水の檻





 梅雨が明けきるにはまだ少し早い頃に、偶然重なった休日。
 その貴重な数日を過ごす為、カカシはイルカと海へ来ていた。
 日に数本しかないバスを降りた人気のない場所。田舎故に荒らされずにいるささやかな浜。 紺碧に澄んだ波が洗うなだらかな岩浜が、風除けの松林に守られている。
 木々の間にターフを張り、荷物と一緒に日陰に転がって見上げる空は、薄いブルーのガラス越しにもちゃんと夏の色をしていた。
 カカシが視線を巡らせても、この浜に人影はない。
 途中にあった港には船も何隻か並んでいたが、とっくに今日の漁も市も終わっている。 少し行った岬の下で、何人かの地元の子供たちが岩場から飛び込みを繰り返しているだけだ。
 あとは、沖を泳ぐ男が一人。
「……あーあ〜ぁ。水を得た魚って、あーゆーのカシラねー」
 そう呟いておいて、違うか、と言いなおす。
「魚じゃなくって、イルカせんせーだー」
 名前は体を現すというが、うみのイルカは本当に泳ぎが得意なようだ。
 起き上がり、かざした手の向こうに立つ水しぶきはごく控えめ。 きっと、水の抵抗すらもうまく宥めて泳いでいるんだろう。カカシには、そう思える。
「いいなあ……」
 最初はカカシも共に波打ち際で波と戯れたが、泳ぎ始めて早々にリタイアしてしまった。
 泳げない、わけではない。
 ただ、鍛えに鍛えたカカシの身体は、娯楽としての水泳を受け付けない。 というか、要するに、体脂肪率が低すぎて、水に浮かなかった。故に、運動量は楽しむ許容範囲を簡単にオーバーしてしまう。
「いいなあ……」
 本当は一緒に泳いでいたかった。あんな風に。楽しそうに。
 いいや、正直に言えば、あの腕が波をかく度に、彼の身体をすり抜ける海の水に、嫉妬していた。
 カカシは咄嗟にシャツを脱いだだけの格好で海へ飛び込む。そして、まっすぐにイルカの方へ泳いでいく。
 すぐに気付いて、ゆるやかに泳いで近付いてきてくれることさえ嬉しい。 広げられた腕が迎え入れるように、自分を抱きしめてくれるだけで、幸せになれた。
「どうしたんです?」
 泳がないんじゃなかったんですか。
 笑いながら、海面下で忙しなく水を掻く足が触れあう。
 濡れて張り付いた髪を、かきあげる振りをして頬を撫でた。
「……イルカ」
 続きそうになる言葉を押し留めるように、口付ける。
 見つめ返す黒い瞳が人目を気にして彷徨うのが嫌で、足を絡めて水の中へ引きずり込んだ。 急に視界が青暗く変わり、黒髪が二人の顔を隠すように揺れる。
 息の続く限り、不安定な身体を支えあいながら、強く互いを貪った。
 けれど、水面に上がるや開口一番、色気の無い罵声が振ってくる。
「……はっ! ……こっ、殺す気かーーーぁっ!
 それでも、楽しげにカカシは自分の唇を舐めた。
「やっぱ、しょっぱいでーすねー」
「聞いてんのか、アンタっ」
 まだ整わない息のまま口元を拭う仕草に、酷く煽られる。
 あの身体を伝う海水が、妬ましい。
「……ね」
 カカシは必死で腕を伸ばした。
 溺れてしまう。
「そろそろ上がりましょ」
 この気持ちが、水の檻に捕われて。





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気軽に泳げない体脂肪…いいなぁ。んで、イルカ先生はすいすいと泳げるわけですね(笑)
どうもありがとうございました!


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