特別な日





「んー、何ていうか、恋愛っていうのに興味ないし」

居酒屋で飲んでいる時に、カカシ先生は淡々とした風に言った。
俺は少しの驚きと納得をもって頷いた。これだけ有名な人だと色々と面倒なことも多いのだろう。
「はあ。そうなんですか」
きっと俺は間抜けな顔をしているに違いない。
まあ考えていることも間抜けだけれど。
恋愛に興味のない、しかも同性のカカシ先生に憧れているなんて。
「イルカ先生、どうかしました?」
「あ、なんでもありません」
カカシの顔を近づけて覗き込んでくる仕草にドキリとして、手元にある冷酒を飲み干した。
「ねえ、何だかピッチが早すぎませんか?」
「え? いや、そんなことないですよ」
触ってみれば頬が熱い。
思わず額宛を外してスボンのポケットに突っ込む。
言われたとおり、実際は思いの外早いピッチで飲んでいたようで。
お開きと勘定を払う頃にはすっかり身体の芯が抜けたような状態だった。
「あの、俺、そこらで休んでから帰りますから…。カカシ先生は先に帰って下さい」
迷惑はかけたくなくて、俺は重い瞼を必死で開けながら言った。
「なーに言ってんですか。俺送りますから」
カカシ先生が俺の腕を肩に担ぐ。
「いえ、そんな…。悪いですから」
「俺が誘ったんだし。気にしないで下さいよ」
「いえ、本当に。悪いですから…」
「もー黙って。俺ンちのが近いかな?」
どんどん歩き出すのに頭がまわらず、牽かれるままにカカシ先生の家に上がり込んでしまった。
「せ、先生、靴…」
履いたままのサンダルが気になって呟く俺を気にも留めず、カカシ先生は俺を寝台におろした。
「これじゃ寝にくいかな」
カカシ先生はサンダルを脱がせ、ベストも脱がせる。膨らんだポケットから額宛も投げ出した。俺は全くされるがままで、ロクに抵抗も出来ない。
髪紐を取られて髪を軽く梳かれると、なんとも言えないふわふわしたような気分になった。
今…、ちょっと位いいよな。
ただ親切にされてるだけなんだろうけど。
まるで恋しい人に対する仕草みたいだなんて、勝手に誤解したって…。
口にさえ出さなければ、大丈夫だよな。
「…大丈夫…だよな…」
そこで意識を手放した。




□■□




「んー、何ていうか、恋愛っていうのに興味ないし」

飲みながらわざとそう言ってみた。どんな反応が返ってくるのかと思って、イルカ先生の顔を見ながら。
でも返ってきたのは「はあ、そうなんですか」という気のない返事。
どこかぼんやりとした俺を見ていない顔。
「イルカ先生、どうかしました?」
「あ、なんでもありません」
顔を覗き込んで見たものの、他所を向いて俺を見ずに酒をあおるイルカ先生にがっかりした。
もう少し反応あるかと思っていたのに。
少しでも俺に興味を持ってくれていればいいと吐いた言葉も、この人には届いていないみたいだ。
どんどん酒量を増やしていくのを大丈夫だろうかと思ったけれど、いっそ潰れてくれればいいという自分勝手な願いも持った。
そうすれば少しの間、独占できる。
意識のない間なら、少しだけ。
案の定ふらふらとした足取りになったイルカ先生は、「あの、俺、そこらで休んでから帰りますから…。カカシ先生は先に帰って下さい」なんてとんでもない事を口にする。
俺は思わずその腕を掴んだ。
「なーに言ってんですか。俺送りますから」
自分に無頓着なこの人は、酔って婀娜な雰囲気を醸し出している事になんか全く気付いていないんだろう。
この状態で一人にしたら、誰かに攫われてしまう。
そんな事誰にもさせない。
俺の申し出を固辞する言葉を黙らせて肩を組んだ。
閉じかけた瞼の先、思いの外長い睫毛が影を作っているのに見惚れた。抱えた身体から伝わる体温に、今更ながらに途惑う。
俺は一体どうしようっていうんだ。
このまま連れて帰って冷静でいられるのか?
考えながらも結局家に連れ帰ってしまった。
寝台にそっとおろしてからベストを脱がせ、寝づらいだろうと髪紐も解いた。シーツに広がる黒髪に、まずいと思いながらも触れてしまう。掌に吸い付くような感触に、思わず何度も指で梳いていた。
身じろぎしたイルカ先生が小さく呟く。
「大丈夫…だよな…」
ハッと身を固くして手を引く。見れば小さく寝息をたてているのに、寝言だったかと安堵する。
「ねぇ。何が大丈夫なの?」
俺なんかと居ても、大丈夫?
男同士だから、大丈夫?
一体、何が?
薄く笑んでいるような寝顔に問いかける。こんな無邪気な顔をして眠れるのは、俺のことを塵ほども意識していないせいなのかな。
額に、頬に、唇に、そっと口付ける。
俺はあなたにこんな事したいと思ってるのに。
「ここは俺の家なのに、イルカ先生安心しきっちゃってるんだから。…この位許してね」
イルカの隣にするりと滑り込む。酒の所為か少し高い気のする体温に近づくと、小さく唸って擦り寄ってきた。
予想していなかった動きに鼓動が早まる。
「う、わ…」
多分今、自分は耳まで赤いだろう。意識のない人に襲い掛かる気なんてなかったのだけれど。
我慢できずにそろりと腕を回して抱きしめた。
イルカの匂いと酒精の匂いが鼻を擽る。温もりに酷く安心して目を瞑る。
少しだけこうしていても、いいよね?




□■□




昨晩。
だいぶ酒を過ごしたのは覚えているんだけど。
だけど…なんで…。
イルカはぼんやりと目を覚まして、拘束されている自分に気付いた。
抱きしめられているのは自分で、抱きしめているのは銀髪の上忍で。
その腕から抜け出そうとしたけれども思いの外きつく絡んだ腕を外す事が出来なかった。
「これって…」
飲みすぎてヨロヨロの自分を、カカシが連れ帰ってくれたのだろう。何やらふわふわした気分になった所までは記憶にある。
そしてその後は?
悩もうにも抱き込まれた状況が恥ずかしすぎて、所在無くもぞもぞと身を捩るばかりだ。
ああ、きっと女の人と勘違いしてるんだ。目が覚めて気付いたらさぞがっかりするに違いない…。
鼻の付け根がツキンと痺れる。何涙ぐんでるんだ、俺。




□■□




「んん…?」
「あ」
「あー、おはようございマス」
「お、おはようございます…」
そのままの体勢でぎこちない挨拶を交わし、おずおずとイルカが声をかける。
「あ、あの…、これは…」
「えーと、ああ、俺もそのまま寝ちゃったんだな…」
ガリガリと頭を掻いて言うカカシから慌てて離れようとした。
「あ、俺、なんかすごく失礼な事を…」
イルカを腕から離さずに、カカシはその顔に近づいた。
「イルカ先生」
カカシの唇がそっとイルカのそれに重なった。
「俺は先生とこういう事したいと思ってるんだけど」
カカシは昨夜思ったことを(いや、実行もしたけれど…)そのまま口にした。
ちゃんと、起きているこの人に。
「…嘘」
唇を押さえて呟き、イルカは目を瞠ったまま首筋まで赤く染めた。
「イルカ先生は…、こういうのダメ? 許せない?」
間近で見るカカシの顔に見惚れながらもイルカは途惑う。
「な、何で…」
「あー、っと、そっか。ねぇ、イルカ先生。ちゃんと聞いて?」
いつもは眠そうな目をくっきり開き、イルカの頬を手で挟んでカカシは続ける。
「俺、イルカ先生のこと好きだから」
「え…、嘘…」
「ホントだって。信じて?」
離れようとするイルカを逆に引き寄せて、再び口付けた。抵抗をなくしたイルカにカカシは問いかける。
「ねぇ、イルカ先生。こういうの…ダメ?」
「俺…、俺は…」
逡巡の後、その腕がカカシの背中にまわった。そうしたイルカ本人が一番驚いているけれど。
「信じられない…。でも、俺も…好きです。ずっと、前から」
今度はカカシの目が見開き、それからゆっくりと細められた。
「すげ…嬉しい」
イルカを抱きしめる腕に力がこもる。
「あ!」
突然イルカが声を上げた。
「な、何?」
今貰ったばかりの返事を覆されるとでも思ったのか、カカシは慌ててイルカの顔を見つめる。
「今日…、特別な日でした」
「特別な日?」
「誕生日。誕生日なんです、俺の」
「…じゃあ、今年一番最初にオメデトウを言えるのは俺って事?」
「はい。そうなりますね」
イルカはくすくすと笑う。カカシが不思議に思っていると小さく呟いた。
「今年は…、すごいプレゼント貰っちゃったなぁ…」
嬉しそうに笑うイルカに凄いのはアンタのその笑顔なんだけどなぁ、とカカシは思ったが、勿体無いので黙っていた。
かわりに、もっとすごいコトしてあげますよ、と何度も口付けを落とした




<END>




(2004.05.24)

またしても酔っ払いネタ。ワタクシ酔っ払いイルカが結構好きなようです。
誕生日くらいは強引に襲われずイチャイチャして欲しいので、少し恥ずかし目な感じで
お送りしました(笑)


(2004.05.26)

オマケつけました。ちゅー止まりじゃイヤンという大人の方だけどうぞ。しつこいのがヤな方は行っちゃだめです。



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