‖|||‖ビター‖|||‖





先月のバレンタイン前夜、イルカはカカシに散々いいようにされ、しかも起きたら一人寝台に取り残されていて。
怒りの矛先を失いぶるぶると拳を震わせながら、イルカは誰も居ない部屋の中、掠れてロクに出ない声で散々カカシを罵った。
当然カカシが任務から帰還する頃を見計らって三代目の屋敷に泊まりこみ、三代目がほくほくとした笑みを浮かべる受付所では、びっちりとカカシを無視した。




「イルカせんせぇ〜」
(無視)
「ごめんなさいぃ〜」
(全く無視)
「う、うわああぁ〜ん」

泣きながら受付所から飛び出す上忍を誰もが哀れみを込めた視線で見送った。
その中には、カカシ以外にはいつもの爽やかな笑顔を見事に振りまくイルカに対する驚嘆の視線もあったが、口に出すものは誰もいなかった。
「ふむ。カカシにはいい薬じゃわい」
楽しげに目を細める三代目にイルカは、今日もお邪魔してよろしいですかと、至極律儀に許しを得る。それがかれこれ二週間続いていた。
だがそれを三代目が否定するはずも無く。
「一ヶ月でも一年でも、好きなだけ居てよいぞ」
嫁に出した娘を労わるような、好々爺然とした答えを返す。
イルカはにっこりと笑い返した。




一方、上忍待機所では、えぐえぐと陰気な涙を流すカカシに皆が迷惑していた。
部屋にいた者は一人二人と姿を消し、残ったのはいつものメンバーだ。
隅っこで体育座りをしている人間に係わりあいたくないのも本音だろう。

「まったくもう、めんどくせぇなぁ…」
「ちょっとアスマ、そいつ煩いから放り出してよ」

全く同情しないあたりが普段の素行を思わせる。

「なんだよオマエら…」

益々いじけるカカシに紅が突っ込む。

「だって誰がどう見ても、あんたが悪いって感じだもの」
「だな」
「う…、そ、そうなんだけど…」
「ほらみなさい。あんた何やらかしたのよ」

ここで素直に白状するから更なるイルカの怒りをかうのを、この上忍はまだ理解していない。

「く、くははは〜」
「あはは〜、あんた馬鹿ね〜」

げらげらと笑われて、さすがにムッとしたカカシだが、イルカに許してもらうすべを得るため我慢した。

「もー、どうしたらいいのかサッパリ」

萎れるカカシに紅はビシッと指を指した。

「あんた女心が解ってないわねぇ」
「や、イルカ先生は男…」
「うるさいっ!そんな細かい事はいいのよ」

(細かいって…)

「ヤった後ひとり放り出しておいたなんて、あんたイルカ先生に身体目当てだと思われてるわよ。しかも二週間もある任務の前になんて」
「え、ええぇ〜っ!?」
「当たり前じゃない。あんたフォローがなってないわっ」
「おいおい、そーいう…」
「アスマは黙ってて!」

(知らねぇぞ、おい)

張り切ってカカシに詰め寄る紅を止めるものはもういない。
カカシはカカシで真面目に青くなっている。

「そっ、俺はそんなんじゃないっ…」
「あんたがそう思ってても、イルカ先生はそう思ってないってことよ」
「ううっ、で、どうすれば…」
「そうね…」

ろくでもない話し合いに、イルカも可哀想に…と呟いてアスマが紫煙を吐いた。




その日は受付の仕事も残業も無く、イルカはアカデミー勤務からそのまま三代目の屋敷に帰ろうとしていた。
屋敷の一室を与えられ、賄いの婦人にも気に入られているイルカは毎日上げ膳据え膳で、今日の飯は何かなー、などと考えながら廊下を歩いていた。
そこへ突然現れて行く手を阻んだカカシを、イルカはキッと見た。

「そこをどいて頂けませんか」
「いやです」
「邪魔なんですけど」
「…っ、とにかく話を聞いてください」
「話なんて…」
「とにかくウチへ帰りましょう」

聞く耳を持たないといった風情のイルカを担いでカカシは走り始めた。




「もっ、何するんですかっ!」

上忍の速度に怯みながらもイルカが暴れる。それを往なしてカカシはイルカの部屋へ上がり込んだ。イルカが二週間一度も帰らず、何日も締め切っていたはずの部屋は思いの外空気が濁っていなかった。

「カカシ先生、俺がいないのに来てたんですか」
「えーと、はい。勝手にすいません…。イルカ先生帰ってくるかなー、と」
「……」
「…あの」
「何ですか」
「ご、ごめんなさい…」
「……」
「…ホントに、ごめんなさい…」

小さくなるカカシを見て、イルカは溜息をついた。

「カカシ先生は何について謝ってるんですか?」
「え、あの、この間の」
「本当にそう思ってます?」
「こっそり薬を入れたのは拙かったかな、と」
「…そうですね」
「でっ、でもっ、俺は身体が目当てとかそーいうんじゃなくてっ」
「は?」
「いや、あの」
「サクラがせっかく作ってくれた物にあんな細工するなんて…」

イルカは再び溜息をつくと、首をふるふると振って目の前のカカシを見た。
カカシは目を瞠って固まっていた。

「は?」
「だから。生徒が一生懸命作った物をですね」
「え〜っ! そっちなんですかぁっ?」
「なんですか、そっちって」
「だって、だって紅が、イルカ先生は俺が先生の身体だけを目当てにしてると思ってる、って」
「はぁ? あんたアホですか?」
「アホって、そんなヒドい…」
「大体なんでそこに紅先生が出てくるんですか」
「え、事情を話して解決策を…」

イルカの顔がカーッと赤くなり、いきなりカカシをばしばしと叩き始めた。

「なっ、あんたは、もっ、なんて恥ずかしいっっ!」
「えっ、ええっ、ちょっとイルカ先生、落ち着いて…」
「これが落ち着いてられるかあぁ〜っっ! あんたはもうっ、なんてデリカシーのないっ!」

大声でカカシを詰まりながら、耳まで赤くしたイルカは暴れ続けたが、カカシに抱き込まれて動きを封じられた。

「イルカ先生、ごめん。それ紅にも言われました。デリカシーがないって」

カカシは自分の腕の中で毛を逆立てた猫のようにしていたイルカが落ち着くまで、何度も何度もその背中をさすった。

やがてカカシの肩に額を付けたイルカがぽそりと言った。

「俺は身体目当ての人を家にあげたり、飯作ったりしません」
「うん」
「お茶だって出しません」
「うん、ごめんね」
「…で、紅先生になんて言われたんですか」
「あー、拉致してでもちゃんと話をしろって。ビビってないで、ちゃんと愛してるって言え、って」
「カカシ先生は紅先生に言われたから俺に優しくするんですか?」
「違いますっ! 誰かに言われなくたって俺はイルカ先生を愛してますっ!」

断言するカカシにイルカはくすりと笑った。カカシの背中にそっと腕を回すと、カカシの緊張が緩んだ。

「抱き合いたいと思ってるのはあなただけじゃありません…。俺だってちゃんとそう思ってます。だから知らないうちに俺の意思を奪うのはやめて下さい」

イルカの告白に、今度はカカシの顔が赤くなった。

「イルカせんせー…」
「今日は一緒に飯食いますか?」
「はいっ!」
「ああ、三代目に連絡しておかないと。賄いのおばさんの飯、旨かったなー」
「俺がもっと旨いのをご馳走しますっ!」

カカシは慌てて言うと、イルカの手を引いた。

「そんなこと言って。あ、二人でご馳走になりますか?」
「や、あそこはちょっと。煩いのがいますし」
「あまり言うと任務が増えますよ?」
「さ、とにかく出掛けますよ。旨いもん食ってからまた戻りましょう。布団もね、干しておいたからふかふかですよー」
「あんた昼間の任務はどうしてたんですか」
「ちゃんと影分身置いておきましたから」

無駄なチャクラ使わないでくださいよとイルカが笑った。その顔を見てカカシも嬉しそうに笑う。

(あーあ、結局絆されちゃったなぁ。まあ結構懲りたみたいだし、しょうがないか)

「あ、イルカ先生、今日ホワイトデーなんですけど」
「も、もう何にもしませんからねっ!」

(〜っ! 懲りてないのかよ!)




イルカが考え直したのは言うまでも無い。





(2004.03.14)




会話ばっかりな上、なんとも安易なタイトルですいません。正直慌てて上げたので…(汗) 
カカシが度を越えたヘタレになってしまいました。

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