「イルカ先生?」

驚いた。
なんか凄く驚いた。
あまりに突然だったので、馬鹿みたいなどうでもいいような質問しか口から出せない自分にもかなり呆れた。

「…アナタ、いったい幾つ仕事してんですか」



こんな夜に徘徊するのは俺たちのような者ばかりだ。
月さえ雲に隠れて身を潜め、風も濁るように凪いでいる夜に。

里長はその見かけの通りの狡猾さで、昼間は俺に「センセイ」を押し付け、空いた時間を見繕っては部下の子供達など到底連れて歩けないような任務を山のように押し付けてくる。ちょっと働かせすぎなんじゃないの?、と一応チクチク、いやはっきりと嫌味も言ってみたがそんなものを気にする人である訳もなく。
そして今日も過剰労働は続いている。いつになったらこの白い面を捨てることが出来るのか、まあ出来る訳ないよなぁ、と一人問答するのも飽きるくらいに。
ようやく一仕事終えて帰ってきた真夜中に出会ったのが件の先生だ。
いや、夜中に出会っただけならお互いイイ年をした大人、しかも忍者なんだからたいした感慨も湧かないのだが、俺と同じ格好してるってどういうことよ?

これって、一応かなり特殊な格好なんだけど。
そんなにたくさんいる訳じゃないはずなんだけど。
それをなんで。
中忍の、ナルトの元担任の、のほほんとしたラーメン先生が着ているのか。
いや、暗部に階級は関係ないから中忍でもいいけど、のほほんは問題アリだろ。

夜目にもわかるほど返り血をたっぷりと浴びた姿。風がなくても濃く漂う血臭。そんな姿で目の前に現れた…、否、俺が現場を通りかかっただけなんだけどね。
仕事帰りにこんな人に出会うとは思わなかった。人の任務に口出しする趣味はないけど、なんというか場違いすぎる気がして。
九尾を宿した子を庇って態々背中に傷をつくって、その子供をアカデミーから卒業させて、その後もまだ気にかけているセンセイ。ナルトときたら未だにイルカ先生、イルカ先生と煩いのだ。一番はイルカ先生と食べるラーメンだと言い切る奴。サクラやサスケも文句を言いながら満更でもない顔をしている。おまけに中忍試験前のあの諍いがあった。どこまでも教え子に甘い教師だと、教師の向いていても忍者としては甘すぎると、そう思っていた。そして俺の何が分かるんだと、思った。

言われた言葉に傷ついたふりをして。
こだわっていたのは俺のほうか。



「…アナタ、いったい幾つ仕事してんですか」
俺の的外れでおかしな質問にイルカはあははと小さく笑い、特徴である鼻傷の端を掻きながら答える。
「こんばんは、カカシ先生。見つかっちゃいましたか。こっちの仕事は滅多に無いんですけど…」
そりゃそうだ。長い間暗部にいた俺だって初めて知ったんだから。
「えーっと、あのジジイ、ホントに人使いが荒いですねぇ。イルカ先生もさあ、適当に断っちゃえばいーのに」
「ジジイ…って。そんな訳にはいきませんよ。任務なんですから」
「任務ねえ。イルカ先生は面着けなくていいんですか?」
「ああ、ちょっと割られちゃいまして。ここにありますよ。カカシ先生こそ頭の後に着けてちゃ顔が丸見えですよ?」
「俺は口布あるし、どうせこの髪でばれちゃうし。いーのよ」
そうなんですかと言いながらカカシから視線を外し、足元に転がるモノを見つめる双眸は静かに冴えていた。忍刀に付いた血糊をびゅっと掃って鞘に納める姿に、アカデミーの先生の面影はあまりない。いつもの髪型と違い結っていない黒髪が身体の動きにつれて揺れる。

ぞくりとした。
何ていうか、もの凄くイイ。

「そんなに見ないで下さいよ。似合わないのは解ってんです」
勝手に勘違いしたイルカは僅かに顔を赤くしながら憮然として言い放つと、その場で印を切って死体を始末した。

うん。鮮やか鮮やか。

口布の下でうっそり笑うと、気付いたイルカが睨み付けてきた。
からかわれたと思ったのかな? その逆なんだけどネ。
「や、気にしないで下さい。なんか嬉しくなっちゃって。えーと、色々聞きたいんですけどいいですかねぇ?」
「はぁ?」
呆れた顔で聞き返す様はいつもの『イルカ先生』で。
「カッコイイですよ、暗部装束。あ、でも刺青ないから暗部とは違うのかな?」
さらりと言ってのけると、イルカは少し上を向いて考え口を開いた。
「まあ似たようなモノです、直属ですから。あなたと同じで専属ではありませんけどね。顔を隠すにはこの装束が一番都合いいんです。元々皆が面を被っていますし存在そのものはよく知られているから色々とあっても見て見ぬ振りされますしね、いい隠れ蓑ですよ。でも父兄や子供たちに刺青なんか見られると色々厄介なので、それは真似ませんが」
確かに暗部があんなチビどもの先生なんて洒落にならない。
チャクラで刺青だけ出すことなんかもあるんですけどね、面倒なんであんまりしませんね〜、などとイルカは暢気に笑って言う。

あ、その顔。のほほんだ。

「ま、正直言ってこの格好、単に三代目の趣味なんですよね。どうしても着ろって仰るから…。俺は別に服なんてなんだっていいんですけど、三代目に頼まれたらイヤとは言えませんし」
なんか凄い事言われてる気がするんだけど。
三代目のお気に入りっていう噂はどうやら本当みたいだ。しかも本人は全然気が付いてないっぽい。なんだか少しだけ三代目が可哀想な気がしてきた…つか、いいのかそれで?
「はあ〜!? そんな理由って…アリ?」
「さあ? でも里長の指示なんで」
「う〜ん。それは…」
「しょうがないでしょう?」
また苦笑しながらイルカはぶつぶつ呟き始めた。
「それよりマズイよなぁ。カカシ先生なんかに見つかっちゃって。三代目の小言喰らっちゃうよな…」
「なんか、って、ヒドイ。だいたい小言で済むんですかー?」
「う…、言わんで下さい。でもまあナルトもだいぶ手が離れたし、この仕事だって無理やり押し付けられたんだし…ダメかなあ…。そういや、なんでだかカカシ先生には特に見つかるなって言われてたんだよなー」
気持ち肩を落としながらさらりと聞き捨てならないセリフを呟くイルカに、思わずあのジジィと罵詈が出る。一体どういう意味デスか三代目。

でも残念でした、見つけちゃったよ。

中忍試験のことでやりあって以来まともに話したこともなかったんだけどな…まあちょっと避けてたし。俺が気にしたようにこの人も気にしたのかどうか。いや、伝令を買って出たくらいだから気にしなかった筈はないんだけど、俺の事を片隅にでも置いてくれていたのかどうか。
うわ、俺ってば今凄く構われたがってるよ。恥ずかしーねぇ。

イルカは割れた面を拾い上げ、チャクラで継ぎ合わせると顔に付けた。紐をきり、と結んでから後ろ髪を両手で一纏めに束ねて扱く。指からばらばらと離れる髪が暗闇に溶けていく。俺の髪とは違う深い色に。
「とにかく俺は帰ります。報告しなくてはならないので。カカシ先生は…」
「俺も行くよー? なんか楽しそうだから」
「楽しくなんか無いですよ…。大体、あなただって報告しなきゃならんでしょうに」
脱力した様に呟くイルカの腕を取って、行きましょうとカカシが跳ねた。
「あ、汚れますよ。カカシ先生は綺麗なのに」
「どうってことないです。俺だって今日はたまたま浴びてないだけで」
こんな時でも人の心配してるんだなあ、この人。

できれば。
こんな濁った夜じゃなくて、明るい陽の下で逢いたい。
今までだって会っているけど。
きっと今度は違う。

こんな気持ちになったのは久し振りかもしれない。自分が明るいところで逢いたいだなんて真っ当な人間のようなことを考えてしまうだなんて。今のイルカ先生も十分いいんだけれども、多分コレはこの人のごく一部分。そうじゃなくて、全部を。全てを見てみたいと思った。

「ねえ、報告終わったら一緒に風呂でも入りませんか?」
「ヤですよ。風呂は一人でゆっくり入るんですから。…大体なんですか急に」
「いーじゃないですか、裸のお付き合いで」
「遠慮します」

言葉の割に遠慮会釈のない態度に笑った。里への帰り道にいい連れが出来た。
そして今度は明るい陽の下でもっとたくさん話をして少し自分を売り込もう。
とても一筋縄ではいかなそうな人に、俄然やる気が起きてきたなんてなんだか可笑しいけど。しかも天然そうだからまともにいってもいつ気付いてもらえるかわからないけど。ま、三代目をつついてみても面白そうだしね。
ああ、明日、晴れたらいいねぇ。





(2005.04.21)

60000HITありがとうございました! 支えて頂き本当に嬉しいですvv
お礼というにはあまりにも拙いですが持ち帰りフリーとさせて頂きます。よろしければどうぞ。
それにしても出てこない三代目が酷い言われようで…、わあ、ごめんなさい(汗)





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