ささいだとかさまつだとか






 ゆっくりと。
 線をなぞるように舌が皮膚の上を這っていく。
 否。
 線をなぞる。
 その印。
 刻まれた色素を。
 いとおしむように。
 憎むように。




「ったく、次から次へとチョロチョロ沸いてくるね〜」
 今回の任務はさして難しいものではなく、偏に里の人員不足が露呈されただけの、仕方なくカカシが駆り出されたという状況の代物だった。平均的な能力の上忍が小隊で動くよりもカカシレベルの上忍を入れて一桁の人員でコトを済ませてしまえという五代目ならではの大雑把な計画である。
 この新しい里長が暫く里を離れていたとはいえ子供の頃からよく知るカカシに容赦などするわけもなく。あまつさえさっさと任務を終わらせて三日でも四日でも早く帰ってこいとのお達しだ。きつい眼差しと馬鹿デカイ乳と吐き出される言葉の迫力で男どもの尻を引っ叩いていくのは流石年の功というべきか。ともあれそれが任務であると言われれば否やはなく、場合によっては碌な休息も得られないまま皆が出立と帰還を繰り返していた。
 全ての忍びがそのような状態であったし里の為に働くことは習い性として身に染み付いているのだが、里に残している人のことを想うとつい一分一秒でも長く里に留まりたいという気持ちになってしまうのは己の我侭か、はたまた精神が脆弱になっているのだろうか、とカカシは思わず自問する。
「早く帰りたいねぇ」
 高速で移動しクナイを振るいながらも零れ落ちる言葉。
 我侭だろうが脆弱だろうが、結局は逢いたいというただそれだけなのだ。
 きっと今頃は受付で勿体無いくらいに笑顔を振り撒いているであろう人を思い浮かべると自然得物を握る指に力が戻る。

 うだうだと考えるくらいなら。
 早く終わらせて帰ろう。待つ人がいる処へ。






「お疲れ様でした…!」
 里へ戻りまっすぐに向かった先で胸に滲むような笑顔に思わず引き込まれた。場所が場所でなければ即刻押し倒したいところだったが、常日頃から少しは人目を気にしろと首根っこをつかむように繰り返し言われているのでなんとか自粛する。
 俺って健気だなぁと自画自賛していると用が済んだらさっさと退きなさいと笑顔で怒られた。えーと、こういう時は逆らっちゃイカン。そんな冷たいトコも好きです!…などと思いながら、部屋の片隅の椅子にそそくさと移動しつつ視線を送ると今度は睨まれた。その場所は諦めて待機所への移動を余儀なくされ、カカシは溜息を吐きながら人も疎らな部屋のソファにだらりともたれ掛かった。それなりの仕事はしてきたがチャクラ切れで倒れる程大変だった訳でもないから余裕はまだまだある。五代目に焚き付けられた通り数日早く帰還してきたので自分は今日明日と待機で済むが、さてイルカはどうだったか?

 結局イルカが待機所の扉を叩きに来るまでソファで転寝を決め込んでしまったが、もうあがれるというイルカの言葉で立ち上がって大きく伸びをする。お待たせしました、とすまなさそうに少し眉を下げた顔が愛しい。
 今日はうちで、と勧められるままイルカの家へ歩を進めた。途中イルカは旬になったカカシの好物を買い求めて笑顔を見せた。さりげなく任務帰りの自分を気遣ってくれる気持ちが嬉しくて自然と顔が緩むものだから、口布のお陰でしまりのない顔を世間様に晒さずに済んで有難いと手のひらで口元を撫でる。どうかしましたかとイルカが尋ねてくるからこんな風になるのはあなたの前でだけですとこっそり耳打ちすると、途端にすたすたと足早に先に進む後姿の耳の先が赤かった。

 食事の後片付けもそこそこにベッドへ縺れ込んだがイルカも積極的に腕を絡めてきた。啄ばむような口づけからはじめて何度も何度も繰り返すと同じように応えてくれる。何時になく積極的な仕草に煽られるばかりだ。
 余裕など元からない。
 溺れる人のように、打ち上げられた魚のように。忙しない呼気と合間に囁かれる短い声がベッドの軋む音に絡まりあう。もっと。もっとだと。






 ゾロリ。
 まだとろりと焦点の合わないような瞳を薄く開き、イルカが舌を伸ばす。
 何度も達してろくに力の入らない様な身体を僅かにずらし、覆い被さるカカシの腕をそっと捕らえる。ゆっくりと線をなぞるように舌が皮膚の上を這っていく。

 普段はどちらかといえば性に関して堅いイルカだったが、何度かこういったいつもとは違う悩ましげな様子になることがあった。
 それはどうやら本人が意識的にしているわけではないらしい。一度本人に尋ねたら全く覚えておらず、有り得ないと即座に拳骨をくらった。その反応は決して照れているというものではなく本当に呆れたという感じで、それ以来この話題を口にはしていないのだが。
 あくまで推測の域を出ないが、それは決まって自分が高いランクの任務に出る前の行為の後。これでもかという程に抱き尽くしてイルカが意識を飛ばした後の出来事なので、そもそも正気ではないのだろう。
 さて今日はどうだったか。
 常日頃色々と感情を押さえ込んでいるのであろうイルカの心の底の部分が現れているのかと思うと口元が緩むのを隠せないカカシだったが、反面それだけのストレスを与えているのかという思いもあった。自分が捕まえなければ忍びとはいえもっと真っ当な人生を歩んでいたに違いない。結婚とか子育てとかそういった事が恐ろしく似合いそうな人だから。

 カカシは微睡むイルカの髪を緩く梳きながら心の中でごめんねと呟いた。
 離してなんかやれないから。
 一生、それどころか死んでも束縛していたい。
 口にすればきっと馬鹿ですねと呆れたように笑ってくれるのだろうとは思う。まるでたかが小さなことであるかのように。

 考えても仕方がないことに首を振り、自分達の惨状に苦笑して頭を掻いた。
 取りあえずはさっぱりさせてあげないとね。
 カカシはそろりとベッドから抜け出して風呂場へ向かう。
 シャワーを浴びてからイルカの全身を隈なく清めて、明日は正真正銘寝坊と決め込もう。イルカも明日はきっと休まざるを得ない。

 風呂場から水音が聞こえ始めた頃、イルカがもぞりと動いた。だるい身体に小さく息を吐きながら「偶にはいいよな…」と呟く。

 カカシに知らせるつもりは毛頭ないけれど。
 腕の印を見る度に心のどこかが疼く。時に爪で引き裂いてやりたいとさえ。
 だがそれは禁忌。
 自分にそれを壊す資格などない。否定することは出来ない。だから。
 こっそりと向かい合うしかないではないか。
 出来ることならこそぎとってやりたいと思いながら舌を這わせているなどと、カカシが知ったらどうするだろう。気にする程のものではないと笑われるかもしれない。
 里ではなく自分に縛り付けたいと言ったらどんな顔をするだろう?
 くく、と自嘲気味に笑った弾みにとろりと流れる感触に震えた。きつく目を瞑ってシーツをかき寄せカカシを待つ。

「あれ、イルカせんせー起きてたの?」
「…今」
「待ってね、今拭いてあげるから」
「自分でしますよ」
「いいからいいから。これも楽しみのウチなの」
 嬉しげに温かいタオルを握るカカシにイルカもたいして抵抗しなかったが、ふとカカシを見上げて微笑んだ。
「誕生日ですね、カカシさん。おめでとうございます」
「あー、ありがとうございマス。気にするような年でもないですけどね」
「年齢より若いですもんねぇ」
「うん、そーだよ? もう一回ヤる?」
「もう勘弁してください…」
 枕に顔を埋めたイルカの背中にタオルを当てながら「とりあえずは休憩ね」と言うカカシに返る言葉はなかったが、耳に出るからすぐにわかる。
 決めた、誕生日プレゼントに貰おう。

 満面の笑みを浮かべるカカシと枕を抱きしめて動かないイルカ。



 それぞれの胸に沈む、想い。





(2006.09.15)

カカシ先生お誕生日おめでと〜う!
今年もギリギリでした〜;; もう諦めようかと思いましたよ…(←根性なし)





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