七夕の宵
サワサワ、ザワザワ。風に響く音。
「イルカ先生、こんなトコにいたんですか」
アカデミーの中庭に大きな笹が設えてあり、イルカはその前にいた。
「ああ、今日は七夕ってやつでしたっけ」
さして感慨もなくカカシは声を掛ける。
「はい。生徒達と毎年飾り付けるんですよ」
イルカは振り返る事もなく言う。見上げる笹は沈む直前の夕日に照らされて色とりどりの短冊をはためかせていた。折り紙で作ったスイカや輪飾りもたくさんついていて、風に合わせてサワサワと揺れていた。
「年中行事っていうのは子供のうちから馴染ませたほうがいいんです。子供の頃の体験の方が吸収がいいですしね」
それに、と少し間をあけてカカシに向き直り続ける。
「諜報に出るような事にでもなればイヤでも各地方のやり方を覚えなきゃならないですし。素地はつくっておかないと」
「あー、そういう意味もあるんですねえ。俺なんか全然わからなくて。何かあったらただの丸暗記です」
「戦忍の方達にしたらそれどころじゃないんでしょうが、アカデミー生はまだどちらの方向へ行くか適正を見きわめる途中ですからね。まあ、何事も経験、というところです」
「ふうん。やっぱり先生ですねえ」
「やっぱり、って何ですか。…まあ、正直戦い方を教えるのと比べるとこういう行事は遊びみたいで楽しいですが」
そう言ってイルカは鼻の傷を擦った。少し困ったようなその仕草をカカシは目を細めて見つめる。
「イルカ先生は何を書いたんですか?」
揺れる短冊を一枚摘んで、指先で弄りながら尋ねる。
「いえ、まだですよ。ああ、そうだ、カカシ先生も何か書かれますか? 短冊ならまだたくさん残ってますよ」
「あー、俺はいいですよー」
「まあそう言わずに。年に一回の事ですし」
「大体これに書いて誰が叶えてくれるってんですか?」
呆れたように言うカカシに、イルカは少し顔を引き締めて答える。
「自分ですよ」
「は?」
思わずカカシは聞き返した。
「だから、自分で叶えるんですよ。子供達だってお星様が叶えてくれるとは思ってません…というか俺はそんな風に教えてないので」
「そう、なんですか?」
「『○○しますように』、っていうのは自分の希望だから、自分で叶えるんです。まあ宣言というか、これで自分に発破をかけるんですよ」
にこやかに笑ってみせるイルカに、カカシはわざとらしく肩を上げてから溜息をついてみせた。
「はあ〜。なんか夢も希望もない感じですねえ」
「忍者は裏の裏をかけ、ですよ。ここは忍者学校ですからね」
「裏もなにも…、思いっきりまんまじゃないデスか…」
「あはは。そうですよね。でもまあ少しずつ覚悟をつけるわけですよ」
「覚悟ねぇ…」
しばし考えてカカシはイルカに見えない口の端を吊り上げた。
「やっぱり一枚下さいね」
「何て書くんですか」
「えーとね『イルカ先生を奥さんにする』」
「何ィ〜〜ッ! ちょ、待てッ!」
「もう飾っちゃいましたよ〜v」
「飾るな! はずせッ!」
「無理で〜す。ま、天辺だから子供には見られませんヨ。それより暗くなってきたから、七夕の出店が始まりますよ。イルカ先生前から楽しみにしてたじゃないですか〜。ナルトたちも行くって言ってましたヨ?」
「でもッ、あの…」
顔を赤くしたり青くしたりしているイルカの腕を、カカシはぐいぐいと引っ張って中庭を後にした。
サワサワ、ザワザワ。
無駄に力を使って笹の天辺にチャクラで貼り付けられた短冊は、どんな強風にもビクともせず、天の川が瞬く頃にも輝いていた。
(04.07.07) 七夕ですからね…。色々と出任せなのでツッコまないで下さいませ(笑) そして蛇足。
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