魂揺らし 8

「…ッ…」

薄い毛布の下でイルカが呻いた。カカシは水筒を手にして近寄る。
「気が付いた? ごめんね、無茶して。」
「あ…、え…」
自分が気を失っていたと気付いて、イルカは慌てて頭まで毛布を被って丸まった。あれからどの位の時がたったのだろうか。それに…。

俺って…、あああ…。

それを見てカカシがクツクツと笑う。
「わ、笑うことないでしょう!」
ごめんごめんと毛布を引っ張ると、顔から首筋まで真っ赤にしたイルカが目尻に涙を浮かべている。それはそれで可愛らしくて仕方ないのだが、ああ、またやっちゃったとカカシは頭を掻いた。
「ごめんなさい、俺の所為だよね。ねえ、水飲める?」
聞かれてイルカは自分の声が酷く掠れていることに気が付いた。身じろぐとあらぬところにも響く。ただ、身体はさらりと乾いていて、カカシが清めてくれたのだと知れた。
「…頂きます」
眉を顰めて起き上がろうとしたら、ひょいと抱き起こされた。
「すいません…」
顔を赤くしたイルカに、カカシの顔が緩んだ。
「アナタ今日は休息って事になってるから」
「え?」
「ま、しばらくは動けないだろうしね。上官に言っといた」
クチをぱくぱくさせて俯くイルカに、カカシは水筒を手渡して後から抱え込むように座った。イルカがこくりと水を飲むと、カカシが自分の背中から毛布を掛けてイルカごと包まる。
「…暖かいね」
「あの、俺…」
イルカが喋ろうとするのを遮ってカカシが話し出す。
「俺ね、あんたのこと付回したり色々言ったりしたけど…。それに関しては、謝る。ごめんなさい。
あとさ、四代目が俺の先生だったっていうのは、きっと三代目から聞いてるんだよね?」
イルカはこくりと頷いた。
「多分、俺はイルカに…、いや、イルカの親に嫉妬してたんだと思う」
「嫉妬?」
「そう。四代目の最期に立ち会ったから。俺には許されなかった。
子供だったからね…。俺はそれを認めるのが悔しかった」
黒い瞳が振り向いてカカシを見つめた。
「イルカの親に責任転換したんだと思う。認めたくなかったけど、まだまだ未熟だったってことかな…。八つ当たりだよ。でもねえ、今は違う。
イルカに…、惚れちゃったからね」
イルカの髪を弄びながらそう言うと、ふいと視線が逸れた。
「暗部は、抜けられない?」
言われてイルカは身を硬くした。
「カカシさん…」
カカシさん、それは…無理です。
何も言わないイルカの肩口にカカシは額を押し当てた。
「ごめん。変な事言っちゃった。でもね、今度外に出るような時は俺が付いて行く。他の誰かにイルカを取られたくない。うーん、なんて言ったらいいのかなぁ…」
カカシは再びイルカを見つめた。
「最期は…、俺がイルカをみてあげる。俺の最期はイルカがみて?」
色違いの双眸が真剣な光を湛えてイルカを射抜く。




ああ、とイルカが呻いた。


この人を、俺はこの人を待っていたんだ…。
腕一本になっても、この人なら…。




イルカが涙を零すのを、カカシは不思議そうな顔で見ていた。が、イルカをぎゅっと抱きしめて耳元で囁く。
「で、イルカはいつから俺のこと好きになったの?」
意地の悪い問いにイルカは顔を染める。
「…わ、わかりません。でも、一緒に戦った時…、綺麗だと思いました」
「綺麗?」
「ええ。カカシさんは羨ましいくらい、強くて…綺麗でした」
イルカの頬に流れる涙に唇を寄せながらカカシは溜息をついた。
「綺麗なのはイルカの方だったよ」
「…ッ、違うっ、俺は…、俺は…」
どう説明していいのかわからずイルカが言葉を詰まらせていると、カカシが膝で正面に移動してきた。真っ直ぐに見据えてイルカの頬を両手で挟む。
「イルカも俺と同じだね」
「え…?」
「俺と同じ。過去に囚われてる。ねえ、ふたりでさ、抜け出そうよ」
「抜け…出す?」
「そう、抜け出すの。ふたりで居ればできると思う」
「ふたりで…」
「そ。ふたりで」





外が薄っすらと白んできた。もうじき夜が明けるのだろう。


「俺、アカデミーの教師になりたいんです」
「いいね。そういうの似合ってる。俺はまだ、どうしたらいいかわかんないけど。とりあえずこの戦いを終わらせて、ね」
「イビキさんにも心配かけちゃったし…」
「そうそう、奴とはどうなの? あいつイルカをお姫様抱っこしたりして。俺、あれ見てかなりショックだったよ?」
「お姫さま…、そ、そんなの、アナタだってしたじゃないですか…」
多分、イビキは本能的にイルカから自分を遠ざけようとしていたんだろう。俺の執着もイルカの迷いもとっくに見抜いていたのかもしれない。そしておそらく三代目はそれ以上に。姑や小姑がいるようなもんだと、心の中で溜息をつく。本当にこの人は大事にされている。
「俺以外はダメです」
「カカシさんて…」
その言葉にイルカが呆れたように眉を動かす。
「自慢じゃないけど俺はかなり独占欲強いよ?」
「イビキさんは俺が小さいときから面倒見てくれてたから…。兄さん、みたいなものです」
「随分と強面のお兄さんだねえ」
「でも普段はすごく優しいですよ?」
「やだやだ。想像したくない。とにかくこれからは触らせちゃダメ」
わざとらしく顔を顰める仕草にイルカはクスリと笑って頷いた。
その幼い仕草に満足してカカシはイルカを抱いて寝床に転がり、髪に鼻先を埋めて目を閉じる。イルカもされるがままに目を閉じて、その温もりに微睡んだ。




新しい火影が、五代目が決まってしまえばイルカの『魂揺らし』としての任務は終わる。
自分のチャクラは三代目にしか反応しないようになっているから。
しかしそれは何時の事か未だわからず、自分がそれまで生きている保証もない。だから続けていくしかないのだ。
それでも自分はカカシと出逢った。自分を委ねることが出来る相手に。
父と母もそうだったのだろうか。

あの時。
任務を果たし。
心安らかだったろうか。
俺のことを少しは気にしたかなあ。

こんな風に両親を思うなんて考えたこともなかった。これもカカシの言う「抜け出す」ことの一つなんだろうか。


「イルカ?」

「…いえ」

背中にあるイルカの手にきゅうっと力が篭った。暖かい感触と肌触り。
そしてイルカの匂い。カカシはそれに頬を緩める。

「大丈夫」

イルカにか自分にか、わからないけれどそう言った。
あの時から今までの期間とイルカと接するようになってからの期間を考えれば、信じられないほどあっけない出来事だったが、一生の相手を手に入れたのだと思う。
ふたりで進んでいこうと決めたからにはもう離さない。いや、嵌まったのは自分かもしれないが。
これからずっと一緒なんだからそれはどちらでもいい。

抱き合う今この時がすべてなのだから。




END




(04.06.11)
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。消化不良は否めませんが…。
まだ若い頃のふたりのお話でした。いずれ現在(?)までつなげられたら、と思っていますので、その時はまた読んでやって下さい。

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