眩しいその光





必要な裏工作を全て終え、俺は捕虜の扮して城に入り込んだ。
左眼に包帯を巻き、髪の色を変えたなりで牢に連れられてきた俺にイルカは驚いた目をしたが、すぐにいつもの笑みを浮かべた。音を出さず唇の動きだけで「カカシ先生が…来て下さったんですね」と言い、小さく頭を垂れた。
印を組めないように自分と同じように後ろ手に括られた姿勢で、固い床に座っている人の隣に腰を下ろす。しばらくふたりして押し黙っていたが、見張りが離れたのを確認してから口を開いた。
「怪我は…してませんね。侍ってやつらには武士道とかいうのがあるらしい」
「はい。交渉中ですから手荒な真似はされていません。大丈夫ですよ」
でも体が鈍っちゃってダメです、と苦笑いをするのにほっと息を吐いた。それでもろくに食べていないのだろう、その削げた頬が痛々しい。
それでも、この人は…変らない。いつでも、どんな時でも。眩しいくらいに。
「でも、すいません。カカシ先生を煩わせるなんて…」
「いえ、気にしないで下さい。じきに出られる手筈ですから」
申し訳なさそうに頭を下げる人にこの手を伸ばしたいのに。

ああ、そうか。
わかったよ。
俺は、この人が。

イルカ先生が。

アスマたちはとっくにわかっていて、気付かない間抜けな俺に呆れて笑っていたのだろう。人にはとっくの昔に気付かれていて自分だけが気付かないなんて、我ながらがっくりくるオチだと思うけれど。




□■□




「ほらよ、メシだ」
牢の下にある扉からアルミの皿が突き出される。
二人で顔を見合わせると、カカシが立って皿を足でずらしてきた。幾らかの具の入った雑炊のようなものが入れられている。
「大丈夫だと思うんですが、一応今までは水以外あまり取っていないんです」
「んー、まあ殺されるとは思いませんが」
言いながらくんくんと匂いを嗅ぎ、少し舐めてみる。
「毒は入ってないみたいですね。今は食べておいた方がいいです。時間はかからない筈ですが少しでも体力は温存しないと。俺が先に食べますから」
「あっ! 待って…!」
カカシにそんな毒見みたいな真似させるわけにはいかないとイルカが皿に近寄るが、カカシは構わず食べ始めた。
手が使えないので犬のように皿に顔を突っ込んで食べるしかない。半分ほど食べたところでイルカにも食べるように促す。
「さすがに旨いとは言えませんけど、食べないよりはマシです。ああ、久し振りならゆっくりと、ね」
いったん制止されてから、カカシと同じように皿に口をつけてイルカも食べ始める。量で考えると子供の食事にもならない程度だが、胃に物が入って少し落ち着いたような気がする。
顔を上げて一息ついた時、カカシの顔がすいと近づいてきた。何をと聞く間もなく、唇の周りをぺろりと舐められた。
「…! なっ…」
「そのままにしておくとかぶれますよ」
そう言って笑いながらカカシは何度も舌を出す。確かに犬のような食べ方をした所為で口の周りがベタベタしていたが…、しかし。
イルカが顔を赤くして瞠目しているにもかかわらずカカシは行為を続けた。
「俺もお願いします」
「え、…ええっ!」
イルカの顔が更に赤くなる。
「え、で、でもっ…」
「俺のデリケートな肌がかぶれたら男前が台無しでショ?」
冗談とも本気とも付かないことを言われて目を白黒させたイルカは、逡巡の末カカシの顔にそろそろと近付く。
重大な決心をした顔つきで舌を出してきたイルカを見て、カカシのほうも内心は穏やかではない。しかしまだ告白を済ませた訳でもなく、今の特殊な状態で何かしてもイルカが信じるとは思われずにそっと目を閉じた。心の声が顔に出ないようにするのが精一杯だ。
(はあ…、これって役得なのか、拷問…なのか…)
この役目をもぎ取ってきた甲斐があったというべきかいわざるべきか、悩みながらもカカシはイルカに自ら擦り寄る。支えるように当たった胸からイルカの早い鼓動が伝わってきて、手が使えたならすぐさま押し倒してしまいそうだった。
一方のイルカは恥ずかしさのあまり倒れそうな程に緊張していたが、カカシに言われたのだからと自分にいい聞かせて震える自分を叱咤していた。
ひとしきりの事が終わると、どちらともなく苦笑いが漏れて口を開く。
「カカシ先生は元々格好いいから、髪の色を変えても何しても男前ですね」
「いや、イルカ先生みたいな綺麗な黒髪は似合いませんよー」
男二人が薄暗い牢の中で褒めあっているのは滑稽だったが、しばらくお互いに照れて無駄話をしていた。




□■□




二日後、当初の手筈通り牢から開放された。
「よう」
牢に入ってきた見慣れた男に、イルカは慌てて立ち上がり頭を下げた。
「あっ、アスマ先生! すいません、ご迷惑をおかけして…」
「おめぇの所為じゃないからな、気にすんな。それよりもこっちの馬鹿だよ」
イルカの枷を外しながらアスマは紫煙を吐く。
「馬鹿はないでショ」
「馬鹿だよ、馬鹿。イルカ、こいつな、おめぇを助けるのにこの城落しちまいやがったんだよ」
「はあ?」
イルカは間の抜けた顔で二人を見た。カカシの顔を煙草で指してにやりと笑うアスマに、憮然とした顔のカカシが肩でぶつかる。
「うるさいよ、髭。いいから早く俺のも外せ」
「カ、カカシ先生、城を落としたって…」
心持ち青ざめるイルカと薄っすら頬を染めたカカシという珍妙な組み合わせを見比べ、アスマは哀れむようにイルカの肩をぽんぽんと叩いた。
「まあ、カカシに聞けや。俺はまだ後始末があるから先に行くぜ」
そう言って出て行ってしまった。
痺れる手をわきわきと握ったり開いたりしてみるとなんとか動いたので、イルカはとりあえずぎくしゃくとした動きのままでカカシの枷を外した。
「あの、いったいどういうことでしょう?」
「あー、と」
カカシがガリガリと頭をかきながら話しはじめた。
「つまりですね、ちんたら交渉するよりも落とした方が早かったんですよ」
イルカと視線を合わせようとせずにカカシは説明する。
(早かった、って…。)
「それじゃ、俺たちのした事は無駄だったんですね…」
イルカの押さえた声にカカシはバッと振り返った。
「そッ、そんな事はないです! ただ城主が優柔不断な、家来に丸め込まれるような奴だったんで…。お家の事情にちょっと首を突っ込んだだけです。三代目の方針変更なんです! すぐに次の城主が就きます…ッ…」
一気に捲くし立てながら、俯いてしまっているイルカの腕を両手で掴む。無意識にその身体に縋りつくようなかたちになってしまっていた。イルカはその勢いに気圧されて、困ったように眉を寄せて声をかけた。
「あの、カカシ先生、落ち着いて…」
「えっ、あっ、すいません! 俺っ…」
「カカシ先生が謝る事なんてありませんよ? 俺は助けてもらったんですから」
「でも、なんか余計な事したみたいで…」
「状況が変っただけです。カカシ先生の所為じゃありません。最善の策をとって下さったんでしょう?」
「俺は、イルカ先生を助けたくて…」
イルカの腕を慌てて離し頭をガリガリと混ぜながら言うカカシに、鼻傷をひと撫でしてからイルカは微笑んで答えた。
「ありがとうございます、カカシ先生」
「あ…、はい」
きっと今自分はすごく情けない顔をしているに違いない、とカカシは思わず自分の目元を掌で隠すように覆った。
「木の葉へ帰りましょう」
「そうですね」
「ん〜、一楽のラーメンが食いたいなあ」
イルカがぐぐっと伸びをしながら言った。あまりにらしいセリフにカカシも思わず笑いながら頷く。
「帰ったらまたナルトがうるさそうですねー」
「ああ、そうかもしれませんねえ」
それでも嬉しそうな人をカカシは眩しそうに見つめる。

この人はいつだって。
いつだって俺を。

どう口にしたらいいのかわからない感情を飲み込んで、カカシはイルカを促して歩き始めた。

まだもう少しこの状態が続いてもいいと思う。自分がもう少しこの状態に慣れるまで。自分の持つこの感情が一体何なのかに気付いたばかりだから。
まだしっかりとは開けていられないこの眼が、もう少しあなたの明るさに慣れるまで待っても遅くない。

そして告げるのだ。

長く心に住み続けていた、あなたに。



<END>




(2004.07.14)
読み返してみればカカシの片思いのような話に…。イルカ先生全く気がついていなーい! にぶちんイルカになってしまいました。ごめんなさい(汗)

「+S.S.S.+」のすぎ様より、イメージイラストを頂きました!
ステキ〜♪ イルカ先生可愛い〜♪ すぎ様、ありがとうございました!! (2004.07.23)

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