沸騰した。

───あんのエロジジイーーーっ!

 うっかり、里の最高権力者に対して言ってはならない罵詈雑言を叫びかけ、寸前で面の上から口を押さえる。
 しばらくして3代目は顔をほころばせて戻っていったが、どうやらカカシ的には最も最低な任務なようだ。
 多分、3代目の愛人とまではいかないだろうが馴染みで目をかけている舞姫なのだろう。
 大名の使者を招いての火影の宴席で舞うとなれば、きっとこの舞姫の今後に旨みをもたらす。 それを見越しての起用かという推論に至った。
 今年最初の任務が、そんな小娘の護衛ということにカカシは脱力感を禁じえない。
 思わず、額を押さえてもみたくなる。
「……アホらし……」
 松の木の幹に身体をあずけ、カカシは空を仰いだ。


 そのまま、どれほどの時間が過ぎただろう。
 眠っていたわけではないが、あまりに穏やかな空気に流石のカカシも時間の感覚がぼやけ始めている。
 そんなカカシの意識を引いたのは、障子が引き開けられるかすかな物音だ。
 無意識のままそちらへ移した視線が、釘付けとなった。
 白い障子の前に立つ、舞衣装を纏った少女。
 結い上げていた黒髪を垂らし、細やかな細工の額冠の金飾りや色彩豊かな飾り紐と冬の冴えた風に揺れている。
 白地の着物は絹のぬめやかな光沢を発し、色味は裾から覗く緋色と襟の萌黄。
 あどけない顔つきに薄く化粧を施し、凛とした表情で瞑想するように目を閉じていた。
 一言で表現するならば、華のほころんだようというのだろうか。
 カカシも多くの美女を見てきたが、生まれて初めて本当に華のある女とであった思いがした。
 息をのみ、見つめていると、ゆっくりと少女の目が開いた。
 決意と気力に満ちていながら、夜の湖面にも似た深く静かな黒い瞳。
 それがまっすぐに向けられていた。ただこちらをみているのではない。
 カカシも目が合ったと気付いたが、何故か反らすことができなくなっていた。
 頭の中に色々な思いが浮かび、すぐに行動しなければと考えることはできる。
 いくらぼうっとしていたとはいえ、気配を消した暗部を見つけたのだ。ただの舞姫であるはずがない。 なのに、何も出来ず、何も言えず、ただ少女を見返すだけだ。
 ふいに、少女が微笑む。
 途端、カカシは世界が揺らいだ気がした。
 不快なものではない。
 暖かな波か、花吹雪に足をすくわれるような感覚だ。
 不安定だが心地よく、いつまでもこの揺らぎに身を任せていたいような。
 そして気付けば、カカシは一人、松の木の上に取り残され、日は暮れた。


 宴はいつの間にか終わり、使者たちも火影邸を辞しており、警備の忍びたちも既に皆引き払っている。
 それでもまだカカシはぼんやりと離れを望む松の枝に身を預けていた。
「カカシよ」
「……3代目」
 心配と呆れが混じった顔で見上げてくる里長へ、半ば詰め寄るようにカカシは聞いた。
「あの子、ただの芸妓じゃありませんね」
 カカシの声には自身が彼女の違和感を見破ったのではなく、自身のが存在を気取られた迂闊さを自責している響きがある。
 そうと察したのか、3代目は全く違う話を始めた。
「……お主、芸者という言葉の元の意味を知っておるか?」
 すり返られた会話に不満は隠せないものの、プロフェッサーとまで呼ばれた3代目火影の言葉に何の意図もないわけでないと知っているからか、カカシは素直に答える。
「芸者、ですか? あの、花柳の姐さんたちの?」
「ふむ。まあいずれ、知るときもあろう。お主のその気持ちもな」

     * * * * *

 そこで、カカシは目が覚めた。
 見上げる天井は、見慣れた自室のもの。 首を巡らせば、枕元に並べた写真とウッキーくんが初日を受けて輝いている。
「……そうか」
 呟くのは今しがた見た夢のこと。
 かつて体験した、わずかな出会いの思い出。
 今の今まですっかり忘れていたが、それでも心のどこかで覚えてもいた。
 少し前に、ふいに気なってある人に聞いたのはこういうワケだったのだろう。
 そのやりとりを思い出し、カカシはくふふと不気味に含み笑う。


───そういや、芸者ってどんな語源があるか知ってますかねえ?
───芸者、ですか?
   確か、元々は武芸の達者な人を言ったって聞いたことがありますけど


 ようやく、3代目が言いたかったことも分かった。
 あの少女こそ、まさにその芸者だったのだろう。
 3代目火影、子飼いの。
 そしてもちろん、あの時の感情も理解していた。
「まいったなーあ。あれ、イルカ先生だったんだー」
 一人、誰も聞く者のいない部屋の寝台の上でカカシはのた打ち回り、心底困ったような声で嬉しそうに呟く。
「初恋じゃん」

<了>





「Nartic Boy」の蛙娘。様の年賀フリー作品を頂いてきました。
黒金さんたら昔から華のある女性だったのですね〜♪ ああ、見てみたい〜vv
このカカシに「初恋は叶わない」といったらどんな反論を返してくるのか聞いてみたいです(笑)
どうもありがとうございました!


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