焔のの揺れる闇





里が三代目を失い、葬儀が執り行われた日だった。
濡れそぼつ黒い服を身にまとい、涙を流す子供をその胸に抱きしめながら、一言ずつ大事に噛みしめるように言葉を紡ぐ人。

いつもは健康的な肌の色が酷く白く感じて思わず不安に胸をかき乱された。
次世代へ意思を繋ぐ、「センセイ」としての言葉と裏腹に己が感じ取ったのは、常からある日なたのような気配ではなく、悲しみを表に出せない、ただただ喪失感を抱えた幼子のようなそのひとの気配だった。
こんな時にも自分は慰霊碑に向かう。一番に愛しているのはイルカだ。けれども失ったものを悔やむことを止められずに今も続けている。四代目やオビトたちをイルカと比べる事は出来ない。生きている者と居なくなってしまった者をどうやって比べるというのだ。




カカシはいつものようにイルカの待つ部屋に帰った。自分が共に在りたいのはイルカで、イルカの隣以外に身を置く場所はない。

部屋でひとり泣いているのではと思ったがそんなことはなく、当たり前のように食事を用意する人に何も言えず、いつものように食事をした。イルカから自然と葬儀の話題があがったが、木ノ葉丸やナルト等子供の話題ばかりだった。少しずつ悲しみが癒えればいいと寂しそうに笑うひとに、そうですねと在り来たりの返事を返し、あなたもですよと言いたかったが口には出来なかった。こんな時にかける言葉を持たない自分をはがゆく思う。
それでも温めてやりたくて、灯りを落としてからいつものように求めて何度も抱き合った。この腕から失わないように。






「俺の両親ね」
甘い熱の残る身体を名残惜しく指で辿るカカシに、イルカが口を開いた。
「ん?」
指を止めて顔を上げると、扇情的な頬に朱を刷いたままの表情で、その黒い双眸はぼうっと天井を見つめている。
「俺の両親って、ホントの親じゃなかったんです」
突然そう言われて、カカシには返す言葉がなかった。元来自分に両親の記憶が全く無いので、良くも悪くも親というものに特定の感情が湧かないのだ。
「どうしたの、急に」
イルカの項の下に腕を入れて抱きこみ、顔に落ちた髪をかき上げてやる。
「両親とも忍だったのはカカシ先生も知っていますよね」
「うん。二人とも上忍で、四代目の側近だった。俺は直接話したりした記憶はあまりないけどね」
「代わる代わる、時には一緒に任務に出てました。子供の目から見ても仲良かったですよ。いい両親でした。でもある時、そう、俺がアカデミーに上がる時にひとつだけ、知っておいて欲しいと打ち明けてくれた事がありました」
そこまで話してイルカはカカシの手に指を絡ませた。


「俺は父親が任務で行った里の、戦の生き残りだったそうです。臍の緒を切って間もない、ほんの小さな赤子だったと」
「父は…、どうしてでしょうね、連れて帰ったんだそうです。忍びになれそうな位のチャクラはあったのかなぁ。まあ、俺は結局中忍止まりでしたけど…。それで母と相談し、三代目に許しを得て、育てる事にしたんだ、って。だから俺の誕生日は、その拾われた日なんです」
「でもね、実の子じゃないって言われても全然実感なかったですけどね。二人とも俺を愛してくれてましたし、ごく普通の家庭でした。本当の親なんて顔もわからないし、知らない人間なんですから。」
「だから、九尾の事件で二人を亡くした時は本当に悲しかった」


カカシは空いた手でイルカの髪を撫でた。イルカが目を伏せる。
「だけど、今、考えてみると――」
「うみのの血は二人が死んだ時に絶えているんですよね。俺はあの二人の子供だったけど、継ぐべき血を初めから受けていないから…」
「イルカ先生」
「だから俺は、ナルトが可愛いのと同時に羨ましいのかも知れません。あいつは、親を持っていないけれど、間違いなく里の英雄の血を受け継いでいる」
閉じたイルカの眦から、ひとすじ涙が伝った。
「三代目はそんな俺に気が付いていたのにあいつの事を任せてくれた。だから…、俺は…」
「イルカ先生」
イルカの唇をカカシの指が塞いだ。溜まった涙をちゅ、と吸い取る。
「それ以上言っちゃだめです。――そうですね、あなたは確かに愛されていたと思いますよ。ご両親にも三代目にも。そしてちゃんとナルトのことを愛して慈しんできた。あいつを見てればちゃんと判ります。そういう絆に血縁は関係ないと思いますよ。あなたは愛し方をちゃんと教わってるじゃないですか」


なにより、


とカカシは続けた。
「俺はイルカ先生をこんなに愛しちゃってますけど、血は繋がってません。むしろ繋がってなくてラッキーでした。そんなものあったらこんな風にできないでしょう?」
ぎゅうっと抱きしめられてイルカは苦笑する。
「ばかですね…」
――俺は貴方の血が後世に残ることも阻んでるんですよ。それどころか残したくないとさえ思っている。俺はなんて業の深い…。


イルカは胸の中でひとりごちた。




黙り込んだイルカにカカシは何も言わなかった。啄ばむように唇を重ねるとイルカも合わせてきた。互いに腕を絡めて抱き合う。
お互いが何も残せないのはもとより承知の上だ。割り切れないイルカがどれだけ悩むであろうかという事も。だがそんな事は捨て置いて、何が何でも自分はイルカが欲しかった。


イルカが手に入るならどんな事でも、する。

自分が唯一欲するもの。


この人が自分といる為には、本当にいろいろな物を捨てなければならないだろう。陰から庇護してくれた三代目もいなくなってしまった。
それでも、この人は自分自身のそんな事は考えもせずに、俺の捨てていくものばかりを悔やんで悲しむのだろう。
そんなこの人の心の痛みだけが、この胸にも突き刺さる。


だから。


この胸に広がる甘い血溜まりに貴方を沈めてしまおう。




カカシはイルカの額に口付けると
「離しません」  と囁いた。

「はい」 と
躊躇うことなくいらえがあった。




<END>




(2004.04.22)


すいません、追悼になってませんね…。三代目はイルカ先生にとって血の繋がらないおじいちゃんなんです。カカシ先生にとっては曾じいちゃんなのでちょっと遠いです。
…そんな感じ。だめだ、おかしい…(汗)









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