「病人の希望」




 イルカの額に手を当て、カカシはホッと息を吐く。
熱は下がったらしい。二日前まで苦しそうだった恋人の呼吸は、通常のものと
いえるぐらい楽になっていた。
「良かった・・・。」
イルカの髪の毛を指で梳きながら、呟く。
安心したら、どっと疲れが出た。
思えば五日ほどほとんど休息をとっていない。
三日間の任務からほぼ徹夜で帰ってきたら、笑顔で迎えてくれるはずの恋人は、
熱にうなされていた。
「帰ってください大丈夫ですから」、とイルカは言ったが放っておけるはずがなかった。
しかも、以前カカシは自分が風邪を引いたときに誓ったのだ。
自分の不安な気持ちを理解して、看病しに来てくれたイルカ。とても嬉しかった。
だから、イルカが風邪を引いたら絶対に側にいようと、そう決めていた。

着替えさせたり、食事を作ったり、熱を冷やしたり。
看病は大変といえば大変だったが、やったことがない分とても新鮮な体験だった。
おまけにカカシがイルカの世話を焼くたびに、イルカは申し訳なさそうな、
でもどこか嬉しそうな顔で「ありがとうございます」と言うのだ。
いつもは決して見せないような、子どもじみたあどけない表情。
その表情は、それだけでカカシの心を浮き立たせた。
それにこれは絶対に内緒だが、熱にうなされるイルカがあまりに扇情的で何度かキスをしてしまった。言ったらきっとイルカは烈火のごとく怒るだろうから言えないが、
はっきり言って役得だった。
まるで情事の最中のようにイルカの口内は熱かった。

その時のことを思い出して、顔が火照る。
幸せな気分で、この二日一度もまともに寝ることのなかった客用の布団に腰をおろす。
常ならばイルカと同衾しているのだが、それでは病気のイルカがゆっくり眠れないだろうと、イルカのベッドの隣に敷いていたのだ。でもそれに寝ようとするたび、
何故かイルカは目を覚まし、自分を静かに見つめた。
何ですか?と尋ねても微かに首を横に振るだけで答えなかったのだが。
だから眠ることができなかった。
一体なんだったんだろう?
元気になったら聞いてみよう、そう思いながらカカシは大きなあくびをする。
やはり五日間ほぼ徹夜は相当に疲れる。

またイルカが目を覚ましてしまうのだろうかと思いながらも、カカシは疲労感に負けて
客用布団に体を滑り込ませて横たわる。

しかし、すぐに起き上がる。

寒い。なんだか寒気がする。
隣で寝ているイルカは別段寒そうな様子はない。
でも寒いのだ。
嫌〜な予感を振り払いながら勝手知ったる何とやらで、カカシは押入れから
毛布を出してきてそれも一緒にかぶってみる。

しかし。

(やっぱ、寒―いよ?)
自分で自分の両腕を抱きながらカカシは認めざるを得なかった。
(風邪だ。)
寒気がするのは熱が上がり始めている証拠。
少しの間考えて、カカシは自宅に帰ることにする。
折角良くなったイルカにうつしてしまったらそれこそ大変だ。
そう思って立ち上がったとき、「カカシ先生?」とイルカの声がした。

ゆっくり振り返ると、イルカが上半身だけ起き上がっていた。
「ダメですよ。寝てなくちゃ。まだ熱が下がっただけなんだから。」
カカシがそう言って寝せつけようとすると、イルカはふいに子どもみたいな顔で
唇を尖らせた。
「だって、カカシ先生帰るんでしょう?」
イルカの風邪は良くなっているはずなのに、その表情は熱があったときのように、
あどけない。
思わず抱きしめたくなってしまったが、ゾクリと背中を走った悪寒に自分が
風邪を引いていることを思い出し、カカシは踏みとどまる。
そして正直に自分の状況を伝える。

「オレ風邪を引いてしまったみたいで寒気がするんで・・・・」
帰ります、と続けるつもりだったカカシの言葉はそこでとまってしまう。
カカシの視線の先には、布団の端を持ち上げて手招きするイルカ。
まるで布団の中に誘い込むような仕草。

(・・・どういう意味?)
固まっているカカシにイルカが声をかけてくる。
「一緒に寝ましょう、カカシ先生。
寒気がするんだったら二人で寝たほうが温かいですよ。」
そういってニコッと笑う。
無意識のうちにイルカのほうに踏み出した足を、慌てて引き戻しながら
カカシは言う。
「だ、ダメです。それじゃ風邪がうつってしまうから。」
「構いません。」
「構いませんって・・・オレが構うんです!オレがどれくらい心配したと
思ってるんですか!」
声を荒げると、イルカがしょんぼりと眉を寄せる。
イルカがあまりに突拍子もないことを言うのでつい興奮してしまった。
謝ろうと口を開きかけたカカシより先にイルカがぼそぼそと呟く。
「・・・・カカシ先生が病気のとき俺はカカシ先生の希望を叶えましたよね?」
泊まってくれたことを言っているのだろうか。
確かにあの日は一人になりたくなかった。だからイルカが泊まってくれると知って
嬉しかった。そういう意味ではカカシの希望は叶ったといっていいかもしれない。
「そうですね。」
そう答えると、イルカは強い視線でカカシを見て言った。
「じゃあ、俺の希望も叶えてください。」
そう言って枕をポンポンと叩く。
一緒に寝るのがイルカの希望?そんな嬉しいことがあっていいのだろうか。

熱のせいで幻覚を見ているのかもしれないと思い始めたカカシの手をイルカが掴む。
その感触は幻覚であろうはずがないことを、カカシに教えてくれた。
骨太でしっかりしたイルカの手。
時に優しくカカシの背中を撫でてくれる、時に厳しくカカシの頭に拳骨を降らせる、
大好きなイルカの手。その手がゆっくりとカカシの手を引き、ほどなく布団の中に
カカシを引き込んだ。

混乱しながらもカカシが、体を横たえるとイルカがためらいがちに身を寄せてきた。
イルカが何を考えているのかさっぱり分からなかったが、そんなことはどうでもいいぐらい嬉しくて、カカシはイルカを抱きしめた。

「すみません、カカシ先生。風邪うつしてしまいましたね・・・。」
さっきまでとは打って変わって沈んだイルカの声。おまけに自分が風邪を引いたのを
謝られてしまった。
「え、い、いや、気にしないでください。」
だって、風邪がカカシにうつったのは、十中八九、カカシが仕掛けたキスのせいだ。
ただ単に看病していただけなら、きっとうつらなかっただろう。
それなのに、謝られると心が痛む。
内心あたふたしているカカシを知ってか知らずか、イルカが今度はのんびりと言う。
「でも嬉しいです。」
「そーですか・・・って、え?!」
思わず聞き返すと、イルカが楽しそうに笑い声を上げる。

「俺、寝込んでいるときずっと思ってたんです。
『カカシ先生が風邪を引くといいのに』って。カカシ先生が一人で寝ようとするたびに
願ってました。」
「それは一体どうして・・・?」
自分が寝ようとするたびに、イルカが自分のことを見つめていたのには、こんな
理由があったのだ。
まさか呪われているわけではないだろうと思いつつ、カカシはイルカに問う。
「怒らないで聞いてくださいね。だってカカシ先生が風邪を引いたら・・・」
一緒に眠れるじゃないですか。

最後の一言は直接カカシの耳に囁かれた。
背筋を駆け上がったのは、熱のせいの悪寒などではなくて。


「・・・・・っ!だ、駄目ですよ!!風邪引いたんでしょう?!」
強引に唇を合わせたカカシをどうにか引き剥がしてイルカが怒鳴る。
「だから、一汗かけばきっと良くなると思うんですよね〜♪」
そう言いながらイルカの体を撫で回せば、容赦なく頭をはたかれる。
「おとなしく寝て直せっ!!」

*****



翌日。
ゆっくり寝たのか。それとも一汗かいたのか・・・・?
とにかくカカシはすこぶる元気だった。


ちなみに、イルカはアカデミーをこの日まで休んだ。

おわり。







「竜ぐう城」のはと様から頂きました。ありがとうございます。
生まれて初めて踏んだキリ番で、ものすごく嬉しかったです!
リクは「イルカ先生が病気なのに自分が具合悪くなっちゃうカカシ先生」で。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送