特定の誰かが自分の全てになる。
 そんなことは恋愛小説の中でしかないと思っていた。
 憧れは、ある。
 それほどに想い合える相手との出会いには。
 だが、実際にそんなことになったらと考えるだけで恐ろしかった。





Love & Peace








 この気持ちに気付いた瞬間は、忘れられない。
 飲んでいて──確かナルトの『おいろけの術』での悪戯からの流れで、好みの女やこれまでにつきあった人の話になった。
「ははは。まあ、自分にないものを求めてたのかもしれないです」
 猪口を呷る仕草で決まり悪い顔を隠しながら、ぽつりぽつりと話していた。
「でも結局、長続きしなくって」
 一人と付き合う期間が短く、切れてもすぐ次とくっつくオレの女性遍歴は派手な方らしく、そういったことには潔癖そうなイルカに話すのは、少しだけためらわれた。
 こんな家業だ。想いを通じ合わせた相手と、次の瞬間には死に別れるかもしれない。
 そんなことは誰にだってある。だけど、普通に生きてる奴らに比べれば可能性は高いし、常に頭に置いていなければならない。
 オレの周囲に居る奴らは大抵、刹那的だった。ガキの時分に見たのはそれだけの、その場だけの関係ばかり。 その代わり、一人に決めると互いの絆は酷く強いように感じた。
 だからいつかは、自分もそんな相手を見つけられたらいい。 なんの思い入れもない関係に耽りながら、ぼんやりと願っていた。
 いつしか手にする用になった成年指定の恋愛小説で、理想を夢見ながら結局、現実の刹那的でふしだらな生活に落ち着いていたけれど。
「近頃はすっかりご無沙汰デス」
 冗談めかして苦く笑うしかない。
「そうですか。オレも、似たようなもんです」
 黙ってオレのくだらない話を聞いていた人も、ぽつんと言った。
「だんだん、麻痺してくるんですよね……色んなことに」
「へえ」
 同意されても、意外な気がした。
「もうすっかり一人に慣れて、そっちのほうが楽かななんて思ったりもしますよ」
 イルカはオレたちと違ってもっと人間らしく生きていると思っていた。 些細なことに泣いたり笑ったりしながら、淡い気持ちを大事に育てていく。純な小説の主人公のように。
 でもよく考えてみれば、階級や戦歴以外は違いもない。同じ忍びで、同年代。 子供の頃から多くのものを失い続けてきた人だ。似たような経験をして、同じような考えを持っていたとしても不思議はない。
 なのに、頭の隅か身体の奥で、何かがざわりと蠢いた。
 イルカが抱く女を想像した瞬間に。
 けれどその時は、それがなんなのか分からないまま、気にもとめずにいた。
 上忍師として初めて部下であり教え子である下忍を預かったばかりの頃だ。

 それからも何度か酒の席で、それ以上に日常の端々でイルカと顔を合わせた。
 なんでもない風を装いながら全身でイルカの動き、言葉、息遣いまでを感じ取ろうと、そして決してこの気持ちを気取られてはいけないと気を張り詰めて。
 あの晩から、オレはおかしい。
 イルカに触れる女の姿を想像して、言い知れぬ焦燥に襲われる。そして、同時に湧き上がる欲求に戸惑った。
 イルカの元へ嬉しそうに駆けていく部下の後姿が妬ましく思えるようになった。 いとおしげに教え子の頭を撫でる手や笑顔が、自分へも向けられないだろうかと考えた。
 あの男の隣りに居るべきは自分だといい。あの手に触れて、触れられるのは、自分ひとりならいい。
 そこまでになってようやく気付く。自分の思いの行方に。
 オレはイルカという男が好きになっていた。
 人間として、友人として、そして恋愛と欲望の対象として。
 途端に後悔した。
 気付かなければ良かった。好きだと彼に告げることはできない。そう思い込んで。
 だが決意とは裏腹に、彼との友人としての付き合いは続ている。どうしても、イルカの隣りを手放す気にはなれなかった。

 うみのイルカという男は、変わっているように見えて、その実、普通の男だった。
 いや、忍びとしての感覚と、普通の人間としての常識をどちらも普通に持っているというところが、変わっているのかもしれない。
 明け透けな感情を見せるかと思えば、嫌に冷徹な顔もみせる。忍者アカデミーの教師が天職のように子供たちに好かれているくせに、受付所での書類処理の手際のよさは評判がいい。 任務に出た先での的確な判断力と度胸の良さから、仲間たちと依頼人の信頼が厚いと聞いた。
 職場での対応は丁寧だが、プライベートでは存外に口が悪い。上役には可愛がっている人も多いけれど、決して権力に媚びたりしないから同僚や部下から妬まれることもない。 しっかりしてるようで、とんでもないドジを踏んだりもする。
 意外性ナンバーワンのドタバタ忍者が最も慕う人は、教え子以上の意外性の持ち主だと知った。
 そんなふうに彼を知れば知るほど、不思議な男だと思う。そして混乱する。
 この気持ちを告げれば、確実に拒絶される気がする。同時に、受け入れてもらえるんじゃないだろうかという期待も抱いた。
 だって、いつしか、オレはイルカの家に上がりこむような仲になっている。
「カカシさん、ビールでいいですか?」
「はい。嬉しいデス」
 仕事の帰りに偶然を装って声をかけ、夕食を共に取った帰り道。こうしてイルカの部屋へ上がりこむのは何度目だろう。
 イルカの部屋は物が少ないわりに乱雑で、奇妙に居心地が良かった。
 冷えたビンとグラスを二つ手に戻ったイルカが正面に座る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 特に気負うこともなく互いのグラスを満たしあって、自分のグラスを掲げあう。
「乾杯」
「お疲れ様でしたー」
 言葉どおりに杯を干して、それからは手酌で注ぎ足す手を、何とはなしに見てしまう。
 男の手だ。骨ばって傷だらけ。なのに右手の中指にはくっきりとペンだこなんてできている。そして、優しく子供たちを撫でる暖かな手だ。
「何見てんです?」
「や、手酌じゃ申し訳ないかな〜って」
 何度も繰り返した言葉だ。
 オレがイルカの手をよく見つめていることなど、とっくにばれていた。そこに含まれた気持ちや欲求までは、どうだろうか。
「なに言ってんです」
 鼻で笑うような声だった。
「アンタ、いつまで人をもの欲しそうに見てるつもりですか」
 呆れた風に言い捨てて、手にしていたグラスの中身を一息に飲み干す。 また手酌で満たした白い泡に視線を落として、イルカは呟いた。
「いつか、なくなるまでですか」
 言われて、なるほどなと思う。
 この気持ちが無くなるまでか、どちらかが亡くなるまで黙っていれば、この関係は続くかもしれない。
「50年先どころか、お互い明日も知れない身、ですしねえ」
 なげやりな言い方は、絶対わざとだ。
 怒ってるんだろう。それから、本当に困っているみたいだ。
「それで、アンタはいいんでしょうけど、オレはどうしたらいいんです?」
「……イルカ、先生……」
 どうしたらいいかなんて、オレが聞きたい。
 怒られてる生徒みたいに姿勢を正して、両手を膝の上で握りしめていた。
「オレはアンタの気持ちなんか無視して、いつかかわいい嫁さんでも貰えばいいんですか?  それとも、アンタがいなくなるまでこのままで、いつかやっと開放されたって思えばいいのか……」
「それは……」
 嫌だと言いたい。どっちもだ。
 けれど、それ以外のことが考えつかない。
「オレは、どっちも嫌です」
 はっきりとした声がなんの迷いも無く告げる。
 好きだなと思った。静かで力強くて、行き先をはっきりと見据えたようなイルカの声。
「……オレは……」
 勢いが欲しくて、グラスの中身を呷る。
「イルカ先生が好きデスよ」
 抱きたいって思ってます。とは流石に言えない。
「でも……」
 伝わってしまった気がした。
「イルカ先生は、どうなの?」
「好きですよ。カカシさんのことは」
 でなきゃこうして家に上げて、ビールまで出したりしません。
 なんでもない友達としての付き合いのように言う。
「こういう事は、理屈じゃないって分かってるつもり、だったんだけどなあ……」
 言いながら、自分のグラスに残ったビールを注いで、また一息に飲み干す。 そんなに強くないくせに、殆ど一人で一瓶空けちゃったんだ。
 それから、小さく、なんでだろうなあと諦め混じりの吐息が聞こえた。
「アナタがオレの手ばかりを見るのに気付いて、すごく嫌な気持ちになったんです」
「でしょうね」
「オレはあんたの目の前にいるのに、なんで見てるだけなんだろうって」
「え?」
「だって本当に、明日の朝にはアナタはいなくなるかもしれない。 なのに、そんな気持ちだけ残されたら、オレはどうしたらいいんですか?  それに、逆だって、ないわけじゃない……」
 オレはもう、後悔したくないんです。
「アンタだって、遺された気持ちの重さは知ってんでしょうっ」
 まるで叫ぶような言葉なのに、ぽつんと呟くイルカの声は得だ。一言一言が、胸に落ちてくる。
「うん」
 返すオレの声がやけに軽いのはなんでだろう。
「こんな気持ちをアンタに遺して逝くのは嫌です」
「オレもだよ」
 だから、言わなくちゃいけない。
 せっかく、こうしてお膳立てをしてくれたのだから。
「アナタが好きです」
 これは言わなくてもいいのかもしれないけれど。
「いちゃいちゃしたいと思ってマス」
「今言うかっ」
「だって」
 今言わずにいたら、もう2度と言えないかもしれない。
 それをさっき口にしたのは、イルカだ。
「したいんだもん」
「……だから、あんな眼でオレを見てたのかよ……」
 顔をそむけて空のグラスを玩ぶのは、飲み足りないからなんだろう。
「オレ、そんなにもの欲しそうにしてました?」
「ええ。もうバレバレでしたよっ! アンタ本当に今までバレてないって思ってたんですか?  オレ、散々からかわれたんですよ。アスマさんとか紅さんとか、3代目にだって」
 せいぜい気をつけろとか、ワシの話を断るからあんなのにつきまとわれるんじゃとか。
 余計なことを吹き込んでくれた同僚にはしっかりお礼をしておかねばならないだろう。 3代目には、オレとこの人がうまくいくことだけが意趣返しだ。
「流石に、ナルトはまだ気付いてないみたいですが、サクラには確実に悟られてます」
 それは、色々とマズイ気がする。流石に女は侮れない。 第一、サクラ一人にバレてるなら、もうくのいち連中にはモロバレだろう。
 どうりで最近、声掛けてくるメンツが変わったのか。
 頭を抱えてうずくまるオレに、イルカは平然と言ってくる。
「で? どうするんです?」
「……どうするって言われましても……」
「アンタのことだから、色々後ろ向きに考えてるんだろうってことは分かりますよ。 でもね、まずはアンタの気持ちっていうか、覚悟一つです」
 きっぱりと返事をせまる人に、オレは卑怯にもつき返してしまった。
「イルカ先生こそ」
 さっきからオレのことを責めてくるくせに、ちっとも自分の気持ちは言ってくれない。
「……オレは……好きだって、言ったじゃないですか……」
「うん。だから?」
 相変わらず、いい姿勢のまま、迫った。
 顔をそむけたイルカの首筋まで赤いのに、胸が高鳴る。
「……嫌じゃないから、困ってんです……」
「オレもです」
 同じ男の身体なのに、ちょっとした仕草に惹かれたり、煽られたりするからね。
 ふとした瞬間に指でも触れようものなら、もっとと願う自分がいるからね。
「イルカ先生。好きデス。オレと、おつき合いしようよ」
「はい」
 大好きな迷いの無い声に嬉しくなって飛びついていた。
 好きな人を抱きしめて、抱きしめ返された途端、涙が出る。
「オレはずっと、あなたを好きだったんだ」
 手に入れたものは、決してオレの人生には訪れないと思っていたのに。
 今、しっかりと腕の中にあるじゃないか。





「Nartic Boy」の蛙娘。様の20,000Hits記念のフリー作品を頂いてきました。
またも躊躇いがちな可愛いカカシ先生ですねvv うちにはいないのでとっても新鮮です!
いつも頂いてばかりで申し訳なく…(汗)
どうもありがとうございました!


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