父さん…、なんで。

 ずっとずっと、父さんがあの任務のことを気に病んでいたのは知ってる。悩んで悩んで身も心もぼろぼろになっていたことも。
 でも既に中忍になっていた俺にはまるで父さんの穴埋めにでもするかのように立て続けに任務が入っていた。いや、父さんと二人きりの家の中が気詰まりで辛くて耐えられなくて、まだまだ子供だった俺はどうしたらいいかわからなくて外に出ていたかっただけなのかもしれない。
 とにかく、俺が出掛けている間に、全てが終わってしまっていた。

 父さんは俺を置いて逝ってしまった。
 俺をひとり置いて。
 俺がいない間に。
 いや、きっといなかったからこそ。
 最初に父さんを見つけるのが俺だとわかっていたのだろうか。

 赤く染まる板間の上に、白い顔と銀色の髪が浮かんでいたのを忘れられない。




「…なんだろーね…」
 硝煙臭い空気の中、短い睡眠から目覚めたカカシはバリバリと頭を掻いた。
 今は任務で大名同士の小競り合いに加担するため戦地に来ている。こんな小さな戦いさっさと終わらせてしまえばいいと思うのだが、それでは困る者もいるということで自分たちがわざと一進一退を繰り返させている。相手方が銃器を使う所為で本来なら一方的な戦いなのだ。それでもそちら側が勝って大きくなるのでは色々と問題があるらしく、木の葉の忍びが調整役を依頼された。
「かったるい任務だーね」
 林の中を歩きながら思わず呟けばそばにいた上忍が眉を顰めた。
「カカシ、任務中にそんなことを言われては士気に関わる」
「あー、ごめんね。寝起きだからさー。交代するからあんたも少し休みなよ」
「ああ…、悪いな、頼む」
 思ったより長引く任務にだんだん殺伐とした雰囲気が濃くなっているのは仕方ないことか。溜息をひとつついて斥候に出ると里からの伝令に出会った。
「はたけ上忍、これを」
「ん。ご苦労様。…ふーん、そうか」
 里からの伝令に目を通すとその紙をくしゃりと握って燃やす。
「五代目に諾、と」
  「はっ!」
 とんぼ返りに戻る伝令を見送るとカカシは部隊の駐屯地に踵を返した。
「やれやれ、やっと帰れるよ。さっさと潰しちゃいますかね」



 なぜあんな昔のことを思い出したのか。
 とうに忘れたと思っていたことなのに。



 敵陣の中を駆け巡り、鋼で出来た銃器をいとも簡単に破壊していく。人は出来るだけ傷つけないように戦意を削げ、と。そういう何やら面倒くさい指示だったが、まあ多少の怪我には目を瞑って貰おう。こっちだって身体はってるんだからねーえ。
 見慣れた赤い飛沫を上げ一般人には強すぎる殺気を振り撒きながら兵を動けなくしていくと、さーっと波が引いたようにおとなしくなっていく。元々武器頼りだった連中だからたいして鍛えられているわけではない。武器がなければろくに抵抗も出来ない連中を片付けると、あっという間に戦は終息した。



 死屍累々と言うほど酷くはないがそれなりに血飛沫に染まった戦場を見渡しながらカカシは思う。
 これだけ血を流したって平気なのにねぇ。
 なんで今更あんなことを。



 考えてみれば父親のことがあってから人を心から信じるということがなくなった。もちろん先生やオビト、リンとチームを組んで仲間を大事にすることは学んだけれど。でもそれは任務上のことだ。戦う上で命を預けるほど信頼することはあっても私生活でのそれはなかった。
 もちろん付き合う奴の一人や二人がいないわけではなかったが、その相手と一緒に暮らすことなど到底考えられなかった。
 自分の家に人を待たせるなど。
 ドアを開けたら待っていると思い込んだ奴が血の海に倒れていたら。
 そいつが100%生きて待っている保障などどこにもないじゃないか。
 おかしな脅迫観念に囚われてしまった俺だったが、それを実行するのは案外と容易いことだった。閨の関係を持っても自分の家に連れ込まなければいいだけだし、上手い具合にそういう関係だけを望む奴も多い。はたけカカシというブランドと付き合うのだからその俺が少々おかしなことを言いだしても反論してくる奴などそうはいなかったし、仮にそんなことがあっても上手くかわす自信も力もあった。
 職業柄血なぞ怖くない筈だ。それでも信じたものを目に前で失うのは怖いんだと思う。何度も経験したそれ。
 ましてやそれが己の所為だったらどうする?
 そう思っていたのに。




 ところが。

 今のこの状況はどうしたことか。


 カカシは戦場から少し離れた宿場町で汚れを落とし、忍犬に持ってこさせた服に着替えた。ここから里まではまだ数日かかるが返り血でゴワゴワしたものを着ているよりはマシだろうと思った。身だしなみを整える俺を呆れたような目で見る忍犬についでだからと伝言も頼む。
「しょうがないな、ジャーキー10袋で手を打ってやろう」
 使役動物のクセに交換条件を出してくるパックンを右目で睨むと「若造に言いつけるぞ」と逆に脅された。
 そこから出来るだけ飛ばして里へ向かう。途中雨が降ったりしてせっかく着替えた割には草臥れた風貌になってしまったのは仕方ないことか。

「ただーいま」
「カカシ先生お帰りなさい。任務お疲れ様でした。…ああっ! 泥だらけじゃないですかっ! 風呂沸いてますからさっさと入ってきちゃって下さいね!」
 久しぶりに顔をあわせたのにシッシと玄関先から風呂場へ向かって自分を追いやる人。
「はーい」
 それに素直に従う自分。
「なんか想像つかなかったよねぇ」
「は? 何か言いました?」
「いーえ、なんにもー」
「あ、汚れ物はちゃんと洗濯機に入れて下さいよ!」
 ぽんぽんと指示が飛ぶのを人事のようにへらりと笑いながら聞いていると顔にタオルを投げられた。
「何しまりのない顔してんですか」
「やー、帰ってきたんだなーと思って」
「…カラスの行水はだめですからね。ちゃんとゆっくりつかってきて下さい」
「はいはい」
 照れて子供に対するような口調になったイルカ先生に返事をして風呂に入ると、はじめから俺を先に入れるつもりで調節したのかいつもと比べるとだいぶ温い湯だった。けれど、草臥れた身体には心地よい温さ。これはそのまま今の自分ようだ。思わず緩んだ顔をパシャリと両手で叩いた。



「なんだかご馳走ですね」
 風呂からあがって居間に入るといつもの食卓より品数が多い。普段はいかにも男の料理ですっ!と言う感じで大皿にドーンと盛り付けられていたりするのだが今日は少し違う。
「わざわざ用意してくれたんですか?」
「今日は定時で帰れたから…。わざわざパックンが帰りを知らせてくれたし。あ、約束したって聞きましたからちゃんとジャーキーあげて下さいよ?」
「何、パックンそんなことまで報告してんの? まったく…」
「カカシ先生が無駄なチャクラ使うほうが悪いんです。わざわざ口寄せするなんて」
「だって無事なのを早く知らせたかったんですよー。俺ってケナゲじゃないです?」
「腹減りました。早く飯食いましょう」
 俺の台詞を無視してどかりと卓袱台の前に座るイルカ先生をみて自分もその向かいに座った。よく見ればなんか好物が並んでる気がする…。
「美味そう…」
「えーと、その、ケーキとかは買ってませんから。ふたりともそんなに甘いモン食べないし。その代わり一応カカシ先生の好きそうなものを並べてみました」
 あー、今日って。
 つい思い当たったという顔をしてしまった俺にイルカ先生の顔が引きつる。
「俺は…、てっきりそれでわざわざパックンをよこしたのかと…」
 引きつりながらも耳の端をほんの少し赤くしたイルカ先生を見つめた。
 そっか、今日が何の日か知ってるんだ…。たいして意味のない日だと思ってたけど、イルカ先生が気にかけてくれるなら嬉しい。
「うん、ありがと。イルカ先生の手料理食べられるのが嬉しい。あ、でも」
「はい? 何です?」
「後でセンセもくわせて?」
「なっ、バッ!バカですかっ! 何変なこと言ってんですかっ!」
「イルカ先生ったら照れちゃってカワイー」
「可愛いとか言うなっ!」
 呆れたように、でも顔まで赤くしながらイルカ先生が頂きますと言って飯をかきこむ。自分も頂きますと手を合わせてチラリと伺うとイルカ先生もこっちを覗くように見た。思わず頬を緩めるとイルカ先生もニカッと笑う。…やっぱ可愛いじゃない。でも言うと臍を曲げるから言わないでおこうか。



 待たせるのが嫌だった俺が待っていて欲しいと心から願った相手があなただ、と言ったらイルカ先生はどういう反応をするだろう。同じ商売をしているのだからどっちが先に死ぬかなんてわからないのに、あなたなら自分を置いていくことがないだろうと思ってしまうのは何故だろう。そしてもし先にいってしまうような時にも俺にああしろこうしろと面倒見のいい言葉を残していくような気がするんだ。呆然とする俺の尻を叩くようにはっぱをかけて。

 父さん、俺はこの人に逢えただけでもこの世に生まれてきて良かったと思ってる。だからもうあなたを思い出しても寂しいと思いこそすれ悲しいとは思わないだろう。あの光景を思い出して改めてそれを実感した気がする。
 あんなことがあってもちゃんと生きていける。
 待っていてくれる人がいるから。
 あの頃の俺にこんな気持ちがあれば父さんのことをちゃんと待っていられただろうと思うとそれが残念だけどね。そういうことが解るようになっただけでもマシだと思ってくれるといいんだけれど。



 急に黙りこんだ俺を不思議そうな顔をして見るイルカ先生に笑いかけて、もう一度タダイマを言った。





(2005.09.14)

カカシ先生お誕生日おめでとう!
ひー、ギリギリでした(汗)
ふふふ、三十路に近づきましたね。でもカカシ先生は元々白髪だし(←違う)カッコいいおじさんになりそうだからイイですよねー(笑) それでデコの心配とかするイルカ先生にいらんフォローを入れてあんたには言われたくないと殴られる、と。そんなだといいなー(笑) カッコよさでいったらやっぱりカカシ先生ですもんね。





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