暗闇の中で目を覚ます。

 そして腕の中の温もり確かめて安堵するのだ。

 温かくてしっとりと吸い付くような肌を持つ身体を抱きしめ直して再び目を閉じると暗闇の中でも安心して眠る事が出来る。夜目が利く自分には本当の暗闇など感じるはずも無いのだが、それでもそんな気分になることがあるから。

 ここは血臭に塗れ屍に溢れたぬかるむ戦場ではなく里。
 尖った神経を殺気に晒すようにしてまどろむ事などしなくていいのだと。





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 自分の人生の中で最大にあり得ない出来事だと思った。
 俺が。
 このどこからどう見ても冴えない中忍の俺が。
 もしかしたら一時の気の迷いかもしれない、とはいえ。
 あのはたけカカシと付き合っているなんて。

 自宅の卓袱台に突っ伏してうみのイルカは拳を握り締め首をぶんぶんと振りながら煩悶し、はぁ〜っと長い溜息を吐いた。当のカカシは子供たちとの任務の為今夜は戻らない。

 つーか、あの人ここへ帰ってくるんだよなあ。

 カカシは自分の部屋も実家の屋敷もあるくせにこの狭い自分のアパートへ住み着いてしまった。必要な時にはそれぞれの家へも行くようだが基本的には当たり前のようにここへ帰って来る。だから周囲の人たちにも自分達の関係はすっかりしっかり丸分かりになってしまった。

 そのくせ声を出せとか無茶なことを…。

 あ゛〜っと妙な声を出してイルカは髪をがしがしと掻き混ぜた。風呂上りでまだ乾かしてもいない髪の隙間から覗く耳が熱くなっているのを自覚できて思わず両手で塞いだが、誰も見る者が無いのを思い出して再び卓袱台に突っ伏した。

 カカシとの関係が嫌なわけでもましてやカカシが嫌いなわけでもない。
 ただ、未だに慣れないのだ。
 慣れないのととにかく気恥ずかしいのと。
 既に何度も身体を合わせているにも関わらず気持ちが付いていかない。感情を躊躇い無く前面に押し出してくるカカシに対し同じように返すことが出来なくて申し訳なくて。いつもついていくのがやっとの有様で情けない。今までも忍者にしては感情が顔に出すぎだとか直情型だとかまわりには散々言われていたがこういう時に限っては素直に行動できないのだ。

 元々憧れの存在だった。そして中忍試験の時に思わす食って掛かってしまうほど自分とは違う世界の人だと思っていた。その時の齟齬が元で話が出来るようになったのだけれど。もっと言えば思いっきり奥の奥まで踏み込まれたのだけれど。

 でも…、どうしよう。

 カカシの誕生日にどうしたらいいのかわからないのだ。何をしてあげればいいのか何をプレゼントすれば喜ばれるのか。カカシほどの存在ならば大概何でも手に入るのだろうし、今更欲しい物があるのかどうか。もしあるにしても自分にそれが用意できるとは思えなかった。
 そうして悩み悩みしているうちに今日はもう誕生日前日だ。時間が無い。にもかかわらず何も思い浮かばないのだ。こんな風に悩むこと自体情けなくて仕方ないのに。

 まだ何も用意してないよ…。

 数少ない女性との付き合いの中では花やアクセサリーを贈ったこともあるのだけれど、相手がカカシではそれも当てはまらない。
 相手が男なら。例えば俺なら。うーん、酒? 忍具? 温泉旅行…なんて時間的に無理だしなあ。大体連休なんて俺ですら取れないのだからとても無理だ。
 それに、考えてみれば自分の家で誰かの誕生日を祝った事など数えるほどしかなかった。そんなことをした人間は皆自分の元からいなくなってしまったからだ。あの人も、あの人も。指折り数えて背中が震えた。


 どうしよう…。


 ますます頭を混乱させてしまい百面相をしながらイルカが唸っていると窓がごく小さくカタリと鳴った。思わず取り出したクナイを握りしめて音も無く立ち上がり窓枠に添って外を窺う。
 ところがそこに居たのは血に塗れたカカシだった。
「なっ! カ、カカシ先生っ!?」
 ガタガタと慌てて窓を開け声を掛けると申し訳なさそうな顔をしてカカシが中を覗き込んでいた。外壁にどう張り付いたものか少し下がった位置から見上げる視線を受けてから腕を掴み引き入れようとすれば首を振って動かない。
「ごめんね、顔だけ見て帰ろうと思ってたんだけど…」
「何言ってるんですか! その血は? 怪我をしてるんじゃ?」
「全部返り血なんで大丈夫です。汚しちゃうからこのまま帰ります」
 既に赤黒く汚れているイルカの手を自分の腕から剥がそうとしているカカシに、イルカは思わず言い返した。
「馬鹿! そんなもん気にしませんから早く上がりなさい! 時間があるならまだ湯を落としてないから風呂使って下さい。話はそれからです!」


 有無を言わせぬ勢いで掴まれた腕と眉間に皺を寄せて口元を引き結ぶイルカとをしばらくウロウロと見比べてからカカシは大人しく部屋へ入った。そのまま風呂場へ進むと後ろから着替えでも出しているのであろうイルカの動き回る音がする。
 溜息を吐いて汚れた服を脱ぎ去り、少し考えてゴミ箱へ放り込むと風呂場の戸を開いた。まだ使ったばかりであろう室内は温かい空気で満たされている。とりあえず血を流す為にとシャワーのコックを捻ると頭から湯を浴びた。
 流れ落ちる水に混じる錆色は自分のものではないけれどタイルを汚していくことに代わりは無いので、身体を清めた後で室内に念入りにシャワーをかけ痕跡を流し落とす。きっとそんなことをしなくともイルカは何も言わないだろう。それでも何度も見回してようやく納得するとカカシは湯船に身を沈めた。普段は風呂などシャワーで十分だと思っているのだが思いのほか神経と身体を酷使していたらしく、温かい湯にじわじわと緊張が解れる。
 今日のように急な飛び込みの任務は「是非写輪眼のカカシに」という但し書きが付いたようなものばかりだ。だから子供達をつれた任務に出ていても彼らを影分身で誤魔化して飛び回らなくてはならなかった。本当は自分の部屋で汚れを落としたらまた子供達の所へ戻るつもりだったのだけれど、少しだけイルカの顔を見て…などと寄り道をしたら見つかってしまった。
 いや、本当は見つけて欲しかっただけかもしれない。
 だって本当に気配は消していたのだから。

 音をたてるつもりだってなかった…筈なんだけどなぁ。

 それでも見つけて貰えた事に安堵を覚えた自分が情けなくて、けれどもなんだか可笑しかった。
 そして緊張が解けてしまえば身の内に沸き起こるものは一つ。



「ごめん、何か、おさまらなくて」
 そう言いながら絡んでくる腕を払い除けることなどイルカには出来なかった。疲れているのなら少しでも仮眠したほうが、とか、子供達のところへ早く帰さなければ、とか、頭の隅で考えはしたものの、湯上りで常より高くなっている体温としっとりとした肌の感触が気持ち良くてたまらなかった。
 そして常なら無い淡く立ち上るカカシの肌の匂い。ぼうっと霞がかかったように明瞭ではない頭が何も考えられなくなるのはあっという間のことで、後はもう只管に追い立てられ縋り付いていくだけで。

 シャリ、シャリ、と髪が枕に擦れて僅かな軋む音をたてる。
 うわごとのような意味を成さない言葉を発することしか出来なかった。







 夜のしじまに寝返りを打つ音と不意に目を開けてぎくりと硬直する身体。
 あ!と口元を押さえてイルカが上体を起こそうとし、失敗して呻いているのをカカシは枕に埋もれたまま見つめていた。
 そのカカシと目を合わせてしまいイルカが気まずげに顔を赤らめる。
「なーに?」
「いやあの、じ、時間、時間は大丈夫なんですか?」
「うん、まだ夜明け前だし平気だけど」
「あの…、その、今日…カカシ先生誕生日ですよね」
「…あ」
 すっかり忘れていたという体でカカシは手を打った。
「おめでとうございます」
「もう喜ぶような歳でもないんだけどねぇ、イルカ先生に言って貰うと嬉しい」
「それで、あの、俺、お祝いとか用意出来てなくて…」
 昨日まで色々と思い悩んでいたイルカは観念したとばかりにカカシに白状したのだが、当のカカシはそんなことには頓着せずにイルカを抱きしめた。
「何言ってるの、そんなのもうとっくに貰ってるんだからいいんだって!」
「えぇ?」
「んー、いいのいいの。さ、もう少し寝ましょう?」
 楽しげに言うカカシに抱き込まれたままイルカは首をかしげたが、満足そうなカカシの顔と疲労困憊の自分を比べ申し訳ないけれどもう少しだけ休んでもいいかと素直に目を閉じた。





 再び大人しくなったイルカの気配にカカシはそっと目を開き、薄っすらと明るくなりつつある窓からの光がイルカの顔に陰影を付けていくのを見ていた。
 カカシが疲れているのではないかと心配していたイルカだが結局のところ落ちる寸前まで消耗させてしまうのもまた何時ものことで。
 乱れた髪に指を伸ばし掬い上げると僅かに鼻の頭に皺を寄せてむずかるようにするから、そのまま頭を撫でるように髪を梳いてやる。


 お祝い、か。
 そんなのとうに貰ってる。
 それなのに悩んじゃって、可愛いなぁ。


  自分がここでどんなに許されているか、育むことを使命にまっとうに歩んで来ただろうイルカにはわからないかもしれない。奪う者と与える者の溝はあまりに深く互いに受ける光すら違う気がする。

 でもそれでも構わない。
 そんなものを物ともせずにイルカはこの場所を自分に与えてくれる。



 それが最大の。







(2008.09.15)

カカシ先生お誕生日おめでとう!
私もカカシ先生のようにすっかり遅刻常習者になってしまいました。だってこれ書き始めたの去年…。あぁ…。





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