半夏生



梅雨に入ってこのところ毎日雨が続いている。
雨が嫌いな訳ではないが、こう毎日続くと色々と支障が出る。
自分は比較的マメに洗濯をするほうだが(自分ではそうだと思っている)、その洗濯物がなかなか乾かないし、布団も干せない。職場ではアカデミーの小さな子供たち相手だから、外での演習も遣り難い。あれこれ調整しなければならない事だらけで頭が痛い。
おまけにもう一つ、気に入らない事がある。



「ぐえっ!」
「ああ、失礼」
寝転んで愛読書を読んでいたカカシの腹の上を、イルカがすたすたと事も無げに歩いていった。
「イルカ先生ひどい〜」
「そりゃすいませんね」
振り向きもせずに言うイルカにカカシが眉を顰める。
「何怒ってんですか?」
明らかに不機嫌な様相の恋人に、カカシは俺何かしたっけなぁ、と首をひねる。
イルカががばっ、と振り返った。
「鬱陶しいんですよっ! まったく朝からずっとゴロゴロゴロゴロして…。俺んちは狭いんですからゴロゴロすんなら自分チ帰ってくださいっっ!!」
「え〜っ、こんな天気の悪い日にひとりは寂しいじゃないですか〜」
「今だってひとりと同じじゃないですか。構ってもらえるワケじゃなし…」
思わず言いかけてアッ、と口を押さえようとしたが、それより早く抱き込まれた。
「それならそうと言ってくれればいいのに〜」
「なッ、何も言ってませんっ!」
ぎゅむっと頬をすり寄せてくるのを手で押しのけながら、イルカは悲鳴をあげた。
「イルカせんせー、カワイー」
頭の悪い事を言うなと身を捩るイルカに、カカシはちゅ、ちゅとキスを落す。それだけでイルカの目元が赤くなり、雰囲気が変る事を知っているからだ。口は相変わらずカカシを罵っているが、その顔はもう変化している。
変えるのは俺だけ。
イルカの顔を眺めながら、カカシは一年前を思い出していた。







ここのところ毎日、七班は任務でとある農家へ来ていた。
その日も任務を終えて、受付所へ帰って報告をしようとしていた道すがらの事だ。
「あーーーっ!」
突然黄色いヒヨコ頭が大声を出して道端へ走っていき、その場にしゃがみこむ。
「おまえね、何騒いでんの?」
その真上から同じようなふさふさの銀色が覗き込む。
「これ! 枯れちまったってばよー!」
しょんぼりと触るのは白く色の変った植物の葉だった。
「俺ってば、この匂い好きだったのに…」
見れば花に近いところが白く変色してしまっている。
「あー、そーね。でも枯れたにしちゃイヤに真っ白いし、萎れてもいないケド?」
ナルトの頭をポフンと叩いてカカシが言った。この子供は見かけによらず草花が好きなのだ。確か家にも鉢植えがごろごろしていた。
「でも、こないだ迄はちゃんと緑色だったってば…」
「そーいうのはイルカ先生に聞けばいいのよね」
後ろからサクラが声をかける。
「イルカ先生そういうの詳しいもの。ね、サスケくん!」
同意を求められたサスケは不機嫌そうな顔のまま頷き、ナルトに向かってドベ、と呟いた。とたんにムキーッと騒ぎ出す首根っこを捕まえて、カカシは「帰るよー」と歩き出した。


「…で、イルカ先生わかるってば?」
「ああ、それはきっとハンゲショウだな」
ナルトの説明を聞き、少し考えてからイルカは答えた。
「葉っぱの片側だけが白くなってたろ? そうか、そんな時期だもんな」
うんうんと結った髪を揺らすのをナルトが見上げた。
「なんだってばよ?」
「ん? 暦に夏至ってのがあるだろ?」
「えー、んなのあったっけ?」
「お前なぁ…」
イルカは呆れながら拳骨を落とす形に手を上げて殴る真似をした。
「ばっかねぇ。授業で習ったじゃないの!」
「ウスラトンカチ…」
はあっ、と大袈裟に溜息をついてイルカが説明する。
「夏至ってのは一年を二十四に区切った季節みたいなモンだ。その中の一年で一番日が長いのが夏至。で、その夏至から十一日目を半夏生(はんげしょう)っていうんだよ。ナルトの言ってる植物はその時期にだけ葉の色を変えるからハンゲショウっていう名前がついたんだよ」
「イルカせんせー、さすがー」
カカシがぱちぱちと手を叩く。にっこりとたわめられた目に、イルカは赤くなってぽりぽりと頬を掻いた。
「いや、カカシ先生、そんな大袈裟な…」
内なるカカシが(イルカせんせーカワいーっ!)とガッツポーズをとった。
カカシはイルカの事をいたく気に入っていたが、イルカはまだその事を知らない。女にはユルいカカシだったが、なぜかイルカには迂闊に手を出す事が出来ず、ここの所ナルトたちをダシにして受付所で話し込む事を日課にしていた。
「あ、今晩、よかったら飲みに行きませんか」
何度か言ったセリフを出来るだけさり気なく繰り返す。イルカは恐縮しながらもまたつきあってくれた。
「そういえばさっきの奴」
「はい?」
「ハンゲショウっていうの。現物みてもピンと来なかったけど、名前だけは聞いたことあります。確か半化粧ともいいましたよね」
「よくご存知ですね。あれは花が咲き終わった頃、夏の盛りになるとまた元の色に戻るんですよ」
「へえ。花の頃だけ化粧するんだ。なんだか艶っぽいですねえ」
「そうかもしれませんねー」



「イルカ先生、送っていきますよ」
「そんな。大丈夫ですよ」
笑いながら言うイルカの腕を取って一緒に歩き出す。
「酔い覚ましがてら歩きましょうよ」
そう言ったカカシをイルカは一瞬なんとも言えない目をして見たが、黙って引かれていく。少し風があって気持ちのいい夜だった。
しばらくお互い何も言わずに歩いていたが、たいして時間もかからずにイルカの家へ着いてしまった。おやすみというカカシの袖をイルカが掴んでいた。
「あの、せっかくだからお茶でも…」
カカシを見つめるイルカの眼が、酔いの所為か潤んでいた。
額宛てを外していて少し下りた前髪がイルカの表情を幼くしている。カカシは思わず袖を掴むイルカの手を握った。
「嬉しいけど、お茶だけじゃ済まなくなっちゃうよ」
思わずホンネが出た。
大事にしてるイルカ先生にこんなこと言って嫌われたらどうすんだ、俺。
声に出してから慌てた。
ところが。
イルカは目を瞠ったけれど、俯いて小さく頷いた。







結局その日のうちにイルカを抱いた。今俺の下にいるイルカと同じような顔をして、涙を零しながら「好きだ」と言ってくれた。
信じられない事に彼も同じような気持ちだったらしい。俺より数段悩んだろうけど、気持ちが通じたら身体も通じたい俺に必死で付いてきたという感じだ。
未だにイイ雰囲気になると無駄な抵抗をする。それはそれで醍醐味なんだけど、毎回そうだとちょっと寂しい。
今日みたいに自分から甘えてくる事はめったにないのだ。こんなチャンスを逃す俺ではない。
その時にだけ見せる顔を、俺は大事に大事にしている。
「あ…、あ」
「イルカせんせ、可愛い」
「ま、た、そんな、事…」
「他の誰にも、見せちゃダメだよ?」
「そ、な…、ああっ…」
朱を刷いたような首筋に印をつけ、自分を刻み込んでいく。変化するイルカを自分だけのモノにする為に。
「イルカせんせ、愛してる…」
「俺、も…」
イルカの手が、自分の背中に縋るのを感じるだけでこんなにも嬉しい。 昔はこんな睦言は馬鹿にしていたけれど、今はこんないいものないと思う。
一言ごとにイルカが変っていく。染まっていく。
今だけ。
きっと、自分も。




10000打ありがとうございました。このサイトは来てくださる皆様の励ましで出来ています!
お礼にかなりラヴい二人を書いてみたつもりですがいかがでしょうか。基本はラヴってことで。
これからもよろしくお願いしますね。



ブラウザでお戻り下さい

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送